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第33話:王都シーリスと地下迷宮⑦

 その後の探索もなかかなにハードだった。


 とある部屋ではトロール二体と遭遇し、やっとの思いで倒したとところでうっかり感圧板を踏んでしまい、危うくアーバレストの矢に撃ち抜かれそうになったり。


 かと思えば雪豹が現れて戦闘になったり、開けた扉から無数の毒蛇が現れて毒を貰ってしまったり――もちろん毒消しで中和したが――と、踏んだり蹴ったりだったのだ。


 そして今もこうして、とある一匹の魔獣と対峙していた。


 頭部と前肢、翼が鷲で、胴と後肢はライオンというスフィンクスのようなその魔獣の名はグリフォン。


 この階の最奥と思われる場所に辿りつたところで、突如として現れ襲いかかってきたのだ。


 この部屋は天井が異様に高く、グリフォンは悠々と空から急降下を繰り返してきた。それだけでもやっかいなのに、その翼は突風を生み出し、咄嗟に躱した後ろ脚の鋭い鉤爪は、いとも容易く床面を抉っていった。


 鉄製の全身鎧プレートメイルでも着込んでいれば突風と鉤爪はなんとかなるかも知れないが、今の二人は簡素な革の防具のみである。一撃貰っただけでお陀仏になりかねない状況だった。


「クソッ」厄介この上ない相手に悪態をつく。


「姉さん、一瞬でいいからアイツの動きを止められないっ?」


 鉤爪の一撃を剣で弾きながら叫ぶ。


「そう言われてもなぁ……。そうだ、あれを試してみるかっ」


 何を思いついたのか、ベッキーはグリフォンが空中で旋回している間に松明に火を付けた。まさかそれで追い払おうというわけでもないだろうが、「かかってこいやっ、このクソ害鳥っ!」と煽りだした。


 人の言葉が分かるのか、それとも単にイラッとしただけなのか、グリフォンは旋回を止めると、そのままベッキー目掛けて急降下を初めた。


「これでも喰らえっ」と眼前に迫ったグリフォンに松明を投げつける。


 グリフォンはそんなもの避けるまでもないとばかりに突っ込んくる。そして松明がその体に当たるか当たらないかというタイミングで、ベッキーは左手に準備していたドス黒い液体が入った瓶を投げつけた。


