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第24話:宿場町と謎の文字④

 確かに迷宮の中は複雑な迷路になっていた。


 幸いなことにヒカリゴケが生えていたため、夜目に慣れてしまえば松明が必要ないくらいには視界が確保できていた。


 マッピングしつつ少しずつ奥へと進む。ときおり魔物の声が聞こえてくるが、こちらの侵入に気が付いてはいないようだった。


「止まれ」


 当時は雨でも降っていたのだろう。調査隊が持ち込んだと見える泥の足形が点々と残っていたのだが、それが目の前で急に途切れている。


 これは何かあると踏んだベッキーはリュックから松明を取り出すと、柄の部分でその床を叩いてみた。


 すうるとどうだろう。床と思われていたその箇所には仕掛けがあり、パカリと下向きに開いた。その下は深い縦穴の落とし穴ピットになっていたのだ。


「うわぁ、なんか凄いのが突き出てるよぉ」


 穴を覗き込んだマルティナがドン引きしたように口にする。穴の底には無数の鋭利な槍が所狭しと突き出していた。


 しかもその中央には調査隊の一人だったのだろう。全身を刺し貫かれた男の死体があった。


 頭を刺し貫かれてゾンビ化していないのが、不幸中の幸いといったところか。


「あっ、床が勝手に閉じてく」


 どういう仕組なのかは分からないが、下向きに開いていた床面が自動的に元の状態に戻っていく。なるほどこれでこの落とし穴を再利用できるわけだ。


 よく出来ているとは思うが、感心してばかりもいられない。ベッキーは後続のために石筆で大きく✘印を付けておいた。これでよほどの間抜けでない限り落ちたりはしないだろう。


「ここにもか」


 その先には何箇所もの落とし穴が存在していた。いずれも階下には繋がっておらず、その底には槍衾やりぶすまや、スパイクが敷かれていた。侵入者を許さないという意思がそこに垣間見えた気がした。


