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第25話:宿場町と謎の文字⑤

 二階は自生するヒカリゴケの量に違いでもあるのか一階に比べかなり薄暗い。


 ベッキーは松明を二本準備すると、それぞれに火を付け片方をマルティナに渡した。


「姉さん。さっそくのお出ましだよ」


「気の早いこった」


 二階へ上がって早々の接敵に、半ばうんざりしながらも戦闘態勢に入る。


 現れたのは、ゴブリンを二周り小さくしたような体にコウモリの翼を持つ魔物――インプの一団だった。


 キーキーと甲高い声を発しながら中空から群がってくるインプ達を剣で薙ぎ払い、石礫をおみまいする。魔族とはいえ、低級の端くれ程度の魔物など二人の連携の前にはものの数ではなかった。


 一匹、また一匹と次々に落とされていく。今や床はインプ達の流したひどい臭いのする体液で緑に染まりつつあった。


 やがてインプ達は劣勢を悟ったのか、翼を羽ばたかせて逃げだした。それを見逃すマルティナではなく、一気に距離を詰めようと駆け出す。


 が、幾ばくも行かぬ内に「止まれ!」というベッキーの焦った声に急停止する。その間にインプの残党は逃げ去っていくものと思われたが、マルティナがそれ以上追ってこないとみるや、まるで舌打ちでもするかのように甲高い声を上げると、今度こそどこかに飛び去っていった。


「……どういうこと姉ちゃん」


「足元をよく見てみろ」


 そう言われてその場にしゃがみ込むとまじまじと床を見つめる。


「あっ。ここだけ他と違う」


「それは感圧板だな。何が仕掛けてあるのか知らんが、あのまま突っ込んでたら確実に引っ掛かってたぞ」


 さっきの甲高い声はやはり舌打ちだったようだ。端くれとはいえ魔族は魔族。冒険者を罠に掛けるくらいの知恵は持ち合わせているということだろう。


「さすが姉ちゃんっ。愛してるぅ!」


「ええい鬱陶しい抱きつくな。乳を当てるなっ」


 その後も幾度となくインプ達は襲来したが、その度にベッキーのリュックに魔核コアが増えていくだけだった。


 そしてこの階もあらかた探索が終わった頃、行き止まりの手前に扉を見つけた。


 ベッキーはそれまでと同様に扉へへばり付くと中の物音に耳を澄ませ、罠の有無を確かめた。


「ああ。これはアレだな」


「どうかしたのぉ?」


「この向こうにゾンビが居る。それも人型だ」


 人型のゾンビ。それは要するに元はベッキーたちと同じ、生きた人間だったということになる。


「何でこんなところに?」


「ほら、ロカンダの町で爺さんが話してたろ。って」


「ああ。そういうことかぁ」


「中で何があったか知らんが、用心するに越したことはないだろう」


 とはいえどうするか? 扉に罠は無いようだった。ゾンビはおそらく四体。全滅した冒険者パーティーの末路と言ったところか。


 死因は何か? 魔物に殺られた、もしくは罠か。


 前者ならマルティナが反応していない以上、中にいるのはゾンビ同様にマルティナが感知できない魔物がいるということになる。しかし後者なら、まだ罠が生きている可能性があった。


