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第32話:王都シーリスと地下迷宮⑥

 大穴の左右にある僅かな足場を頼りに、壁面を這うような姿勢で少しづつ先へ進む。ちょっとでも足を滑らせればゾンビの仲間入りである。


「ったく。やっと渡れたぜ」


 精神的疲労が酷い。先程のプールといい、この迷宮を造った奴はきっとろくでもない性格をしているに違いない。


 大穴の先にはまた一つの扉が設置していあった。今度は何が待っているのやらと、半ばうんざりしながら扉を調べる。この扉も鍵はかかっておらず、罠も無いようだった。


 それならばと、そっと扉を開ける。


「――っ」


 光源が何かは分からないが、その先に待っていたのは、やけに明るい部屋だった。これまでの暗闇に慣れた目に光が痛い。それともう一つ――。


「ありゃ何だ?」


「猫――に、人間の顔?」


 その部屋の調度中央には、一体の巨大な石像が鎮座していた。ライオンの体と人間の顔を持った石像――スフィンクスだ。


 二人はスフィンクスはおろか、ライオンすらも知らないらしく、物珍し気に石像を眺めていた。すると突然、


――我が下によくぞ来た。旅人よ。


「何だっ?」


「頭に直接ぅ?」


――我はスフィンクス。汝らを試すも者なり。


 スフィンクスの両目が碧く輝いたかと思えば、頭に直接語りかけてきた。


「『試す』って何をだ?」


――無論、ここから先に進むに値するかに決まっておる。


「断ると言ったら?」


 その途端スフィンクスの体が眩いばかりに輝き初めた。それ以上見ていられなくて掌で光を遮った次の瞬間光が突如弾けかと思えば、そこには先程までの石像ではなくれっきとした肉体を持ったスフィンクスが、その碧い瞳でこちらを見下ろしていた。


「なるほどそう来るのか……」


 どうやらここから先に進むためには、スフィンクスの試練を乗り越えねばならないらしい。


――旅人よ。力で挑むか? それとも知恵で挑むか?


「知恵で」


 即答する。力と答えれば、十中八九このスフィンクスと戦うことになるだろう。そうなれば到底こちらに勝てる見込みは無い。どのみち選択肢は無かった。


――なれば我の問に答えてみせよ。


――私に踊る足はない。


――私に呼吸ブレスする肺はない。


――私に生き死にする命はない。


――だが、私はこれらのことをできる。


――さあ、『私』とは何だ?


「全然分かんないよぉ。どうする姉ちゃんっ?」


 答えに皆目検討もつかないのだろう。マルティナが焦った声を上げ姉に取り縋る。


 しかしその姉の口元には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


「姉ちゃん? もしかして答え分かったのっ?」


「ああ。答えは『火』だ」


 一拍の間を持って再びスフィンクスが輝き出す。光が再び弾けた時、そこには元の石像が鎮座していた。


――汝、我の問いに答えし賢者よ。ここより先に進むことを許可しよう。


 そう言い終わると、スフィンクスはそれ以上何も語ってはこなかった。代わりにその背後にあった壁面の一部がズズズズッと石が擦れる音を立てながら沈んでいく。その奥には地下へと続く長い階段が伸びていた。


 二人は躊躇うこと無く階段を降りていく。


「それにしてもよく分かったねぇ。さすが姉ちゃんっ」


「いや、分かったんじゃない。


「ん? どゆこと?」


 思い出し笑いをするように笑みを浮かべ、「昔、師匠が同じなぞなぞをしてきたことがあってさ。その時は答えられなくて後で聞いてみたんだ。そしたら師匠はこう言ったんだ。答えは『火』だよってさ」


「偶然にしちゃ出来すぎてるねぇ」


「まったくだ。まさかこれを見越してのなぞなぞじゃなかったと思うが、どうにもあのひとは底が知れない」


 二人は階下に辿り着くまで、師匠をネタに思い出話に花を咲かせたのだった。


 辿り着いた場所は、こじんまりとした何も無い部屋だった。唯一あるのは扉だけで、その扉も鍵はかかっておらず、罠も仕掛けられていなかった。


 その部屋を出、上階と違いカンテラが必要ないほどには明るい通路を道なりに進む。するとT字路に出た。左右を見渡すとどちらも同じくらいの長さの通路が真っ直ぐに続いている。