 そのすべてに✘印を書き込み更に奥へ。


 何度か魔物との戦闘を経て進んだ先でのこと。


「ん? あれって――」壁と床面との継ぎ目に小さく開いた穴を目ざとく見つけたベッキーは、その場にしゃがみ込むと手鏡を通して中を覗いてみた。


 するとその奥に何かのスイッチを確認できた。


「押してみるから周囲に気をつけていてくれ」


「は〜い」


 マルティナの返事を待ち、念のため松明の柄の部分を穴に突っ込んでスイッチを押す。


 するとその一面の壁がズズズと石が擦れる音とともに奥に一度引っ込むと、次いでゆっくりと右側にスライドしていった。隠し扉のスイッチだったようだ。


「中には何もいないね」


 マルティナがそっと中を伺い確かめる。


 部屋の中は真っ暗で奥が見通せない。ベッキーはそこで手に持った松明に火を付けると部屋の中へかざす。


「あっ、宝箱だぁ!」


 そこは六畳ほどの広さの部屋で、その中央には宝箱が置かれていた。


 ベッキーは入口との間に罠がないかを確認しながら宝箱に近づく。


「部屋に罠は無いみたいだ」


「んじゃ松明はアタシが持つね」そう言って松明を受け取る。「それにしても埃っぽい部屋だね。鼻がムズムズするよ」


 そっと宝箱の罠を確認する。やはり罠があった。おそらく警報装置アラームだろう。


「頼むから罠の解除中にクシャミとかしてくれるなよ」


 腰のポーチからボックル特製のピッキング・ツールを取り出すと、鍵穴を照らしてもらいながら慎重に罠を解除していく。


「く、これ思った以上に難しいな……よし、これで――」


 解除できると思ったその時。


「へっくしゅん!」


「うわっ?」突然のクシャミに驚き手元が狂った。


――カチッ


 その瞬間、鼓膜が痛くなるほどのけたたましいベルの音が迷宮中に鳴り響いた。


「…………」


「……てへっ」と自分の頭にコツンと拳をぶつける仕草をするマルティナ。


「『てへっ』じゃねぇぇぇぇっ」


 ベルの音はすぐに鳴り止んだが、その代わりに慌ただしく駆けつけてくる大勢の足音が聞こえてきた。


 すぐさまここを離れたいところだが、足音は左右の道から聞こえてくる。下手に外に出て挟み撃ちされるよりも、ここで待ち受ける方が得策と考え身構える。


 現れたのはゴブリンの集団だった。


「またこのパターンかよっ」


 愚痴りながら最初に飛び込んできた一匹にスリングで石礫を食らわせる。そこをすかさずマルティナが斬り伏せた。


 幸いだったのはいくら相手の数が多かろうと、一度に部屋に入れる数は決まっていることか。そして入った先からマルティナの剣で斬り伏せられるのだから、そこから先は殆ど作業に近かった。


 とはいえ――


「クソっ、どんだけ来んだよっ」


 ひたすらに湧いてくるゴブリンどもを一匹、また一匹と斬り伏せていく。部屋中ゴブリンの死体でいっぱいだった。


 それにマルティナの体力も無限じゃない。剣を振る速度が落ちてきたと感じたベッキーは、相手が入口に積み重なった仲間の死体が邪魔でもたついている隙をついて、


「マルティナ。これ飲んどけっ」とスタミナ回復薬を投げてよこした。


「ありがとう!」親指で栓を飛ばし中身を一気に呷る。「クーッ効くぅ!」


 アハハハと高笑いしながら、「姉さんの愛を感じるぅ〜」と入口の死体をの山を蹴散らし、部屋を飛び出したマルティナのあとを慌てて追って出てみれば、そこにはあと残すところ数体のゴブリンしかいなかった。


 マルティナの背後にいた一匹の眉間に石礫を喰らわせ、怯んだところを短剣で首を掻っ切る。その頃には背後での戦闘は既に終わっており、手の甲で額の汗を拭いながらフーッと息を吐いているところだった。


「いや〜、さすがに疲れたねぇ」


「誰のせいだ誰のっ」


「だってあのへや埃っぽくて我慢できなかったんだもん」


「だもんじゃねぇよっ。――ったく。相手がゴブリンだったから良かったようなものの、これがオルコだったら今頃蹂躙されてたかもしれないんだぞ?」


「ごめんなさい……」


「それと。どうすんだこれ?」


 とゴブリンの死体を親指で示す。その数は10や20ではきかないほどの夥しい数の死体が転がっている。


「ゾンビ化しないように処理するだけでも大変だぞ」


「そ、そこはほらっ。二人でちゃちゃっと」


 ハーッと盛大なため息を漏らし手近の死体から片耳を削ぎ、次いで首を落とす。


「とにかく新手が来る前にさっさと片付けるぞ」


 幸いアラームによる新手は来なかったが、それでも処理だけで相当の時間を食ってしまった。


「さて、そんじゃ本命の宝箱の中身は……」と箱を開けてみる。


 そこには金銀財宝の山が入って――はおらず、一握りの小銅貨とあまり価値の無さそうな宝石が数個入っているだけだった。


「…………」無言のままパタンと閉じる。


「痛い痛いっ。お尻つねらないでぇっ」


 結局ベッキーは宝石だけをリュックに入れると「苦労に見合わねぇ」とボヤきつつ部屋を後にしたのだった。


 そこから先も右に曲がり、左に曲がり、直進して行き止まりを引き返すを繰り返し、その間にも多数の落とし穴を回避しては見つけた部屋へ殴り込む。この階にはゴブリンしか居ないようでその後の戦闘は楽なものだったが、その分手に入るお宝もショボかった。


「ったく金貨くらい入れとけってんだ。何で揃いも揃って小銅貨なんだよっ」


「ゴブリンも景気悪いのかなぁ」


 そうやってようやく埋まったマップのどんつき。これまでと同様の木製の扉が目の前にあった。


 そっと扉に取り付き罠の有無を確認する。


「罠は無さそうだな」


 扉を押し開けると、そこはまた六畳ほどの部屋になっており、その中央には上階に続く階段が設置されていた。


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