その翌朝。二人は馬を駆りリベルタの町へやって来ていた。
「さて、来てはみたもののどう探すかな」
「前途多難だねぇ」
朝市でもあったのかいつもよりも多い人通りを眺めながら、さっそく二人は頭を悩ませていた。
ひとまず前回男がボコられていた場所へと足を運んで見る。しかし当然といえば当然だろうが、それらしい男は見当たらなかった。
季節が夏だとはいえ北方に近い土地柄だけに、通りを歩く者たちの服装は首元が隠れるようなものが多い。これでは目印になる拝火教の刻印が確認できず、――そもそも迫害されると分かっていて、堂々と晒す者が居るとは思えないが――かといって無理やり首の後ろを確認するわけにもいかない。そんなことをしようものなら、衛兵がすっ飛んできて手が後ろに回る羽目になる。
そこで人探しの基本は聞き込みからと考えたベッキーは、道行く人に片端から声を掛けて回ったのだが……
拝火教の名が出た途端「お前も連中の仲間じゃないだろうな!?」と食って掛かられたり、関わりたくないと逃げられたりと、まともに取り合ってすらもらえなかった。
こちらの世界のようにSNSや、ネット掲示板といった手段が使えればまだ違うのだろうが、もちろんこの世界にそんなものは無い。
「ダメだ埒が明かねぇ」
「いい加減歩き疲れたよぉ」
隈なく町中を探し回った二人は、ひとまず休憩とばかりに酒場に入って一息つくことにした。
「ギルドにでも依頼するぅ?」
蜂蜜酒をグビグビと飲みながら訊いてくる。
「いや、内容が内容だからな。ギルドはアテに出来ねぇよ」
そう答えるとベッキーはビールを呷った。
冒険者ギルドへ依頼すること自体は簡単だ。
しかしそうなるとなぜ拝火教徒を探しているのか理由を話さなければならなくなる。そうなれば自分たちが『不運の呪い』を受けていることも話す必要が出てくるだろう。
もちろん師匠からの試練をクリアするためとか誤魔化す方法もあるが、バレたときが恐ろしい。最悪の場合冒険者資格剥奪か、そうでなくても相当の罰を覚悟しなければならない。
なぜならば、クエストの成否はギルドの信用問題に直結しているからである。
呪いのせいで失敗するかもしれない相手に依頼を任せるとは到底思えない。やぱり冒険者ギルドをアテにすることは難しそうだった。
「しゃーない。あまり気は進まないがヤクー村に行ってみるか」
「そっかぁ。長老なら何か知ってるかもしれないよねぇ」
最後の一口を飲み干しマルティナはぽつりと付け加える。
「気は進まないけどぉ」
ヤクー村には独自の文化や、祖先から伝わる口伝や儀式などがある。ひょっとするとその中にシンボルに関する情報も含まれている可能性はあった。
「それじゃあまずはベルトナへ寄って、山脈越えの準備をしないとな」
ベッキーは残っていたビールを飲み干すと席を立った。
※ ※
馬の脚でリベルタから北東に進んで一日ちょっと。魔晶石の産地として名高いベルトナ。
以前ゴブリンの脅威から助けた男が所属する商業ギルドがあるのもこの町だ。
そこで二人は防寒具を初め、野宿用の簡易テントに食料や飲水を買い込み、この町で一泊したのち、夜明け前に町を経とうと計画していた。
これは単純に、この町でも拝火教徒について聞き込みを行うつもりでいたからだ。
まぁ、結果から先に言ってしまうと散々だったわけだが。
「やっぱそう簡単には見つからねぇな」
ビールをぐいっと呷る。
「あの時どこに住んでるか訊いとけばよかったねぇ」
蜂蜜酒をグビグビと飲む。
結局聞き込みを諦めた二人は、少し早いが晩飯にするため酒場に立ち寄っていた。
「まったくだな。まぁ、素直に話してくれたかは疑わしいけどなっ」
そう言うと骨付き肉に八つ当たりでもするかのように齧り付く。
すると近くのテーブルから男たちのこんな会話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたかあの話?」
「何をだ?」
「ロカンダが魔物に襲われたらしいぞ」
「本当かそれはっ?」
「ああ。今朝着いた商人が話してたのを聞いたんだ」
「それで町はどうなったんだ?」
「たいした被害は出てないらしい」
「そうか。それは良かった。しかしここは大丈夫なんだろうか……」
「姉ちゃん。今の聞いた?」
「ああ。あのロカンダがねぇ」
『ロカンダ』とはリベルタと王都シーリスの丁度中間地点にあたる宿場町のことである。
北方に住む者たちが王都へ向かう際に必ず立ち寄る場所で、あの辺一帯は遺跡も
そんな町が魔物に襲われたというのだから、男の心配ももっともな話である。
その内王都にも寄ることがあるだろう。ベッキーは今の話を頭の片隅置いておくことにした。
その二日後。
「やっと見えてきたな」
「早く暖炉であったまりたいよ……」
ベルトナの町を計画通り夜明け前に出発した二人は、東西に伸びる山脈を越え、昼を大きく過ぎた頃に生まれ故郷であるヤクー村に辿り着いていた。
その足で村長の家に向かい、蹴破るように入口の扉を押し開ける。
「よう爺さん生きてっかっ」
「それとも死んでっかぁ〜」
「生きとるわい! ――と、何じゃ突然?」反射的に鋭いツッコミを入れつつ、突然の来訪者に目を丸くする村長。「ん? おおっ、ベアトリスとマルティナではないか!」
それが五年前にこの村を旅立った双子だと気付いた村長は大いに喜んだ。
