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第29話:王都シーリスと地下迷宮③

 その翌朝。


 準備を終えた二人はグラートと落ち合うために冒険者ギルドへと赴いていた。


「おはよう。二人共準備万端なようだな」


「ま、いつも通りの装備だけどな」


 その出で立ちは上半身をチュニックと革製の胴衣ボディスで包み、その上から動きを阻害しないようにと、胸元などに最低限度の革製鎧レザーアーマーを身に着けている。


 ボトムは上半身と同じカーキ色のショートパンツ。足元は太ももまでの黒のニーソックスを膝丈のレザーブーツで包んいる。


 手には鍵開けなど細かい作業が必要になった時に邪魔とならないように、指ぬきの革製のグローブがはめられていた。腰のベルトにはお手性の閃光手榴弾を初め、各種ポーション類を入れたポーチがぶら下がっており、背中には使い慣れたリュックを背負っている。


「アタシはいつもと違うけどねぇ」


 そう言うマルティナはといえば、上下はベッキーとお揃いの出で立ちで、両手に革製の籠手レザーグローブを装備している。


 今回は狭い通路での戦闘を想定し、腰にはエストックを吊るしておりベッキー同様に各種ポーション類を入れたポーチを下げている。あとは広い場所での戦闘も視野に入れ、いつも通り背中には片手半剣バスタードソードを背負っていた。


「頼まれていたカンテラと、糧食も準備できてるぞ」


「サンキュー。んじゃいっちょ謎解きに地下通路に行ってみるか」


「おー!」





 ユーシア王国の王都シーリス。背後と左右を美しい水を湛えた湖に囲まれたこの城塞都市の北側にある丘陵には、いくつもの尖塔と高い城壁をもつ強固な要塞がそびえていた。それがこれから三人が向かうシーリス城である。


 城門前には二人の衛兵が立ち、その後ろには樫製の両開きの扉が見え、その両脇は見張り塔で守られていた。


「隠し通路の調査に向かう冒険者をお連れした」


 グラートが衛兵に用向きを伝える。調査の話は衛兵にも話は通っていたらしく、すんなり扉を通してくれた。


 グラートの案内で城内に入った二人は、物珍し気に周囲を見渡した。城本体は、四隅に尖塔をもつ三階建ての直方体で、これを兵舎や召使いたちの宿舎が囲んでいる。いかにも質実剛健な砦といった印象である。


 城に入り、石造りの薄暗い通路を通って王の寝室へと向かう。寝室の扉の前には、金属製の全身鎧プレートメイルに身を包んだ衛兵が、ハルバードを手にどことなく緊張した面持ちで立っていた。背後の扉を挟んだ向こう側には、亜人が現れた隠し通路があり、いつまた現れないとも限らない状況なのだから、緊張するのも無理あるまい。


「隠し通路の調査に向かう冒険者をお連れした」


 先ほど同様に衛兵に用向きを伝える。それを聞いた衛兵たちは、こんな小さな子供が? という顔をしていたが、特別口を挟むでもなくすんなりと通りしてくれた。


 ここでの戦闘を想定してのことだろうか、本来あったであろうベッドなどの家具類はすべて持ち出された後で、部屋の中は寒々しいまでに何も無い空間が広がっていた。


「あれがその隠し通路の入口か」


 その一角。本来ならば床板がはめ込まれ隠蔽されているはずの隠し通路への入口が開きっぱなしになっていた。


 用心しながら入口を覗き込むと、その先には地下へと繋がる階段が続いている。マルティナはカンテラに火を入れると、階段を半ばまで降り、ジッと暗闇の先を見つめた。


「少なくともこの辺に生き物は居ないみたいだよぉ」


『生き物』という言い方をしたのは、最悪騎士たちがゾンビ化している可能性を考えてのことだろう。彼女の索敵能力にアンデッドは引っ掛からないからだ。


「くれぐれも無茶はしてくれるなよ」


「分かってるさ。ヤバいと思ったらすぐに逃げるよ」


 グラートに背を向けたまま左手を上げてひらひら振りながら階段を降りていく。


 二人して降り立った隠し通路は、地下だからということは別にしてもどこかヒンヤリとしていた。


 さすがに逃走用の通路というだけあって、追手を撒いたり撹乱するためだろう、その構造は迷路に近かった。


「こっちは崩落して通れないな」


 前もって渡されていた隠し通路の地図に✘印を書き込む。人数を割いて瓦礫を撤去すれば通行可能にはなりそうだが、それをするのは今じゃない。


「引き返してさっきのところを左に行ってみよう」


 アンデッドや、マルティナの索敵から漏れた敵が居ないかを確認しながら地図に現状を書き込んでいく。すると通路上に得体のしれない何かが横たわっているのが目に入った。


 慎重に歩みを進めその物体に近づいてみる。


「こいつが通路で討伐された一体か」


「これが元人間だなんて信じられないねぇ」


 マルティナがエストックの剣先で亜人の死体を突きながら感想を漏らす。


 背中からは無数の触手が生えており、下半身はまるで蛇の胴体を彷彿とさせる。切り離された頭部には目が四つあり、その口は耳まで裂けていた。確かにこれが元人間だとは到底信じられない異様な姿をしていた。


 その後も時折出会す巨大鼠ジャイアントラットを退治しながら地図を埋めていく。今のところ亜人はおろか、ゾンビの脅威すら感じられない。調査は順調に進んでいた。


「順調すぎて逆に怖いな」


「行方不明の騎士さんも見つかってないしねぇ」


 そうこうしながら調査を進めていると、カンテラの明かりにぼんやりと浮かぶ崩落跡と、その奥に設置された一つの扉が目に入ってきた。


「やっぱり迷宮ダンジョンと繋がってたか」


 感が正しければ、あの扉が迷宮への入口だろう。


 しかしそうなると先行した騎士はいったいどこへ行ったのだろうか?


 彼らもこの扉を見つけた筈で、冒険者ならいざしらず、騎士が報告に人を割かないのはやはりどうにも腑に落ちない。それに腑に落ちないといえばもう一つある。


「何で瓦礫が無いんだ?」


 通路が崩落したことは見れば分かる。もともとこういう造りだったのなら地図にそう記載があるはずだし、仮にこの扉が隠し通路の出口だったとして、そのことが地図に示されていないのはどう考えても変だ。


 騎士10人と瓦礫の行方……。


「考えても埒が明かんか」


 ひとまず扉を調べてみようと近づいたその時だった。


「――なっ?」


「うわわわっ!?」


 扉が勝手に開き、その向こうに渦を巻く暗闇を垣間見たその瞬間。もの凄い吸引力で辺りのものもろとも二人は暗闇に吸い込まれてしまったのだった。


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