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第40話:治癒士とシンボル③

 案の定食べ過ぎで動けなくなったマルティナに胃薬を処方したその日の昼頃。


「何かありましたらお声がけ下さい」


 シーリス城に一人赴いたベッキーは、衛兵の案内で禁書庫を訪れていた。想像していたよりも広い室内に、天板が斜めになった一人掛け大のテーブルの上に、一冊ずつチェーンで繋がれた本が平置きされている。


「さすが禁書庫って感じだな」


 思わずそんな感想が口を吐く。


 一番手近の本を手に取りパラパラと捲る。どうやら教会と国の確執について書かれたものらしい。しばらく読み進めてみると、国にとって目の上のたんこぶであった教会がいかにしてその権威を失墜させ、現在の形骸化したものへと成り果てたのか、その詳細が事細かに記されていた。


 興味深い話だが、今探しているのはこれじゃない。本を閉じ、次の本を手に取る。その内容は毒に関してのものだったが、残念ながら師匠から教わった内容と大差なかった。師匠の薬学に関する知識は、この国の禁書に相当するものだったようだ。凄い人に師事していたんだという実感が今更になって沸き起こる。


 そうやって幾つもの禁書を読み漁ってみたが、この国が抱える闇の一端を知っただけで、肝心のシンボルに関する情報は一切得られなかった。


「ここもハズレか……」


 がっくりと肩を落とし、部屋を後にしようとしたその時、妙な違和感を感じて思わず室内を振り返る。


「…………」


 パッと見はどこもおかしなところはない。しかしこれまでいくつもの罠を潜り抜けて培ってきた感が、この部屋には何かがあると、そう告げていた。


 その感に従って部屋の中を調べて回る。すると部屋の片隅に巧妙に隠されたスイッチを発見した。


「やっぱりあった」


 しかし押してしまって良いものなのだろうか? 城の中に、それも禁書庫に罠を仕掛けるとは到底思えない。そうなるとあとは隠し部屋か、もしくは単に隠し通路への出入り口という可能性が出てくる。もし前者なら相当なものが隠されていそうだ。


「…………」腕を組み逡巡する。


 幸い部屋にはベッキー一人だけだ。入口の外にはここまで案内してくれた衛兵が立っているだろうが、あの分厚い鉄の扉を見るに、少々の音では気付かれないだろう。


「…………」


 見なかったことにして去るか、それとも押してみるか。


「やっぱり気になるっ」


 考えに考えた結果、押してみる方を選択する。言葉の勢いのままスイッチを押し込む。


 するとその一角の壁がズズズッと奥に引っ込んだかと思えば、そのまま今度は右へと吸い込まれるようにスライドしていく。室内には結構な石の擦れる音が響いているが、やはり思った通り外の衛兵には聞こえていないようだった。


 完全に開ききった壁の向こうは、この禁書庫よりも一回り小さい小部屋になっていた。


 なんだってこんな場所に隠し部屋が? と疑問に思いつつも、慎重に足を踏み入れる。さすがに罠の類は仕掛けられていなかったが、その代わりに部屋の中央には一つの机が置かれていた。


 机はよほどの小さな村などでなければどこでも手に入るような、飾り気のない簡素な作りをしている。引き出しは四つあり、そのいずれにも鍵は掛かっていなかった。


 引き出しの中を一つ一つ確認していく。しかし中身はもぬけの殻だった。


「先を越されたか?」


 だとしたら骨折り損のくたびれ儲けということになるが、本当にそうなのだろうか?


「ひょっとして――」


 ふと脳裏を過った予感に従って引き出しの中をもう一度確認する。


「やっぱり!」思わずといった感じに指をパチンと鳴らす。


 その内の一つが二重底になっていた。いそいそと蓋を開けると、底には羊皮紙の束と、


「これはっ」


 なんと〝田〟の文字が刻印された石版が収められていた。


 羊皮紙の束を手に取ってみる。パラパラと捲っていくと、最後の一枚に署名がしてあるのが目に入る。その名前は――オルランド。


「オルランドって、あの亜人もそんな名前だったような……」


 羊皮紙に記された内容に目を通してみると、次のようなことが書かれてあった。


 オルランドは、初代シーリス国国王アルバーノ・シーリスの命令でマナ汚染の原因を調査するために魔族領へと赴くことになったらしい。一介の研究者でしかない自分が何故あんな恐ろしい場所へ行かねばならないのかと恨み言が綴ってあった。


 その調査は過酷を極め、現地へ到着した時点で護衛の騎士や研究者を含め三分の一の命が失われたという。一人、また一人と犠牲者が増えていく中、ようやく見つけた現地人の話によると、魔力マナの均衡が崩れたのは魔王アムシャと女神アーシャの戦いが終結した後かららしい。この話が本当ならば、両者の力がぶつかりあったことで生じた余波が原因だとオルランドは考えたようだ。


 魔力の均衡を戻し、マナ汚染を止める方法は分からず仕舞だが、ひとまずこれで国へ帰れると誰もが喜んだその日の晩に事件は起きた。


 亜人が出現したのだ。それも自分たちが張ったテントの中から。そのテントは精神的な疾患が見受けられる者を隔離するためのものだったが、そこへ収容されていた者が皆、異形の魔物と化して仲間たちを襲い出した。寝込みを襲われる形になったことで犠牲者が大勢出たらしい。それでも残った騎士たちの奮闘で無事これを討伐。オルランドも怪我は負ったが命に別状は無かったようだ。


 しかしオルランドの悲劇は、むしろここから始まる。


 なんとか国へ戻れたオルランドだったが、毎夜悪夢にうなされるようになり、亜人化した仲間たちと同じ精神的な疾患を自覚するようになる。自分もあの異形の化物になってしまうのかという恐怖心から自害することも考えたようだが、その晩に見た不思議な夢のおかげで思い留まったらしい。


 その内容とは、現地で偶然手に入れた〝⁐〟という不思議な文字が刻印された石版が語りかけてくるというもので、心まで魔物化したくなければ肌見放さず持っていろという。そして18個の石版をすべて集めろとのことだったらしい。


 その後閲覧を許可された禁書庫で導かれるように発見した隠し部屋で〝田〟の石版を発見したオルランドだったが、今の自分では石版を集めることは不可能と察してこの手記を残したようだ。


「やっぱりあの亜人が書き残したものだったか」


 石版が語りかけてくるねぇ……と〝田〟の石版に目を向ける。今この石版に触れるとどうなるのだろう。また吸収することになるのだろうか? そう思うと触れるのが躊躇われる。あの直接脳に焼印されるような感覚は不快以外何ものでもない。かといってこのまま放置して帰るわけにもいかない。それに禁書庫に入って結構な時間が経っている。いつ衛兵が時間を告げに入ってきてもおかしくなかった。


「クソッ、何だってオレがこんな目に」


 と毒づきながら石版を掴む。その途端、石版は掌に吸い込まれるように消え失せ、またあの感覚に襲われる。脳裏に浮かぶ〝田〟の文字。どうやら『ヤー』と読むようだ。何故だか解らないがそれが分かる。それに新しい呪文も手に入れたらしい。同じく脳裏に浮かぶ〝田〟〝ブロー〟の二文字。これを空の容器に唱えると物理防御を底上げしてくれるシールド・ポーションを作成できるようだ。今度マルティナに飲ませてみるとしよう。


 羊皮紙の束を懐に隠し、仕掛けを戻して隠し部屋を閉じる。


 丁度そのタイミングで「そろそろお時間です」と衛兵が扉を開けて顔を見せる。ベッキーはそれに返事を返すと禁書庫を後にしたのだった。


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