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第28話:王都シーリスと地下迷宮②

 二日後の昼前。二人はようやく王都シーリスへと辿り着いていた。


「すごい人だねぇ」


 さすがは王都といったところだろう。城門前には街へ入るための審査待ちで長蛇の列が出来上がっていた。


 その横を数台の四頭引きの荷馬車が通り過ぎ、簡単な検問を受けた後慌てた様子で街へと入っていく。その荷台には山のように石材やら、木材が積まれていた。


「あんなに慌ててどうしたんだ?」


 ついそのんな疑問が口をついて出る。


「おや。お嬢ちゃんたちは知らないのかい?」


 とそこへ二人の真後ろに並んでいたガタイの良い男が話しかけてきた。


「何をだ?」


「地揺れの話さ」


「そういえばロカンダでそんな話を聞いたな。向こうは山肌が崩落した程度だったけど、こっちは違うのか?」


「ああ。王都はそりゃ酷いもんさ。あちこちの家が崩壊して、王城の方も一部が崩落しせいで、ああやってひっきりなしに資材が運ばれてきてるって訳さ」


 なるほど男が話している間にも、また数台の資材を積んだ荷馬車が通り過ぎていった。


「俺もそうだが、今並んでるやつらの大半は日雇いの労働者だ」


 そう言われて改めて列の前後を確かめる。なるほどよく見てみれば、男のようにガタイの良い男たちがその大半を占めていた。


「ところで、その男はどうかしたのか?」


「ああ、アレか。ここに来る途中に襲ってきた野盗の一人だ。衛兵に突き出してアジトを吐かせようと思ってな」


「なるほどなぁ。ってことはあんたらひょっとして冒険者かい?」


「ま、独り立ちしたばかりのヒヨッコだがな」と緑青色のプレートを見せる。


「ほう、その小さななりで青銅等級――おっと、小さいは余計だったな。いや、たいしたもんだ」


「オレは基本的にフォローするだけだからな。本当に凄いのは妹の方だ」


「姉ちゃんのフォローあってこそだよぉ」


「ガハハハッ。二人は仲がいいんだな。家の息子たちもそれぐらい仲が良けりゃぁな」


 そんな感じで会話を楽しんでいると、


「次っ、そこの二人」


 あっという間に二人の番がやってきた。


 来訪の理由を述べ、冒険者の証しであるプレートを見せる。


「すまないが今詰め所は手一杯なんだ。ギルドに一任してあるから、その男はそっちに回してくれ」


 野盗の男を引き渡そうとしたところ、衛兵はギルドがあるのだろう方角を指さしながらそう言った。


 冒険者ギルドにはもとより用事のあった二人だ。了解した旨を伝えるとギルドの場所を確認しそちらに向かう。


 ロカンダで話を聞いたときは予想だにしていなかったが、相当な被害を受けたようだ。


 そこかしこで家屋が倒壊しており、生き埋めになった者の捜索だろうか、衛兵や町民が一丸となって瓦礫の撤去に勤しんでいた。


「こいつは酷いな……」


「どこも崩れちゃってるね」


 地揺れの影響はそこで生活を営む者たちの精神にも及んでいるようで、住民の表情は皆曇っている。


 街についたら真っ先に露天で飼い食いするつもりでいたマルティナは、がっくりと肩を落としながら通りの惨状を眺めていた。


「この辺りの筈だが――」冒険者ギルドの看板を探す。


「あっ、あれじゃない?」


 マルティナが指差す方を見てみれば、そこには確かに手書きと思しき文字で『冒険者ギルド本部』と立て札が掲げられていた。


 さっそく冒険者ギルドへ足を踏み入れる。普段ならば冒険者たちでごった返しているだろう室内も、今は数名の衛兵が屈強な男となにがしか話しているだけで、あとは受付で書き物をしている受付嬢が一人いるだけだった。


