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《閻魔大王の決断》

 突然ガラガラーッという音と共に、閻魔えんま大王の真上にある天井がくずれ落ちてきたんです。

 いや、落ちてきたのは天井だけじゃありません。

 もちろん、あの二人も一緒です。


「……あいてて」

「ううむ」

 ウメをもっとよく見ようと、同じ穴からのぞきこんだのがいけなかったんでしょうね。

 うすっぺらい天井板では、とてもじゃありませんが、大の男二人を支え切れなかったんです。


 まっ白い土けむりがもうもうとまい上がる中、閻魔大王はわけもわからずゴホゴホむせこんでます。

 鬼たちはというと、そこいらにあるなべかまなんかをかぶって右往左往うおうさおう

 みっともないったらありゃしません。


 そんな中、カエルみたいにあしをおっぴろげてキョトンとしていた二人。

 でもそんな状況じょうきょうになったからこそ、しっかりとゆるぎない覚悟かくごが決まったようです。

 亀八かめはちはサッと身を立て直すと、閻魔大王の足元にかけ寄り、うやうやしく手をつきました。


「大王様、ワシらはウメの夫亀八と、せがれのぼん太でごぜえます。悪いこととは知りながらも地獄じごくを抜け出し、今の今まで天井裏からすべてのことをのぞき見ておりやした。いかなるばつも受ける覚悟でごぜえますだ」

 亀八がしっかりと閻魔大王を見すえて言いますと、ぼん太もすぐあとに続きます。

「どうか大王様のおさばき通り、おっかさんを極楽ごくらくへやってくだせえ。それを見とどけりゃオイラたちゃどうなったってかまいません。どうか、どうかこの通りでごぜえます」

ぼん太は床にひたいをこすりつけながら、何度も必死にうったえかけました。

 そんな二人を横目で見ながら、閻魔大王はまだ体についたホコリを、面倒めんどうくさそうにはらっています。


 そしてウメはといいますと、亀八とぼん太の登場に思わず涙しておりましたが、すぐに二人の横に並んでひざまずき、深々と頭を下げました。

「大王様、夫とせがれはこの通り、根はやさしく正直もんでごぜえます。そんな二人が地獄へ送られ、さらに罰まで加えられるのであれば、天下にとどろく大王様のお裁きにも傷がつきますだ。ここはどうか正しいご判断はんだんをなさいますよう、お願い申し上げますだ」


 閻魔大王はしばらくの間、口をへの字に曲げだまりこんでおりましたが、うなり声のようなため息をついたあと、ようやく口を開きました。

「まったく、そろいもそろってあきれたやつらじゃ。ワシはこんなのにかまっとるほどヒマではないわ。やい鬼ども、さっさとこいつらを三途さんずの川へ捨ててこい。今ならちょうど、向こう岸へ渡る船も出るころじゃろ」

 それを聞いて、三人は顔を見合わせました。

 三途の川を逆に渡るということは、もう一度、生き直しても良いってことなんですからね。


 しかしそんなことをゆるしたら、たとえ閻魔大王といえども何かしらの処分が下るかもしれません。

 それを察知さっちしたのか、はたまた真面目まじめすぎる性格ゆえか、鋭い声で「待った」をかけたのはビン底メガネの緑鬼。

「大王様、何をおっしゃいます。それだけは断じてなりませぬ。そんなことしたら生き死にのケジメがつかなくなってしまいますぞ」


 しかし閻魔大王が、そんな忠告ちゅうこくに耳をかたむけるなどと思ったのが大間違い。

「何だと。おぬし、このワシに口ごたえしようってのか!」

「……いえいえ、めっそうもございません、はい」

 緑鬼はあまりの剣幕けんまくに、しおしおと仲間たちのかげかくれるしかありません。


 亀八はそのやりとりにしりごみしながらも、やっとのことで礼を言うのでした。

「ありがとうごぜえます。本当にありがとうごぜえますだ」

 ウメとぼん太も小きざみにふるえながら、おがむように手を合わせております。

 すると照れ隠しでしょうかねえ。

 閻魔大王はフンとそっぽを向いたまま、機嫌きげんの悪そうな声を出します。

「ええい、便所のハエみたいに手をこすり合わせやがって。目ざわりだからとっとと消えろぃ!」

 そうして本当にうるさいハエでも追っぱらうみたいに、シッシと何度も手をはらってみせるのでした。


 鬼たちの方もこんなことは初めてですから、どうしたもんかとしばらく戸まどっておりましたが、やはりここは現場を任されてるオレ様がと、黒鬼がしゃしゃり出てまいりました。

「ってことだからよ、お前ら三人、ちょっくら体を丸めてみろや」

 三途の川に連れもどされる姿を、ほかの亡者たちに見られるわけにはいきません。

 そこで黒鬼はどこから持ってきたのか、でっかい風呂敷ふろしきのような布切れを三人にかぶせ、ほかの鬼たちに神輿みこしのようにかつがせました。

「わーっ、おもしれえ!」

「ワッショイ、ワッショイ!」

「バカ、祭りじゃねえよ」

「何だか楽しくなっちまって、つい」

「じゃあ、あっちのとびらから出て、そ〜っと裏手に回るか」

「いや、亡者がいないのはこっちだ」

「おう、それで二またになってるとこまで行って」

「そっから三途の川まではすぐだから歩いていかせりゃいいや」

「ガッテン!」

 鬼たちは口々に言い合いながら、三人を楽しそうに運び出していきました。


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