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第38話:治癒士とシンボル①

「なあ、今からでも帰っちゃ駄目か?」


「バカを言うな。そんなことしたら俺の首が飛ぶだろうが」


 冒険者ギルドのギルドマスターであるグラートを先頭に、ベッキーとマルティナは石造りの薄暗い通廊を通って謁見の間へと向かっていた。


 先日の隠し通路に繋がった地下迷宮から無事に戻り、行方知らずとなっていた騎士たちのエンブレムを持ち帰ったことへの褒美を授与されるためにシーリス城へと赴いていたのだ。


 本来なら王から直々に褒美を授かることは大変栄誉なことの筈なのだが、どうやら二人にとってはそうでないらしい。面倒臭いと初めは一蹴していたが、最終的にここへ来ることにしたのはグラートに泣き付かれたからである。


 長い通廊の突き当りに、王家の紋章を浮き彫りにした鉄製の両開き扉が見えてきた。扉の両脇には金属製の甲冑プレート・メイルに身を包んだ衛兵が、ハルバードを片手に厳しい顔つきで立っている。それを見た二人は増々回れ右して帰りたくなった。


 二人を案内してきたグラートが用向きを伝えると、衛兵は重々しい鉄の扉を押し開けた。殺風景な通廊とは打って変わって、謁見の間の装飾は豪華なものだった。赤い絨毯が敷かれ豪奢な調度品で彩られた室内。正面の壁にはシーリス家の紋章を印した大きな旗が天井から吊り下げられている。


「おお〜」


 その綺羅びやかさに感嘆の声を上げるマルティナ。


 玉座は入口の正面、一段高い台座の上に据えられていた。その玉座に座っている壮年の人物が、シーリス国王その人である。脇には宰相が控え、後ろには護衛の衛兵が二人立っていた。周りには国の重鎮たちが思い思いの表情で立っている。


「…………」


 さしものベッキーでも王の前では緊張するのか、その表情はやや堅い。グラートに倣ってひざまずく。あとは事前に教え込まれた作法通りに名乗りを上げるだけなのだが――


「姉ちゃん、姉ちゃんっ。この壺すっごい高そうっ」


 一人だけ場の空気を全く理解していない人物がいた。他でもないマルティナである。


「うおぉいっ!?」


 グラートが悲鳴にも似たツッコミを入れる。


 周りから「王に対して不敬であろうっ」といった怒声や、「これだから冒険者は」といった呆れ声が飛び交う。


「…………」


 そんな中、ベッキーはすっくと立ち上がると、腰のポーチから手投げの矢ダーツを一本取り出し無言のままマルティナに近づく。


 そして「ねぇ、ほらこっちもすっごいお宝ぁ」と無邪気な笑顔でこちらを向いた妹の太腿に、「このアホがぁっ!」とそれを思いっきり突き立てた。


 その途端「キュッ」と変な声を上げ、白目をむいてその場に崩折れるマルティナ。ベッキーはその両足を持つと、あまりの光景に皆唖然として静まり返った謁見の間を、ズルズルと引き摺りながらグラートの隣へと戻っていった。


 そして改めてひざまずくと、作法通りに名乗りを上げ――


「いや、ちょっと待て」


――ようとしたところをシーリス王に止められた。


「どうなさいましたか?」


「どうもこうも、そなたの妹――確かマルティナといったか、死んだように動かんが大丈夫なのか?」


「心配には及びません。オーガですら一瞬で死んだように動けなくなる麻痺毒を使っただけですので」


「ですのでってお前……」


 シーリス王はなおも何か言いたげだったが、話が進まないのでグッと我慢すると、想像を絶する状況適応能を発揮して話しをもとに戻した。


「ベアトリス、並びにマルティナよ。此度の件、誠に大儀であった。話しはそこのグラートに聞いておるが、そなたの口からもう一度聴かせてくれ」


「分かり、かしこまりました。では改めて」


 そこでベッキーは隠し通路での件から初め、迷宮内で起こったことの詳細を語って聴かせる。とはいえ石版のこと、魔術のことを話すのはマズイだろうと、最後の部分は亜人に泥を被ってもらうことにした。


「それでは此度の地揺れは、ということだな?」


「はい。オレた、私達が亜人がそう言っておりました」


「なんと恐ろしい」「亜人はそんな事もできるのか」と重鎮たちがどよめく。中には「亜人を探し出し駆逐しなければ!」という過激発言をする者までいた。ちょっと話しを盛り過ぎたかもしれない。


 シーリス王はそれらを手で制すと、


「そなたらのおかげでこれ以上の被害を出さずに済んだ。王都の民達に代わり心より礼をいう」


 そう言うと深々と頭を下げた。再び重鎮たちの間にどよめきが走る。


「頭を上げて下さいっ。オレ達はただの冒険者です。確かに街を救ったのかも知れませんが、それはあくまで結果論に過ぎません」


「それでもだ。それに行方知れずとなっていた騎士たちの魂も持ち帰ってくれたのだ。頭を下げるのは当然であろう」


 そうまで言われると引き下がるしかない。一国の王に頭を下げられるという、あまりにも居心地の悪い状況に、ベッキーは貰うものを貰って一刻も早くこの場から立ち去りたい気分で一杯になった。


「宰相バルドよ。この場合褒美としては何が適切であろうか?」


「通例ですと爵位を授けるところですが、」


「爵位っ?」驚きのあまり素っ頓狂な声が出た。「いりませんっ、辞退します!」


「ということですので、ここは本人にお尋ねになるのがよろしいかと」


「というわけでだベアトリスよ。褒美として何を望む? なんなりと申してみよ」


 ふむと考え込むベッキー。ここはやはり定番の金だろうか。この先各国を巡らなくてはならないことを考えると手元は多いに越したことはない。


 しかしそれで良いのだろうか?


 ふとそんな考えが脳裏を過る。何かここでしか得られないものはないだろうか? 今求めているのは〝иフル〟の玉に関する情報だ。もしくは魔術に関するものでもいい。あの亜人は他にも石版が存在すると言っていた。ひょっとすると何かそれらに関する情報が手に入るかも知れない。


「そうだ」そこで一つの選択肢に辿り着く。


「決まったかな?」


「はい。もし禁書庫があれば、その閲覧許可を希望いたします」


「禁書庫か。確かに城内にあるが、一体何を調べる……いや、詮索はよそう。マルティナの望みも同じと考えてよいか?」


「はい、と言いたいところですが、妹は食い意地が張っているので金を希望すると思います」


「ハハッ、そうか。ならば二人への褒美は禁書庫の閲覧許可と、白金貨100枚とする! 異論のあるものはおるか?」


 誰も何も言わない。恐れ多くて何も口出し出来ないだけかも知れないが。


 何にせよこれで情報への足掛かりが出来た。しかも白金貨100枚という目玉どころか心臓まで飛び出しそうな大金付きでだ。マルティナがこのことを知ったら、また卒倒するかもしれない。


「ではこれにて決定とする。各人抜かり無く早急に手配せよっ」


 こうして褒美の授与式は幕を閉じたのだった。


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