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第36話:小鳥遊智子③

 幅500mにも満たない、リタニア大陸からサラハ共和国有するアフリマ大陸へと続く唯一の陸路を通り、城郭都市チャドへと辿り着いたその日の深夜。宿屋で寝入っていた小鳥遊は、夢に現れた女神アーシャと対面していた。


――アフリマ大陸の遥か北東。ユーシア大陸を目指すのです。


『理由を聞いても?』


――無論です。彼の地に私を象徴するシンボル〝иフル〟の力を感じるのです。


『他のシンボルについては感じないのですか?』


――残念ながら。ですが、〝и〟が私と縁のある大陸にあることを考えると、他のシンボルも兄弟姉妹と縁の深い土地に隠されているやも知れません。


『ということは、このアフリマ大陸にもシンボルが隠されている可能性があるということですか?』


――恐らく。女神アールマティを象徴するシンボル〝ソーン〟が隠されている可能性があります。


『そうなると手掛かりのある〝и〟を探すか、このまま〝ᚦ〟を探すかの二択か……分かりました。ご指示通りユーシア大陸を目指そうと思います』


――海の魔物は凶暴と聞き及んでいます。くれぐれも道中気をつけるのですよ?


 そして翌朝。


 小鳥遊は冒険者ギルドを訪れていた。


 宿の女将さん曰く「ユーシア大陸に渡るんだったら、港町でもある首都ミスルから船に乗るしかないね」とのことだった。


 船に乗るには乗船券、もしくは冒険者証が必要になるとのこと。


 ミスルへ行く乗合馬車の出発までまだ時間がありそうだったので、まずは情報収集のためにやって来たのだ。


 冒険者というものは朝が早いのか、ギルド内には既に何人もの冒険者と思しき男女がたむろしており、そこかしこから談笑や、クエストの作戦を練る声が聞こえてくる。


 初めての冒険者ギルドの雰囲気に半ば圧倒されながら受付に行く。そこには小鳥遊と同年代と思しき受付嬢がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「ようこそ当ギルドへ。ご依頼ですか?」


 ストラと呼ばれるチュニック型衣装を着ていたこともあってか、ひと目で小鳥遊が冒険者ではないと判断したのだろう、受付嬢がそう訊いてくる。


「いえ。依頼ではなくお尋ねしたいことがあるのですが」


「どのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」


 そこで羊皮紙に書き記した〝ᚦ〟の文字を見せる。「これに見覚えはありませんか?」


「……いえ。知らない文字ですね」そこで冒険者たちに向かって「誰かこの文字に見覚えのある方はいませんか?」


 その問いかけに、どれどれと多くの冒険者たちが寄ってくる。しかし返ってきた返答はどれも芳しくないものばかりだった。


 正式に依頼として上げる案もあったがひとまず辞退し、乗合馬車の時間が迫っていることも相まって冒険者ギルドをあとにする。乗り場に到着するとほぼ同時刻に馬車がやって来た。行先を確認し乗り込むと、馬車は護衛の馬車とともに首都ミスルへ向けて出発したのだった。



※ ※



 首都ミスルへの道程は想像以上に過酷なものだった。


 当然のように野盗が現れれば、これを護衛の傭兵や冒険者が撃退し、かと思えば魔物の群れと遭遇し乱戦になる。


 剣道の心得があり、怪我が癒えた後も村の戦士に剣の修行を受けたとはいえ、実際に魔物を目にするのは初めてな小鳥遊に戦闘へ参加する度胸が湧いてくるはずもなく、他の乗客と一緒に馬車の中で身を縮こませ、震えることしか出来なかった。


「や、やっと着いた……」


 う〜んと思いっきり背伸びをし、腰をトントンと叩く。


 道中の野宿と雑魚寝は覚悟していたし、なんなら山登りやサバイバルゲームで野宿を経験したこともある身としては、トイレに関する問題も含めその点に関しては何ら問題を感じなかった。


 だがしかし、乗合馬車の座席が想像以上に硬かったことはいただけなかった。車輪が小さな小石を踏んだだけでも思った以上に跳ねるため、腰への負担が酷かったのだ。


 貴族が利用するような馬車なら、こうはならないんだろうなと内心で愚痴りながら周りを見渡す。


 さすが港町であり、首都でもある街は規模が違った。


 まず人の多さに目を見張る。城郭都市チャドも相当に大きな街で人通りも多かったが、それらがちっぽけに見えるくらい通りは人で溢れかえっていた。


 冒険者ギルドの場所を訊き、人の間を縫うように移動する。見えてきたギルドの建物は、チャドで見たギルドの三倍以上はあろうかという規模のものだった。さすがはギルド本部といったところだろうか。


