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第23話:宿場町と謎の文字③

 翌日の早朝。


「ゔぉあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……ね゙え゙ぇぢゃ〜ん」


 ふと誰かに呼ばれた気がして目を覚ます。


「…………」


 隣のベッドでゾンビが身をよじらせ、のたうちまわっていた。


「夢か」


 そっと目を閉じ反対側へ寝返りをうつ。


「ね゙え゙ぇぢゃ〜ん!」


「ああもう! 分かったよ。今、頭痛薬と胃薬用意してやるからちょっと待ってろっ」


 ゾンビの正体は、言うまでもなくマルティナだった。


 ゾンビが裸足で逃げ出すようなそのゾンビっぷりに根負けしたベッキーは、二日酔いに効く薬を作るべく部屋を後にした。


「ゔぉあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……」


 居間に行くと、もう一体ゾンビがいた。


 カルロだった。


「お前もかよっ」


 何でカルロが村長の居間でのたうちまわっているのかは謎だったが、取り敢えず薬を二人分用意しなくてはいけないのは確かだった。


「お、さすがにお前は大丈夫じゃったか」


 そこに村長が姿を見せる。その手には数種類の薬草を入れたカゴを持っていた。


「当然だろ。『飲んでも飲まれるな』って師匠からキツく言われてたからな」


「ふぉっふぉ。さずがはタカナシ殿じゃ。良いことを言う」


「他にゾンビ――いや、二日酔いのやつは?」


「そこらにたくさん転がっとるよ」と外を親指で示しながらふぉっふぉと笑う。


「みんな羽目外しすぎだろ……」


「それだけお前たちのことが嬉しかったんじゃろうて」


「…………」


 そう言われると悪い気はしない。しょうがない全員分の薬を作るか、と腕をまくったところで玄関をノックする音が聞こえた。


「鍵なら開いとるぞ」


「失礼します。村長、外が大変なこと――うわっカルロさんまで」


「そのことならもう知っておるよ。今からベアトリスと薬を調合するからお前も手伝っておくれ」


 やって来たのはファビオだった。農家の朝は早いと聞くが本当に早いらしい。外の惨状を見てさぞかし驚いたのだろう。冷や汗を流していた。


 ヤクー村に着いて二日目。こうして朝っぱらから大量の薬作りをする羽目になるのだった。



※ ※



 大量に作った薬を配り終えたベッキーは、畑仕事に戻るファビオを見送ったあと、この村に残っている文献を漁っていた。


「どうじゃ、何か分かりそうかの?」


「いや、今のところ〝иフル〟についての記述だけで、石について触れている文献は出てきてないな」


「そうか……わしも手伝えればよかったんじゃが、寄る年波には勝てんでのぉ」


「いいさ。細かい文字が見え難いんじゃこの作業は無理だしな。それより皆の様子はどうだ?」


「薬が効いたんじゃろ。ぐっすりと眠っておるよ」


「そっか。そりゃ良かった」


「どころでそろそろ休憩にせんか? 昼飯もまだじゃったろ」


「別に腹はすいて――」キュルルる。「るみたいだな。ごめん爺さん何か作ってくれ」


「ふぉっふぉ。お安い御用じゃ」


 そしてしばらくした後。


「それにしても〝иの石〟が本当に存在するのか疑わしいくらい何も情報が無いな」


 ベッキーは村長が用意してくれた遅い昼飯を食べながら愚痴っていた。


「あのタカナシ殿が見つけろと言っておるんじゃし、存在はするんじゃろうて」


「だよなぁ……」


「ひょっとすると拝火教の御神体なのかもしれんのう」


「だとしたら拝火教の聖域が怪しいんだが……その場所も分かんねぇんだよなぁっ」


「しかしそうだとしても、それに手を出すのは危険ではなかろうか」


「バチがあたるってか?」


「そうじゃ。どのような災いが降り注ぐか分かったものではない。わしらの伝承にも『女神アーシャは慈悲深く、そして時に苛烈である』とあるしのう」


「呪いとかは嫌だなぁ。ま、だろうし、そこは大丈夫だろう」


「それもそうじゃな。さて、わしは食器を片付けてくるから調べ物に戻るといい」


「そうさせてもらうよ」


 食器を手に洗い場へ向かう村長の背中を見ながら心のなかで謝る。


『ごめん爺さん。本当はとっくに呪われてるんだ』


 この村に来た目的は昨日の内に話してあった。しかし石が六種類あること、そして既に呪わていることは伏せておいたからだ。


 そこに多少の罪悪感を覚えつつ調べ物に戻る。


 途中、畑仕事から戻ったファビオも加わり情報の洗い出しをおこなったが、結局有益なものは何一つ得られなかったのだった。


 そして更にその翌日。


「これからどこに向かうんじゃ?」


「とりあえず南下して、王都でも目指そうかと思ってる」


「そうか。体にはくれぐれも気をつけるんじゃぞ」


「たまには手紙くらいよこせよな」


「道中気をつけてね」


「ああ。またそのうち顔を出しに来るよ」


「元気な子を産んでねぇ」


 二人は王都シーリスを目指し、ヤクー村を後にした。


 土産にもらったリンゴを齧りながら再び山脈を越えベルトナへ。そこで一泊してから今度はリベルタを目指す。一度家に寄って土産を貯蔵庫へしまった後、防寒具などの要らない装備を置き、改めて装備を確認する。


 といっても前回の冒険で使い物にならなくなった武具を新調しただけで、変わった点といえばクロスボウ付きの籠手をやめてスリングに持ち替えたくらい。ポーションの数を増やしたかったがポーチの容量には当然限りがある。かといってポーチを大きくすると狭い通路などで身動きが取れなくなる可能性かあるため、そこは素直に諦めた。