「まったく五年もの間
「師匠なら旅に出て居ないぞ」
「なんと。弟子を置いてか?」
「ああ、それなら問題ないぜ」と胸元から緑青色のプレートを取り出して見せる。「この通り卒業済みだからな」
「おおっ。それはめでたい。今夜はお主等の帰郷を兼ねて宴を開くとしよう」
「いや、そんな大げさな――」ことはと続けようとしたその時、
「ベアトリスたちが帰ってきたって本当かっ?」
先程のベッキー同様に蹴破らんばかりの勢いで扉を開けて一人の青年がやって来た。
「こりゃカルロっ。扉くらい静かに開けられんのか」
と村長が眉をひそめる。
「すんません、つい――って、おおっ」村長に謝りつつ、そこに双子が居ることに笑みを浮かべるカルロ。「ベアトリスがじゃないかっ。いや〜随分大きく……なったなぁっ」
「おい、今何で言葉に詰まったのか理由を聞こうじゃないか」
「マルティナもすっかり大きく実って――いや、なって」
「カルロ、視線がエロいよ」
「まったくお前はそんなだから未だに独り身なんじゃぞ……」
「よけいなお世話だっ。と、とにかく他の連中にも声かけてくるわ」
慌てた様子でくるりと踵を返すと、止める間もあればこそ、カルロはスタスタと村長宅を後にした。
「まったく困ったやつじゃわい」
その背中を見送りながら村長は深いため息を吐いた。
「カルロってあんな性格だったか?」
「愛しておったおなごを寝取られてからすっかり変わってしもうてのう」
「そりゃ災難だねぇ」
とそこに新たに一組の来訪者がやって来た。
「失礼します。村長、二人が帰ってきたと聞いて――あ、ベッキー久しぶりじゃねぇかっ」
「マルティナもお久しぶりっ」
「おお、ファビオか? 随分雰囲気変わったじゃねぇか」
「あ、エミリーちゃんだぁ。おひさぁ」
現れたのは双子が孤児院にいた頃の友人。ファビオとエミリーだった。
「ま、俺ももうすぐ『父親』になるからな。落ち着きもするさ」
そう言って隣のエミリーの膨らんだお腹を優しくそっと撫でる。
「はーっ」こりゃ驚いたとばかりに息を吐く。「イキってたところをオレにシメられてギャン泣きしてたあのファビオがねぇ」
「いきなり人の黒歴史抉ってんじゃねぇよっ」
二人のやりとりにアハハと笑いながら、「エミリーちゃん。今何ヶ月なのぉ?」
「九ヶ月目よ。生まれてくる日が楽しみでしょうがないわ」
「触ってみてもいい?」
「どうぞ」
「おお、こんな風になるんだ……」おっかなびっくりお腹に触れる。「わっ、動いた」
「たぶん男の子ね。元気すぎて困っちゃうよ」
そう言ったエミリーの顔は喜びに満ち溢れていた。
「ささ、立ち話もなんじゃ。ハーブティを用意してくるから座って待っていなさい」
※ ※
その日の夕方は双子の帰郷を兼ねた昇級祝の宴が催された。
「昇級おめでとう。俺もダチとして鼻が高いよ」
木製のビールジョッキをお互いに軽くぶつけ合いグビリと呷る。
「おう、ありがとな。あと家のことも」
「それに関してはこっちが礼を言う立場だろう」
ファビオ達二人は孤児院を出た後、農業を営むためにこの村へやって来たらしい。村長の勧めもあって、今は元々ベアトリス達が住んでいた家で暮らしているとのことだった。
「そうでもないさ。『人が住まなくなった家はすぐに朽ちていく』って師匠も言ってたしな。二人が使ってくれているなら安心だ」
「何だか家を奪っちまったみたいで気が引けてたんだが、そう言ってくれて助かるよ」
「姉ちゃん飲んでるぅ〜?」
そこへ両手に串焼きを三本ずつもったマルティナがやって来た。かなり酒も入っているのか、顔が真っ赤である。
「見ての通り飲んでるぞ」
「アタシは食べてるぅ〜」
マルティナは何がそんなに可笑しいのか、アハハと笑う。
「見れば分かる」
見てるこっちが胃もたれしそうな食いっぷりだった。
「エミリーはどうしてる?」
「んあ? ああ、そうそう。疲れたから先に休むってさぁ〜」
「そうか。教えてくれてありがとう」ジョッキに残ったビールを一気に飲み干し、「それじゃ俺もそろそろ戻るよ。見てないと心配だからな」
「ああ、そうしてやってくれ」
「そういえば、いつまでこっちに居られそうなんだ?」
「調べ物が済んだら戻るから、だいたい二、三日ってところだろ」
「分かった。俺で良ければ協力するからいつでも声を掛けてくれ」
そう言うと、おやすみと
その背中が見えなくなると、はぁ〜と盛大にため息を付いた。
「やっぱこうしてると、どうしても昔のことを思い出しちまうな」
「やめてよ姉ちゃん。せっかく食べて飲んで思い出さないようにしてるのにぃ」
なるほど普段より飲み食いしているのはそういうことかと納得する。
この土地には楽しい思い出もあれば、悲しい思い出もある。今はまだ悲しい思い出の方が強い。ここへ戻るのに気が進まない理由だった。
「それにしても、あのファビオがエミリーとねぇ。しかも子供まで……」
聞けば、他の友人たちも何人かは結婚して子供を設けているらしい。いずれ自分たちもそういう日が来るのだろうかと漠然と考える。
「アタシはいつでもお姉ちゃんの子供を産む準備はできてるからね!」
脳みそにアルコールでも周ったか、それとも素なのか。アホなことを言い出した妹に、できれば前者であってほしいと思いつつ、その手に持った肉串から一本ひったくると、がぶりと齧り付いたのだった。