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第30話:王都シーリスと地下迷宮④

「あ痛たた……。無事かマルティナ?」


「世界が逆さまだけど大丈夫ぅ〜」


 ひっくり返ったまま親指を立てる。


 ひとまず妹の無事を確認したベッキーは、次いで自身の確認を行う。尻を強かに打ち付けたが怪我はしていないようだ。装備を確認する。こちらも問題なし。むしろ問題があるとすれば――、


「どこだここは?」


 ということだった。


「それにしてもすごい瓦礫の山だねぇ」とマルティナが手近の欠片を蹴る。


 その言葉に周りを見渡してみれば、通路のそこかしこに大小様々な瓦礫が散乱していた。


「これは崩落した隠し通路の瓦礫だな」


「何でそれがここに?」


「あの扉に――いや、が罠だったんだろうな。扉を調べようと前に立つと、問答無用で範囲内にあるものを迷宮ダンジョン内へ転送する仕組みだったんだろうよ」


 まさか魔法が使えないほど魔力マナの均衡が崩れた状態で発動可能な魔法罠が存在するとは思ってみなかった。完全なる油断である。


「それじゃぁここは迷宮の中ってこと?」


「十中八九な。騎士たちも同じ方法でこっちに飛ばされたんだろう。下手に動いて罠に引っ掛かってなけりゃいいが……ま、人の心配よりまずは自分たちの心配をする方が先か」


 となれば後にも先にもやることは一つだ。つまり迷宮からの脱出である。


「それじゃ行くとするか相棒」


「行くとしようぜ相棒」


 互いの拳をコツンと触れ合わせ気合を入れる。


 そして二人同時に踏み出したその時である。


――カチッ


 という音とともに道幅と同じ長さの大きな敷石が僅かに沈んだ。


「…………」


「…………」


 二人のこめかみをツツーっと冷や汗が伝い落ちる。


 カンテラの明かりが届かない前方の暗闇からバンッと扉を蹴破ったような音が通路中に響いたかと思えば、どこかで聞いた覚えのある何か大きな物が転がってくる音が迫ってきた。


「「――っ!?」」


 次の瞬間二人は声にならない悲鳴を上げた。


 暗闇を突き破るように視界に飛び込んできたそれは、いつぞやの巨大な丸い石を彷彿とさせる巨大な丸い鉄塊だった。


 ただ一つ幸いだったのは、鉄塊の直径が道幅に対して1mほど短かったことだ。


 二人はそれぞれ左右に飛び退き、壁面にこれでもかと云わんばかりにへばり付いた。特にマルティナは必死だったが、理由はあえて語るまい。


 そこを掠めるように転がり過ぎて行く鉄球。次いで足元を揺るがすような轟音を立てて壁面にめり込むような形で止まった。


「…………」


「…………」


 そこへグギギギと油の切れた機械のような動きで顔を向けると、次の瞬間糸の切れた人形のようにその場にへたり込む二人。心臓は早鐘のように鳴り響き、今にも口から飛び出しそうだった。


 そのまま深呼吸を繰り返し、心臓が落ち着くのを待つ。そしてお互いの無事を確認しあった二人は、その場で立ち上がろうとして、


――ガクガクガクブルブルブル


 とまるで生まれたての子鹿のように足を震わせた。危うく死にかけたのだから無理もないだろう。完全に腰が抜けていた。


 それからどれくらい経っただろうか。ようやく普通に立ち上がることが出来るようになった二人は、次の一歩を踏み――出そうとして躊躇した。


「まさか次の敷石もってことは無いよな」


「姉ちゃん任せた」


 ベッキーはそっとその場にしゃがみ込むと、次の敷石を慎重に調べ始めた。石橋を叩いて渡るを地で行くかのような作業の末、ただの敷石だと判断したベッキーは、マルティナとともに、いっせ〜の〜せっと声に出して次の敷石に足を乗せた。


「…………」


「…………」


 今度は何も起きない。さすがに連続で踏み板スイッチを設置するほど意地の悪いことはされていなかったようだ。


「――と安心させといて次もまたってことは……」と次の敷石も慎重に調べる。「大丈夫そうだな」


 結局踏み板スイッチになっていたのは最初の一歩目だけで、次の左への曲がり角まで間には何も仕掛けられていなかった。


 その曲がり角に、無惨に砕け散った扉の木片が散乱していた。もともと扉があったであろうその先は急な斜面になっており、カンテラを高く掲げて頂上を確認すると、そこには明かりを受けて黒光りする次弾が既に装填されていた。


