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第31話:王都シーリスと地下迷宮⑤

「さて、そろそろ再開するか」


 その場でしばらく休憩を挟んでいた二人は、再び探索に向かうべく扉の先へと歩を進めた。


 扉の向こう側は、先が見通せないほどの長い直線の通路になっていた。途中で何度か罠の確認を行いながら慎重に進む。やがて通路は右へと折れ曲がり、そのまま道なりに奥へと進んでいく。


「かなり広いな」


 すると今度はカンテラの明かりではまったく周囲の状況が分からないほどの広大な広間が現れた。


 念の為入り口付近の床を調べておく。幸いなことに罠の類は仕掛けられていないようだったが、一つ気になることがあった。


「姉ちゃん。なんか水の音がしない?」


 そうなのだ。恐らく部屋の奥。その辺りから時折バシャッと水が跳ねる音がしていた。


「水路でもあるのか?」とカンテラを掲げながら慎重に部屋の奥に進む。


 するとカンテラの明かりを照り返し、ゆらゆらと揺れる水面が目に入った。しかしそれは水路などという生易しいものではなかった。


 水深はまったく分からない。向こう岸もカンテラの明かりでは見通せないほどの巨大な水たまり――現代風にいうならプールがそこにあった。


 しかも不安を煽るかのようにそこかしこに何かの骨が散乱している。試しにその一つをプールに投げ込んでみると、ドバシャッと派手な水しぶきを上げながら何かが現れてそのまま水中へと消えていった。


――何かいるっ!


「おいおい。まさかとは思うがこれを泳いで渡れってか?」


「そ、そんなまさかぁ。きっとどこかに渡るための仕掛けがあるんだよ」


「だよなぁ」アハハハと引き攣った笑いを浮かべる。


 そしてなるべく水辺に近づかないようにしながら、それらしいものを探して回ったのだが――


ぇ!」


 二人して愕然とその場で膝をつく。


 このまま引き返しても意味がない。仮にどこかに別のルートが隠されていたとしても、それは魔法でも使わなければ看破できないようなものに違いないからだ。


 とはいえこのままプールを渡るのは明らかな自殺行為だった。


 せめて魔法でも使えれば……。昔読んだ文献によれば、広範囲に及ぶ殺傷魔法が存在していたとか、空を飛ぶ魔法があったとする記述も見られた。


「広範囲かぁ…………いや、待てよ」


「何か策を思いついたの?」


「一度も試したことが無いからどうなるか分からんが、試してみる価値はあると思う」


「さっすが姉ちゃんっ。で、その方法って?」


「これだ」と、期待に目を輝かせる妹の眼前に掲げたのは、ベッキーお手製の閃光手榴弾だった。


「前に読んだ文献に、『音は空気中よりも水中の方が早く伝わる』って載ってたとことを思い出したんだ。昔はそれを利用して漁をしてたらしい」


 要は水中で爆発物を爆発させて、その衝撃波で死んだり気絶して水面に浮き上がってきた魚を回収するダイナマイト漁法である。


「一発放り込んでみて、効果がありそうだったらもう一発だ」


 というわけで閃光手榴弾のピンを抜き、一発水中目掛けて放り投げてみる。水中で鋭い閃光が炸裂し、衝撃波が伝播していく。


「「おお!」」


 効果は絶大だった。次々に浮かんでくる謎の生物。扁平な体や側方に付き出した四肢、それに強靭な尾――その正体はアリゲーターだった。床に散らばっていた骨は、その犠牲者たちなのだろう。


 しかしまだ水中で動いている陰が見える。ベッキーはダメ押しとばかりにもう一発手榴弾を投げ込んだ。


 そこから先は運と、時間の勝負だった。二発目が炸裂したところを見計らってプールに飛び込み死に物狂いで対岸目指して泳いだ。アリゲーターが復活する前に辿り着かなければ、もしくは衝撃波の影響を免れた個体がいたらそこでアウトだ。どちらか片方、ひょっとしたら両方ともに骨の仲間入りである。


――食われませんように。食われませんように……。


 と心のなかで何度も祈りながら必死で足をばたつかせ手で水をかく。真っ暗闇の中、真っ直ぐ泳げているのかも怪しい状態でひたすらに泳ぐ。泳ぐ――


 そしてその手が対岸と思しき石の感触を感じた二人は、その勢いのまま水から上がり、転がるように水辺から離れた。


 震える手でカンテラに火を入れ直す。明かりの中に見覚えのない階段が浮かび上がる。それを見た瞬間、対岸へ無事渡れたことを喜んで思わず互いに抱きしめ合っていた。


 とはいえブーツの中から下着に至るまでずぶ濡れである。このままでは風邪をひく恐れがあるため、ひとまず階段を登りきった二人は周囲の安全を確認した後一度装備を解いた。


 ブーツを逆さまにして水を抜き、絞れるものはギュッと絞る。薪でもあれば焚き火をしたいところだが、そんなものはここには無い。あとは自然に乾くに任せるしかなかった。


「さて、そろそろ行くか」


 生乾きの装備一式を身につけ直し立ち上がる。


「まずはこの扉だよな」と階段の頂上に設置されていた扉を調べる。


 しかしその扉は不思議なことに、取っ手もなければ鍵穴すら無かった。何かの仕掛けがあるようにも見えないのに、押しても引いても、横にスライドさせてもびくともしなかった。


 ひょっとしたら別の場所に開くためのスイッチがあるのかも知れないし、さもなければ魔法で閉じられている可能性もあった。


「しょうがない。他をあたるか」


 ひとまずこの扉は諦めて階段を降りる。そして階段に向かって左側へ向かうと、そこにもう一つの扉を発見した。


「ダメだ。この扉は反対側からしか開かない仕組みになってやがる」


 しかたがないので反対側へ移動する。そこにも同様に一つの扉が設置してあった。


「今度こそ開いてくれよ……」と扉を調べる。こちらは鍵も掛かっていなければ罠も無く、すんなりと開いてくれた。


 そこから続く通路を道なりに進む。


「止まれっ」


 角を曲がった直ぐのところで慌ててマルティナを止める。マルティナは踏み出そうとしていた一歩をすぐさま引っ込めた。


「そこの敷石、何か変じゃないか?」


 マルティナにはそれまでの敷石と何ら変わらないように見えたが、ベッキーは何か違和感を感じたようだ。そっとその場にしゃがみ込むと、敷石を調べようとして驚愕に目を見開くことになった。


「幻影まであるのかよっ」と悪態をつく。


 指先がくだんの敷石に触れた瞬間敷石が掻き消すように消え去り、代わりにぽっかりと深い大穴が口を開いたのだから無理もない。気付かず踏み込んでいたら、今頃この穴に真っ逆さまだったに違いない。


「結構深いな」


 落ちたらタダでは済みそうになかった。


「ねぇ。何か聞こえない?」


 確かに穴の底から何かうめき声のようなものが聞こえる。穴に落ちないよう気をつけながらカンテラの明かりでそちらの方を照らす。


 そこにはカンテラの明かりに反応してだろう、穴の底から必死になって両腕を伸ばしている一体の鎧を着たゾンビが見てとれた。


「あの鎧のエンブレムは確か、シーリス王国のものだな」


「じゃあやっぱり」


 間違いない。隠し通路で行方不明になった騎士たちも、この迷宮に飛ばされていたのだ。


「これであと九人か……全滅してなきゃ良いが」


 望みはかなり薄そうであった。


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