 その受付嬢の前へ行き話しかける。「表に野盗の残党を運んできたんだが」


 すると受付嬢は書きかけの手を止め顔を上げた。「それはご苦労さまです。野盗のリーダーはどうなりましたか?」


「それなら」とリュックから革袋を取り出す。「


「では確認します」そう言って革袋を受取中身を検める。さすがは普段から荒くれ者たちを相手しているだけあってか、袋の中身とも眉一つ動かさなかった。


「確かに手配書に上がっている男のものですね」


 やはり賞金首だった。持ってきて正解である。


「この首の賞金は……」パラパラと帳簿を捲っていく。「金貨20枚ですね」


 馬に積んだ野盗の残党も引き取ってもらい金貨を受け取る。


「おっと、そうだった」リュックから四つのプレートを取り出す。「今日はもともとこいつを届けに来たんだった」


「パーティーメンバーですか?」


「いや。迷宮ダンジョン内で回収したもんだ。ロカンダの異常調査に来てた奴ららしい」


「ロカンダのっ?」慌てた様子でプレートを受け取ると別の帳簿と照合する。「やっぱりっ」


 受付嬢は言葉の端に若干の興奮を滲ませながら、「ちょっとそのままお待ち願えますかっ」と言い残し、慌てて二階へ上がっていってしまった。


「あ、ああ」


 その行動に何だか嫌な予感を覚えながらも素直に待つ。


「どうしたんだろうねぇ」


 すると今度は二階から「何っ? 例の冒険者が来てるだと!」という大声とともに乱暴に扉が開かれる衝撃音が響いたかと思うと、先ほど衛兵と何ごとか話していた屈強な男が、まるで転げ落ちてくるかのような勢いで二人の前に降りてきた。


「お前達かっ、ロカンダの迷宮を攻略したっていう冒険者は?」


「お、おう。オレ達だが」


 お互いの鼻が触れ合いそうなほどに顔を近づけられ、引き攣った返事を返す。


「姉ちゃんに近づき過ぎ! おっちゃん誰なのさ?」


 そこへ姉を守るように割って入る。


「おっと、こいつはすまない。どうも俺は昔から興奮すると人との距離感がおかしくなるたちでな」


 これまでのどこに興奮する要素があったのか分からなかったが、男はすまんすまんと謝りながら手近の椅子に腰掛けた。そして立ち話も何だと二人にも座るように薦める。


「では改めて。俺はギルド本部ここを任されているグラートっていうもんだ。以後よろしくな嬢ちゃん達――いや、ベッキーにマルティナだったか」


 やっぱりこの男がギルドマスターだったか。初めて目にしたときからそうじゃないかと思ってはいたが、なかなかに癖が強い人物のようだ。


「オレ達のことをどこで――ってロカンダからの早馬に決まってるか」


「そうだ。初め報告を受けた時は、にわかには信じがたかったが」そこで手にしていた四つのプレートを掲げ「こいつらを連れ帰ってくれた今なら信じられる。本当にありがとう」


「よしてくれ。別に善意で持ち帰ったわけじゃない。オレ達は冒険者だ、それなりに弾んでくれればそれでいい」


「そうか。ならば謝礼金に色を付けさせてもらおう。ところで昼食はもう済ませたか? まだならここで――っと、そろそろ街の復興に出払った連中が返ってくる頃か。上で俺と一緒に食わないか。もちろん飯代はタダだ」


「ご飯っ」


 それまでグラートを警戒していたマルティナが手の平を返したようにはしゃぎだす。


「……そうだな。そうさせてもらおうか」


 そして運ばれてきた料理に舌鼓を打つ妹を横目で微笑ましく見ていたベッキーだったが、そろそろ頃合いかと話を切り出した。


「で、オレ達に何を頼みたいんだ?」


「さすがに察しが良いな」


 グラートが食後のハーブティーを飲む手を止めてニヤリと笑う。


ほういうほほどういうこと?」


「このタダメシが単なる好意からきてるわけじゃないってことさ」


「単刀直入に言わせてもらおう。ロカンダの件を片付けてくれたその腕を買いたい」


「指名クエストか……その内容は?」


「隠し通路内の調査」


「おいおい、それは穏やかじゃない話だな。何があった?」


 ここは王都だ。その隠し通路とくればそれは、王を初め、妃やその子どもたち、更には主要な人物たちが有事の際に使う逃走経路に他ならない。もちろんその利用目的が故に秘匿されており、内部構造などを知る者はほんの一握りしかいない筈だ。少なくとも一介の冒険者に頼む内容ではない。ということは、そうせざるを得ない何かが起きたということだろう。