 瓶が砕ける音と同時にグリフォンの体が爆炎に包まれる。ベッキーが使ったのは、以前ゾンビを焼却する際に使った火焔樹の樹液だったのだ。


 猛禽類独特の甲高いと叫び声を上げもがき苦しむグリフォン。しかしベッキーも無傷では済まなかった。


「姉さん!」


 大慌てで姉の下へ駆けつける。


 ベッキーの右肩は大きく抉れ大量に出血していた。樹液をぶつけるタイミングを逃すまいとしていたがために、すれ違いざまに鉤爪にやられてしまったのだ。


「まだだ!」しかしベッキーはその痛みを歯を食いしばって我慢し叫ぶと、今度は閃光手榴弾のピンを引き抜き中空でもがくグリフォンに投げつけた。


 狙い違わず飛んでいき、グリフォンの間近で炸裂する閃光手榴弾。


 その瞬間もがき苦しんでいたグリフォンの体から力が抜け、そのまま墜落した。


 だが敵もさるもの、すぐさま立ち上がり炎に包まれたまま飛び上がろうとする。


 しかしそこを逃すマルティナではなかった。


 一足飛びでグリフォンに肉薄すると、自身も炎に焼かれるのも構わずにグリフォンの首を横薙ぎに切り裂いた。


 鷲の頭が音もなく空を舞う。残された体はそのまま再び地面に横たわり炎に焼かれていった。


 二人の勝利である。


「姉さん!」今度こそ姉の下へ駆けつける。そして腰のポーチから取り出した傷薬をその肩に振り掛けた。


「ぐおおおおっ」傷薬がよほどしみたのだろう。今度は違う痛みで七転八倒する。


 そんなベッキーをギュッと抱きしめる。「姉さんのバカ! あんな無茶して。死んだらそうするつもりだったのっ!?」


「ああいう方法しか思いつかなかったんだ」


「でもだからって――」その続きは言葉にならなかった。


「ごめん。次はあんな無茶しないから」


 そう言って、小さな子どものように泣きじゃくる妹の後頭部を左手で優しく撫で続けた。


 そうしてひとしきり泣いたマルティナが顔を上げた。


「行けそうか?」


「うん。もう大丈夫。肩の具合はどう?」


「血は完全に止まったが、しばらくは動かせないだろうな」


「もうしばらく休んでいく?」


「そうしたいが、そうも言ってられないようだぞ」


 あれを見てみろと前方を指し示す。そちらの方に顔を向けてみれば、なんといつの間にか大きな古めかしい塔が姿を現していた。


「おそらくグリフォンが死んだことで幻影が解けたんだろうな」


 あの塔の最上階に何が待っているのか分からないが、ここでのんびり休んでいるわけにもいかない気がした。


 何故かは分からないが、何だか誰かに呼ばれているような気がするからだ。


 ベッキーはマルティナに肩を貸してもらいながら立ち上がると、塔に向かって歩き出した。



※ ※



 塔の一階はこれといって何も無かった。強いてあげるなら、何故か小麦と、塩の袋が保管してあったくらいか。


 そのまま塔の二階へ上がる。そこは元は図書室だったのだろう、ボロボロの本が何冊も雑多に積み重なっていた。内容が気になったが、手に取るとすぐに崩れてしまうくらいに状態が悪く、当然字も判別が付かなかった。


 しかたがなく三階へ上がる。そこはこれまでと違い物で溢れかえっていた。その殆どは装飾品で、売ればかなりの値がつきそうな代物まで転がっていた。


「見てこれ姉ちゃん。すっごい高そうっ」


 美しくカットされた碧い宝石があしらわれたネックレスを自分の首にあてがう。しかし普段ならば「こっちも相当な値打ちもんだぞっ」とはしゃぐ筈の姉は、


「ああ、そうだな」と心ここにあらずな状態で生返事を返すだけだった。


「姉ちゃん?」不安になって姉の肩を揺する。


「ん? ああ、すまん。何故だか呼ばれている気がしてしょうがないんだ」


 その顔は自然と最上階を向いていた。


「オレは先に最上階に上がってるから、お前は適当に値打ち者を見繕っておいてくれ」


「それはできない。アタシも一緒に行く」


「……なら、行くか」


 その言葉にこくりと頷き、あとに続く。


 そして、塔の最上階で待っていたものは――


「亜人っ!?」


 咄嗟に姉を背後に庇い、銀剣を構える。


 二つの頭にはそれぞれ四つの目があり、腕は二本しか無かったが、代わりに背中から何本もの触手が生えていた。それなのに下半身は普通の人間のそれで、それが返ってアンバランスで不気味さをより際立たせていた。