 仰天した二人は慌てて角を曲がり、道なりにしばらく進むと今度は両開きの扉が現れた。


 隠し通路での件もある。ベッキーは慎重に扉へ近づくと何も起きないことを確認してから扉を調べ始めた。鍵は掛かっていない。罠は――こちらもこれといった仕掛けは発見できなかった。


「扉の向こうの気配はどうだ?」


「う〜ん……?」


「どうかしたのか?」


「何か近くに居るような気はするんだけど、気配が掴み難いっていうか……」


 普段ならば相手がアンデッドや魔法生物でない限りある程度はハッキリとその気配が掴めるマルティナだったが、どうやらここではそうもいかないらしい。腕を組み、困惑した表情を受けべしきりに唸っている。


迷宮ここ事態に敵の気配を隠蔽する何か魔法的な仕掛けがあるのかもな」


「ごめん。姉ちゃん」


「気にすんな。その分気をつけて行動すればいいだけのことさ」


 落ち込む妹を元気づけてから、「んじゃ、開けるぞ」と扉の取っ手を回す。その途端カシャンッという甲高い音とともに扉の錠が下りてしまった。


「――なっ?」そんな仕掛けがあることを見破れなかったことにショックを受ける。


 しかし驚いてばかりもいられなかった。


「姉さん。後ろの壁がっ――」


 その緊迫した声に背後を振り返ってみれば、なんとそれまでただの石壁だと思っていた通路の壁がズズズズと動き出し、今来た道を塞いでしまった。しかもそれだけではなく、その反対側の石壁も内側へ動き出し、その隙間から体長50cmほどの生物が我先にと飛び出してきたのだ。その数八体。


 その生物は皺くちゃの赤い上着と緑色の半ズボン姿で、その顔は雄兎とブルテリア犬との混血のような容姿をしていた。グレムリンだ。


 甲高い声を上げながら、飛び跳ねるように二人に迫ってくる。その先頭に居た一匹へ、半ば八つ当たり気味にスリングで石礫をおみまいし、そこにエストックによる追撃が頭蓋を貫き絶命させる。さらに間髪入れずに次の獲物グレムリンに刺突を繰り出し命を奪う。


 そこから先は乱戦の様相を呈したが、所詮相手はゴブリン程度の強さしかないグレムリンだ。二人は傷一つ負うこともなく、難なく殲滅してみせた。


 グレムリンがいた部屋には宝箱があり、罠を外したその中身は銀貨数枚と、小さな宝石が三個入っていた。もちろん全て回収する。


 ピッキングツールを取り出し扉の錠を開けに掛かる。少々時間を要したが、何とか開くことに成功したベッキー達は両開きの扉を押し開けると更に奥へ進んでいった。


 その先は『く』の字に曲がった通路で、途中二箇所に扉があった。扉はいずれも罠はなく、鍵が掛かっているだけだった。


 鍵を外し慎重に取っ手を回す。やはり仕掛けは何もなく、扉はすんなり開いた。部屋の中にはオルコが五体ずついたが、以前20体を相手に大立ち回りをした二人にとってそれは物の数ではなかった。


「チッ、シケてやがんな」


「合計で銀貨30枚かぁ。せめてこれが金貨だったら良かったのにぃ」


 まるで物取りのような物言いをしながらそれらを巾着袋へ仕舞い奥へ進む。


 通路のどんつきは扉一つない長方形の広間になっていた。またぞろ踏み板スイッチでも仕掛けられていないかと勘ぐったベッキーは、部屋中を隈なく調べて回った。


 その結果、踏み板スイッチなどの罠は発見できなかったが、代わりに部屋の向かって左隅に隠し扉を発見した。扉には鍵が掛かっていたが、ご丁寧に射出機プロジェクタイルまで仕掛けてあった。


 カンテラをマルティナに任せ、手鏡とピッキングツールを取り出し作業に入る。


「もうすこしカンテラを近づけてくれ……そう、その位置。間違っても鍵穴の前に立つんじゃないぞ」


 かなり難易度が高いのか、ベッキーの額を汗が伝う。マルティナが息を呑んで見守る中、どれほどそうしていただろうか。


――カシャッ


 という甲高い何かが外れる音とともに扉が僅かに開いた。


 その場に座り込み、フーと大きな安堵のため息を吐く。それを上手くいった証だと悟ったマルティナは、「おつかれさまぁ」と取り出した手拭いで姉の額の汗を拭ったのだった。


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