 冒険者の人数や、張り出された依頼の数、何もかもが桁違いな内部の様子をはぁ〜と感心しながら眺めていると、


「いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」


 と受付嬢の一人に声を掛けられた。何だかお上りさんみたいで気恥ずかしい。


「あ、はい。今しがたチャドから着いたばかりで」


「そうでしたか。遠路遥々よく起こしいただけました。どのようなご要件で?」


「ユーシア大陸に渡るにはこちらで乗船券を購入する必要があると聞いたもので」


「ユーシア大陸へは何用で?」


「亡くなった両親が生まれ育った地を、この目で見てみたくなったものですから」


 もちろんこれは嘘だが、嘘も方便である。チャドではバカ正直に〝ᚦ〟のことを訊いてしまったが、よくよく考えてみればこの文字を刻んだという玉を守護する相手が魔族だけとは限らない上に、その存在を知り、お宝として狙っている輩がいなとも限らないからだ。


「そうでしたか。大変失礼いたしました。それでは乗船券の発行を行いますのでこちらにいらして下さい」


「ところで、乗船券の値段はいくらなんでしょうか?」


「ユーシア大陸までとなりますと、金貨10枚になりますね」


「金貨10枚っ!?」


 予想外の値段に素っ頓狂な声が出てしまう。


 ハッとなって口を抑えるが既に遅し。なんだなんだと注目を浴びてしまった。小鳥遊はそんな視線から隠れるように、あはははと誤魔化し笑いを浮かべながら受付嬢を伴って部屋の片隅に移動する。


「もしかして……?」


「はい。そのもしかです……」


「お手持ちはいくらほど?」


「金貨六枚と銀貨数枚です」


「それですと――さすがに厳しいですね……」


「ですよね……。あの、この辺で手っ取り早く稼げる仕事はありますかね?」


「そうですね。手っ取り早くとなりますと魔晶石の採掘ですが……」


「女のあたしには不向きですよね……はぁ。どこかで住み込みのバイトでも探すか」


「ばいと?」


「ああいえ、何でもありません。ところで冒険者証でも乗れると聞いたのですが、その場合はいくらになるんでしょう?」


「冒険者の方の場合はその貢献度にもよりますが、青銅等級でだいたい金貨五枚ほどとなりますね」


「等級とは?」


「冒険者としての貢献度のランクですね。全世界共通で、下から銅、青銅、鉄、銀、金の順でランク分けされています。登録したばかりの場合は例外なく銅からのスタートとなり、鉄等級以上の冒険者に師事することが義務付けられています。そして師匠が課した試験に合格した場合にのみ青銅へと昇級することができるのです」


「冒険者か……それも一つの手ですね」


「その分危険が常に付きまといますが。やってみますか冒険者?」


「そうですね……一度持ち帰って考えてみようと思います」


「それがよろしいでしょうね。では、またのお越しをお待ちしております」


 がっくりと肩を落とし、最後に教えてもらったおすすめの安宿へチェックインする。そしてベッドに横になりポツリと呟く。


「冒険者か……」


 孝宏ならこいうとき二つ返事で受けたんだろうなと、あのバカ面を懐かしく思い出す。


「美波……」


 ふと親友の名が口からこぼれる。


 あれから向こうではどうなったのだろう? 美波があたしを突き飛ばすところは誰にも見られて無かったと思うから、あとは美波の証言次第だろうな……事故かそれとも……


――冒険者になりなさいタカナシ。


 そんなことを考えている内に眠ってしまったらしい。気が付けば目の前に女神アーシャが立っていた。


「開口一番それですか」


――どのみちシンボルを集める際に迷宮なり遺跡なりを攻略しなくてはならないのです。そうなればおのずから魔物や野盗などと戦わずにはおれないでしょう。


「それはそうでしょうけど……」


――それにこの街にはあなたにうってつけの人物がいます。この街いるエルフの薬師に会いなさい。その者に師事するのです。


「断られた場合どうすれば?」


――その時はその者にこう言うのです。『炎はいつでも見ている』と。


 そこで唐突に目が覚めた。


「炎はいつでも見ている?」


 エルフにだけ通じる合言葉か何かだろうか? そんな益体のないことを考えていると、お腹がキュルルルと食事の催促をしてきた。


「何か食べに行くか」


ひとまず考えるのは止めて、階下の食堂に向かう小鳥遊なのだった。


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