 マルティナの装備も前回と同様だ。防具を新調したくらいで変化はない。強いてあげるとするなら、長剣をボックル特製の片手半剣バスタードソードに変えたくらいか。


 最後に空き巣用に仕掛けておいたトラップを確認し、いざ王都シーリスへ。


 まずはその中間地点である『宿場町ロカンダ』を目指し二人は出発したのだった。



※ ※



 誰が建てたのか、今となっては定かではない小さな小屋が始まりだった。


 そこに様々な旅人が集い増築、改築を繰り返し、更にはそういった旅人を対象とした商売を始める者が現れ、いつしかそこは『町』と呼ぶにふさわしい規模にまで膨れ上がっていったという。


 これが今日の宿場町ロカンダの歴史である。


「ここがロカンダか」


「思ってたより大きいねぇ」


 出発してから五日目の昼過ぎ。二人はその宿場町ロカンダに到着した。


 実際に訪れるのは今回が初めてで、なるほど確かにリベルタと比べると一回りほど大きかった。


 門をくぐって更に驚く。


「何あれ、宿屋の隣に宿屋があるよっ」


「その真向かいは酒場も兼ねた宿屋だぞ。どうなってんだ?」


 リベルタやベルトナの宿屋は一軒しかなく、孤児院時代に過ごしたルホクの町にも宿屋は一軒だけだった。すっかりそれが当たり前になっていた二人には、この光景は驚くのに十分なものがあった。


「ふぉっふぉ。そこのお若いの。ロカンダは初めてかね?」


 いきなり声を掛けられそちらを向いてみれば、そこには一人の好々爺然とした老人が立っていた。その笑い方といい、どこか故郷の村長を彷彿とさせる人物だった。


「ああ。今しがたリベルタから着いたばかりなんだ」


「そうかそうか。それは遠路はるばるよう来なすったのう。どうじゃ土産話にそこでこの老いぼれの話でも聞いていかんかな?」


 そう言って視線を酒場へ向ける。


 なるほどその代わり酒でも奢れということだろう。


「ちょうどよかった。こっちも聞きたいことがあるんだ」


 二人は老人を連れ立って酒場へと入っていった。


「この町に宿屋が多いのはな、お貴族様の一行が宿泊する本館や別館、町民等が逗留する安宿屋といった具合に別れておるからなんじゃ。まぁ、もちろん旅人の数がそれだけ多いということもあるがの」


 そう言うとフォークに刺さったソーセージを豪快に齧り付きビールを呷る。歳の割にはいい食べっぷりだった。


「そういえば儂に聞きたいことがあると言うておったな。どんなことじゃ? この町一番の物知りなこの儂が答えてしんぜよう」


「そうか、そりゃ都合がいい。この文字について何か知らないか?」


 メモ帳を開き、〝и〟の文字を見せる。


「知らんな」


 即答だった。


「おいっ。『この町一番の物知り』だったんじゃないのか?」


「そう言われても知らんものは知らん。この儂が知らんのじゃから町民は誰も知らんじゃろうな」


 使えねぇと内心思いつつ質問を変える。


「それじゃぁ、最近この町が魔物に襲われたんだろ? そのことについて聴かせてくれ」


「おおっ。それなら答えられるぞ」


 話の内容はこうだった。


 なんでも半月ほど前に、この町の西側にそびえる山岳地帯で地震が起きたらしい。もっとも地震そのものはたいしたことが無かったようなのだが、それでも一部の山肌が崩落したそうだ。


 ここまでならたいして珍しい話でもないのだが、問題はここからだった。


 その日を境に山から魔物が降りてくるようになり、つい最近もゴブリンの群れが現れ、逗留していた冒険者と戦闘になるという事件があったばかりだそうだ。


 そこで冒険者を募って調査隊を送ったところ、なんと崩落した山肌に迷宮ダンジョンへの入口を発見したそうなのだ。事態を重く見た町長は迷宮内の調査、及び魔物の討伐を冒険者たちへ依頼した。


 そこで三組の冒険者パーティーが名乗りを上げたが、中は複雑でトラップも多く一筋縄ではいかなかったらしい。


「未知の迷宮か……」


「未だ戻らぬ冒険者パーティーもいるからの、興味があるなら止めはせんが十分に気をつけて行くことじゃな」


 そしてその日の夜――


「いや〜、あの金額で風呂付きとは。さすが薦めるだけのことはあるよな」


「骨身にしみるよねぇ〜」


 老人との別れ際、薦められた宿屋に入った二人はこの宿自慢の風呂で旅の疲れを洗い流していた。


「それにしても隠された迷宮か……お宝の匂いがプンプンするな」


「罠だらけってところがもうねぇ」


 前回は呪いのせいか酷い目にあったが、だからといってここでお宝を見逃すようじゃ冒険者とは到底名のれない。


 それにそれだけ守りが厚いということは、ひょっとしたら最奥に〝и〟の玉が隠されている可能性もある。他に手掛かりがない以上、行かないという選択肢は端から無いのであった。


 その翌日。


「ここがその入口か」


「何だかワクワクするねぇ」


 二人は山の中腹に出現した、迷宮への入口の前に立っていた。


 どれだけの年月ここに埋もれていたのか分からないが、迷宮の奥からはカビと埃が混じったような臭いが漂ってきている。


「それじゃ行くとするか相棒」


「行くとしようぜ相棒」


 二人は互いの拳をコツンと触れ合わせると、迷宮の中へと足を踏み入れたのだった。


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