「城内に〝亜人〟が現れた」


「は? 〝亜人〟っ?」


「『亜人』て何だっけぇ?」


「動物がマナ汚染で変異体になるだろ? あれの人間版だ」


「それってかなりマズイんじゃないのぉ?」


「ああ、かなりマズイ状況だ。地揺れで混乱しているところを突かれる形になったからな。幸い奴らは近衛兵によって討伐されたが、問題なのはここからだ」


「隠し通路の入口が開いてたってところか?」


「ご明察どおりだ。城内を調べた結果、王の寝室にある隠し通路の入口が開いていた」


「王様は無事なのか?」


「ああ。執務室で閣議中だったおかげで出くわさずにすんだようだ」


「それは何よりだな。それはそれとして城内で変異した可能性は?」


「それは無いそうだ。それに隠し通路内でも一体の亜人を確認し討伐している」


「ってことは、地揺れで隠し通路が崩壊して迷宮ダンジョンか遺跡と繋がった可能性があるかもな……」


 危険な迷宮や、遺跡を封印する目的でその真上に城を造ったという話は師匠の書庫にある文献で読んだ記憶がある。ここがそうなのかは分からないが、今の状況を鑑みるにその可能性が高そうである。


「しかし調査っていっても、既に誰か送り込んで調べてあるんじゃないのか?」


「確かにそうなんだが……送り込んだ腕に覚えのある騎士10人が未だ戻らないそうだ」


「誰一人もか?」


「そうだ」


「……ん? それがどうかしたの姉ちゃん?」


「どうも腑に落ちないんだよな。血気盛んな冒険者ならともかく、騎士なら状況の報告に一人くらいは城に戻すと思うんだ。それが誰一人戻ってこないとなると……他にも亜人がいて戻る暇もなく全滅したか、さもなければ何某かの罠に嵌ってやっぱり全滅したか……」


 騎士10人を相手取って瞬殺できるような奴なら、仮に単身だとしても城へ攻め込んできそうなものなのにそれもない。相打ちしたと考えられなくもないが、やっぱりそうなる前に誰か一人くらい報告に戻しそうなものだ。


 仮に罠だったとしても、王族が逃げる際に使うような通路にそんな危険なものを仕掛けるとも思えない。とすれば崩落した際に偶然繋がった迷宮なり遺跡なりに罠が仕掛けてあったということになる。


 しかしそれならやっぱり報告に誰か戻しそうなもので……


「受けてくれるか?」


「う〜ん……」


 腕を組み考える。正直嫌な予感しかしない。「ちなみに報酬は?」


「鉄等級へのランクアップは約束しよう。内容次第では王の采配で銀もありえるかもしれない。何せ国家の危機だ。報酬もそれ相応のものが用意されるだろう」


「銀といえば、他の銀等級の冒険者はどうしたんだ? 確か何組かパーティーが居たと思うんだが」


「既に断られている。そんな危険な場所には行きたくないそうだ」


「王様の命令でもか?」


「冒険者とはいっても自国の民だからな。王も強制はしたくないとのことだった」


「本当に調べるだけでいいんだな?」


「ああ。今は少しでも情報が欲しい。少しでも危険だと感じたなら逃げてくれ」


 腕を組んだまま熟考する。隠し通路に何があるにしても危険なら逃げればいい。何某かの情報を持ち帰りさえすれば、それでも鉄等級は堅いだろう。


「……分かった。その依頼受けよう」


「そうかっ。それは助かる! ではさっそくで悪いが、明日から頼めるか」


「了解だ。んじゃこれから準備に入るからこれで失礼するぞ」


「こっちで用意できるものがあれば遠慮なく言ってくれ」


 こうして二人はまたもや地下に潜ることになるのだった。


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