「扉を少し開けてみるから離れててくれ」


「ほ〜い」


 とことこと反対側の壁際まで移動するマルティナ。


 それを見届けてから、そっと扉を少し隙間ができる程度に押し開ける。


「……」ゾンビに反応はないようだ。


 隙間から漏れ出る臭気を、手で扇ぐようにして臭いを嗅ぐ。ゾンビ特有の死臭に混じって、どこか甘ったるいようなそんな臭いがした。


 それだけを確認すると、そっと扉を閉める。


「何か分かったの」


「どうやら毒ガスにやられたっぽいな」


 あの甘ったるい臭いの原因がそれだった。罠に嵌って全滅したのは間違いないようだ。


「んじゃ、手っ取り早くこれでいくか」と腰のポーチから一本の瓶を取り出す。


 その瓶には、原油を彷彿とさせるようなドス黒い液体が入っていた。


「なにそれ?」


 顔を近づけて不思議そうにまじまじと見る。


「これはな『火焔樹』っていう木の樹液でよく燃えるんだ」


 そう説明するとベッキーはニヤリと笑みを浮かべる。


「だからこれを――」と扉のそっと押し開ける。一番手前に居た、元は屈強な女戦士だったであろうゾンビにそれを投げつけた。


 瓶の割れる音とともに中身の液体がぶち撒けられる。


「そして仕上げに火を付ける」と間髪入れずに手に持った松明を液体を被ったゾンビへ投げつけた。


 すかさず扉を閉めたその瞬間。爆発音にも似た音が鳴り響き、衝撃が扉越しに伝わってきた。


 扉の向こうから炎が燃え盛る音と、それに混じってゾンビが暴れまわる様子が伝わってくる。


 しばらくそうやって様子をうかがっていると何かが倒れる音とともに静かになった。


「そろそろかな」


 炎で熱くねっされたドアノブに気をつけながらそっと扉を押し開ける。途端ムアッと文字通り肌を焼くような熱気が立ち込め、「アチチチッ」と慌てて扉付近から離れる。


「しまった想像以上に火力が強かった」


「それに酷い臭い……」


 マルティナが「うぇ〜」と鼻を摘んでパタパタと手で扇ぐ。


 ついでに煙も酷かった。しばらくの間扉を開け放ち煙を逃がす。


「ふ〜。これで探索に戻れるな」


「うわ……みんな黒焦げだ」


「なぁに。オレたちもそうだが、冒険者なんざ――」手近に転がっていた焼死体の首からプレート冒険者証をもぎ取る。「これさえありゃあとはただの付属品だ」


 鉄が一つに青銅が一つ。あとは銅が二つ。計四人分のプレートを回収する。よく見ればプレートの裏に名前などの情報が彫られているのが分かる。要は〝ドッグタグ〟だ。


「あとはこいつをギルドに持っていきゃ謝礼金が手に入るってわけだ」


「姉ちゃん顔が悪人みたいだよ――あれ、これなんだろ?」


 元々この冒険者たちが所持していたものだろう。遺体の傍に手のひら大をした三角形の石板が二つ転がっていた。


「こいつからがこの迷宮内で見つけたものだろうな」石板を返すがえす見る。「この先で必要になるかもしれんから持ってくか」


 石板をリュックにしまう。


「さて、次はこの祭壇なんだが――」と奥にあった祭壇を慎重に調べ始める。「これかっ」


 祭壇の隅に見つけた石のボタンを押し込む。ズズズズ――石と石が擦れるような音を上げ、祭壇奥の壁が沈んでいく。


「さて。こいつらが成し遂げたかったことの続きと行こうじゃないか」


 その視線の先に、上階へと続く階段が現れたのだった。





 三階は松明が必要なほどに暗く、静寂に包まれた場所だった。


 しかもそれまでの階と違い迷路ですらなかった。一本の通路がまっすぐに続いている。


「思ってたよりも最奥ゴールが近そうだな」


「どんなお宝があるんだろうねぇ」


 松明の明かりがぼんやりと照らす通路を進む。途中に罠の類がないか注意深く確認したが、落とし穴ピットすら無かった。あったあのは――


「この扉開かないよ?」


 鍵穴もドアノブも、罠の類すらもない、篝火の祭壇が両側に一つずつ配された扉が一つだけだった。


「この祭壇が飾りなわけないよな」


 念のため周囲を警戒しながら、持っていた松明の火を祭壇に灯す。


 するとどうだろう。どういう仕組みなのか二人には分からなかったが、カラカラカラという何かが回転するような音が響いたその後、自動的に扉が開き始めた。


「さて、この向こうに何があるのかお楽しみだな」


「エグい罠だったりしてぇ」


「それならそれで挑戦しがいがあるってもんだ」


 完全に開ききった扉の向こう側は、大きな広間になっていた。