 見紛うごとなくその姿は亜人そのものだった。


――ようやくご到着か。


「また頭に直接っ」


――そこのお嬢さん。私に敵意は無い。よければその物騒なものを仕舞ってはくれんかね。


「どうする姉さん?」


「あんたとよく似た奴らが城に攻め込んできたんだが、それでも敵意は無いと?」


――その件については詫びの言葉もない。血気盛んなあの者たちを止められなかった私の不徳とするところだ。


「じゃあ、あれはあんたらの総意ではなかったんだな?」


――如何にも。


「……マルティナ」手で剣を納めろと指示する。


「…………分かった」


 亜人と姉を交互に見、しばし逡巡したマルティナは武器を収めた。


――懸命な判断。感謝するよお嬢さん。


「なぁ。オレを呼んでたのはあんたか?」


――如何にも。私の名はオルランド。お主たちがここを訪れる日をずっと待ちわびていた。


「オレ達のことを知っているのか?」


――知っているとも。ベアトリス、いや、ベッキーと呼ぶべきか。それにマルティナ。


「……ひょっとして師匠は関係あったりするのか?」


 その言葉にマルティナの顔にハッとしたような表情が浮かぶ。


――あの者は直接は関係ない。


ねぇ……」


 こいつは師匠を知っている。そしてその物言いはと言っているようなものだ。


――ところで。お主は、水を示す〝ヴィ〟の石版を持っておるな。


「なんのことだ?」内心ドキリとしつつもしらばっくれる。


――警戒することはない。私には石版の力を感じることができるのだ。


 誤魔化すのは止め、ポーチから石版を取り出す。「これって一体何なんだ?」


――それは〝エレメントシンボル〟と呼ばれるものの


「ってことはやっぱり他にも石版はあるんだな」


――如何にも。世界中に散ってしまったがな。


――そしてこれらは〝魔術〟を行使するための〝呪文〟。


「魔術? 呪文? 魔法とは違うのか?」


――魔法とは〝魔〟の存在を認知し、同時にそれ等から〝力〟を借りるもの。


――魔術とは〝魔〟を知り、〝魔〟と交感し、その力を利用するすべ


――似て非なるものなり。


「よく分からんが、ようするに他の石版を集めればその、魔術? とかいうのが使えるようになるんだな?」


――もちろん鍛錬は必要だがな。


「で、結局のオレを呼んだ目的は何だ?」


――お主に、〝フォームシンボル〟助力を示す〝ブロー〟の石版を託すため。


――そして魔術をこの世界にために呼んだのだ。


 そう云うと懐から一つの石版を取り出してみせた。それは掌にすっぽりと収まる大きさの石板で、そこには〝⁐〟の文字が刻印されていた。


「魔術の復活ってどういうことだ?」


――それは、すべてのシンボルを集めたその時にこそ伝えよう。


「勿体つけやがって。まぁいいや。んで、どうやればその魔術は使えるんだ?」


――その前に〝≈〟の石版を左手に持つのだ。


「これでいいのか?」と石版を左手に握る。


――ではこの〝⁐〟の石版を右手に。


 差し出された石版を右手で受け取る。


――これからこれらのシンボルをお主の記憶に刻印する。


「刻印って何をするつもりだ」


――なに。すぐに済む。心を静かに保つのだ。


「…………」


――〝オン〟〝ヴィ〟〝ブロー


「――ぐぁっ!?」


 脳裏に二つの文字が浮かぶ。まるで直接脳へ焼印をされたような感覚だった。


――成功じゃ。これでお主は〝ヴィ〟〝ブロー〟の術を覚えた。


――もしヴェンの毒に侵された時はそれを唱えるのだ。


「石版はどこにいったんだ?」


 気が付くと両手の石版が消えていた。


――それらはお主の中にある。


「オレの中に? それってどういう――」


 どういうことだと訊こうとしたその時、突如亜人がその場に膝をついた。触手は力なく項垂れ、こころなしか肌艶も干からびているように見える。


「おい。いきなりどうしたんだっ?」


――な、なに。力を使いすぎた、だけだ。心配いらん。


――だが迷宮をこの場所に留めておく力が薄れてしまった。じきにこの迷宮はに転移するだろう。


「ちょっと待て。転移? まさか王都で地揺れが起きたのはこの迷宮が現れたせいじゃないだろうな?」


――それはないと誓おう。あれは偶然に起きた事象にすぎない。


「……分かった。それで、どうすればここから脱出できる?」


――そこの円盤に乗るのだ。迷宮の外へ送ろう。


「そうだ。その前に訊かせてくれ。騎士たちはどうなった?」


――あの者たちなら、すべて死んだ。回収できたエンブレムはそこの箱に入れてある。


「そりゃ助かるぜ」


 箱を開けると、全員分には満たないが、確かに騎士たちのエンブレムが収めてあった。


――それでは、頼んだぞ。


「ま、期待しないで待っててくれ」


 そこで亜人が何かのスイッチを押した。その途端二人を目眩にも似た感覚が襲う。気がつくと最初に扉を見つけた場所で倒れていた。


「おい。大丈夫か二人ともっ?」


「ギルマスじゃないか。どうしたんだこんなところで?」


「どうしたじゃないっ。お前たちが一日経っても返ってこないから心配になってやってきたに決まっているだろう」


「一日……そうか」


「一体何があった? 行方不明の騎士たちは見つけたのか?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。


 さてどう話したものかと思案するベッキーなのだった。


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