「ひとまず左から行ってみるか」


 T字路を左へ曲がり、道なりに進む。すると通路の足下に一本のワイヤーが張られているのに気が付いた。


「これはさすがのアタシでも気づくよぉ」とそのワイヤーに引っ掛からないように跨ごうとしたその時、


「待て、マルティナっ」とベッキーが鋭い声を上げた。


 その声に踏み出しかけていた足を引っ込める際、マルティナは姉が止めた理由に気が付いた。


「これ、鏡になってるぅ」ワイヤーに気をつけながらそっと自分の姿が映り込む鏡張りの床を覗き込む。


「危なかったな」そう言って持っていた短剣の柄の部分で鏡を割る。その鏡は厚さ5mmほどしかなくあっさりと割れた。


「やっぱりな……」


 割れた鏡の下は、これまた深い落とし穴になっており、その底にはびっしりと鋭いスパイクが敷き詰められていた。


「これで残り八人だね……」


 しかもその底では、スパイクに全身を貫かれたシーリス王国の鎧を着た死体が一体分転がっていた。


 頭を刺し貫かれ、ゾンビ化していないのが救いといえば救いか。


 穴の大きさは通路の幅一杯に広がっており、向こう岸まで3mはある。飛び越えるには少々難がありそうだ。いっそのことワイヤーを切ったらどうなるか試してみたくなったべっきーだったが、マルティナに止められてしぶしぶ諦めた。


 そこで今度は先程のT字路の右の道を進むことにした。


 すると左手に扉が見えてきて、近づくとそこには『武器庫』と書かれたプレートが打ち付けてあった。


「武器庫だってぇ。どうする、見てく?」


「そうだな。せっかくだし見ていくか」


 扉には鍵だけで罠の類は無さそうだ。さっそくロックピックで鍵を開けると部屋の中へ入る。中では三体のオルコが武器の整理をしている最中だった。


 二人を侵入者とみなすや武器を手に襲いかかって来る。しかししょせんはオルコが三体。二人の連携の前に敢え無く撃沈していた。


 魔核コアを回収し、さっそくとばかりに武器を物色する二人。おそらくはこの迷宮へ挑んだ者たちの装備品だったのだろう。使い込まれた古めかしいものが多く散見された。


「あ、この長剣ロングソード銀製じゃない?」


 マルティナがはしゃいだ声を上げる。


「ん、どれどれ……おお、確かに銀武器だな」


「アタシこれ貰っていこうっと」


 やはり片手半剣バスタードソードよりも長年使い慣れた長剣のほうがしっくりくるのだろう。背中の片手半剣をその場に置くと、代わりに銀の長剣を背負う。


 銀武器には鉄武器と違う大きな利点がある。それはレイスなどの霊体や、ヴァンパイアなどのアンデッドに傷を負わせることが出来るというものだ。これまではそういった敵に遭遇したことはないが、これからも無いとは限らない。ここで手に入れられたのは僥倖と言えるだろう。


 結局有用そうなのはその銀武器のみで、あとはたいしたことのないものばかりだった。二人はそこで見切りをつけると部屋を後にした。


 そのまま道なりに進む。するとまたもやT字路に出た。前方を見ればその先もT字路になっており、左に曲がればその先に扉があるのが見てとれた。


 この迷宮の脱出口がどこに存在するのか分からない以上、出来るだけ扉の向こうは確認しておきたい。ということで二人は左に曲がると扉の前に向かった。


 そしてあと一歩で扉の前に辿り着くというところで、突如として左右の壁面が忽然と消え失せたかと思うと、その向こうからそれぞれ一体のマミーがシミター片手に斬り掛かってきた。


「おわっ」とすんでのところで躱す。


 マルティナはシミターの一撃を紙一重で躱し、そのままカウンターで背中の銀武器を抜刀すると、そのままマミーを袈裟斬りに斬り伏せる。


 次いで「姉さんに手を出して言いのはアタシだけだ!」と返す刀でベッキーに向かっていたマミーを一刀両断にした。


 マミーは普通の武器では傷一つ負わせることも出来ない。さっそく銀武器の本領発揮が見れてご満悦のマルティナだった。


 扉を潜るとそこは墓場だった。墓の多くは色とりどりの装飾品で飾られていたが、さすがにそれらを持ち出すのは躊躇われた。お宝と見れば墓からだろうが何だろうが根こそぎにするトゥームレイダーの連中とは違うのだから。


 一応どこかに隠し扉や、階段がないかを一通り調べた二人は、そっと扉を閉めて部屋を後にしたのだった。


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