 その中央奥には祭壇があり、その手前、部屋の中央には宝箱が一つ置いてあった。


 地震の影響で崩落でもしたのか、天井の一部が崩れており、そこから差し込む光が丁度宝箱を斜めに照らす形になっていた。


「ここが最奥で間違い無さそうだな」


 さっそく部屋に罠が仕掛けられていないか確認する。あるとすればまずは宝箱を照らすあの光だ。以前バース族の聖域へ向かう途中でも見かけたものに酷似していた。


 マルティナを入口まで下がらせ、そっと光に手を差し出しすぐに引っ込める。


「…………」


 しかし何の反応もない。


 どうやら偶然こうなっただけらしい。


 それが分かれば次は宝箱の方だ。慎重に確かめていく。しかし意外なことに何も罠は仕掛けられていなかった。


「開けるぞ」


 自分の腕を信じてそっと宝箱を開ける。やはり見立通り罠は無かったようだ。


「おおっ。金銀財宝の山……だぁ?」


 宝箱の中身は、それまでものとは比べ物にならないくらい豪華なもの――に見えたが、


「だから。何でここまで来て入ってるのが小銅貨なんだよ!?」


 そこには文字通り山と積まれた小銅貨と、いくつかの宝石類が収められていた。


「小銅貨の収集家でもいるのかなぁ……?」


 二人は落胆しながらっも、目ぼしい宝石類をリュックに詰めていく。


「は〜、こんなもんか」


 いっそのこと全部持って帰ってやろうかと考えたが、それは物理的に無理だ。それ以前にいくら山のように積まれているとはいえ、小銅貨は小銅貨。せいぜい金貨一枚になるかならないか程度だろう。苦労に見合わないも程がある。


 リュックの軽さにがっくりと肩を落とす。


「姉ちゃん顔が死んでるよぉ」


「それはお前もだろ」


 二人は顔を見合わせ、同じタイミングで盛大にため息を吐いた。


「最後にあの祭壇でも見ておくか」


 顔を引き締め祭壇に向かう。こういう気分が浮き沈みしているときが一番危ないからだ。


 しかしやはりここにも罠は無く、代わりに六芒星の窪みが見つかった。


「ここに何か嵌め込めっってことなのか?」


「でもそんな形の物あったっけ?」


「六芒星のものは無かったな……あ、そうかっ」


 リュックから階下で拾った三角形の石板を取り出す。


「試しにこうしてみると……」石板の一つを下向きに嵌め込む。


 すると窪みが一段凹み、三角形の枠が浮かび上がった。「おっし」


 今度は上向きの石板を嵌め込む。シャコッという音とともに祭壇上部が左右に開いた。


「これって……」


 そこには〝≈〟と文字が刻印されている、掌にすっぽりと収まる大きさの石板が眠っていた。



※ ※



 迷宮ダンジョンから戻った二人は、まずロカンダの町長の下へ行き、調査が完了したこと、魔物はおそらくまだ居るだろうこと、最後の冒険者パーティーはダメだったことを伝えた。


 代わりに謝礼金を受け取りホクホク顔で――とはならず、ベッキーはずっと難しい顔を浮かべていた。


 手近の酒場に入り隅の席を陣取ると、適当に注文を済ませる。


「どうなってんだ?」


 リュックから取り出した〝≈〟の石板を取り出し唸るようにそう口にする。


 先に取り出しておいたメモ帳を捲り、以前師匠の部屋の本から写した頁を開く。


『動物界の統治者男神ウォーフ   セニア公国   シンボル:ᚠ フェオ』


『大地の守護神女神アールマティ  サラハ共和国  シンボル:ᚦ ソーン』


『金属・鉱物の守護者男神クシュラ インディス帝国 シンボル:ᛟ オセル』


『水の守護者女神ハルタート    ラティカ    シンボル:ᛚ ラーグ』


『植物の守護者女神アルムタート  アメリア帝国  シンボル:ᛇ ユル』


『聖なる火の守護者女神アーシャ  ユーシア王国  シンボル:и フル』


「どこにも〝こんな〟文字載ってないねぇ」


 難しい顔の原因はこれだった。全部で六種類のはずが、が現れたのだからこんな顔にもなろうというものだ。


 もっとも玉ではなく石版だったとはいえ、シンボルを刻印した代物が本当に存在するのが分かっただけでも朗報ではあったが。


「ったく。謎が解けた先からまた増えるってのはどういうこったよ」


「この分だと他にも関係ない石板がありそうだよねぇ」


「まったくだぜ」


 二人は大きくため息を吐くと、酒を盛大に呷ったのだった。


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