「姉ちゃ〜んっ」
城門をくぐるとマルティナが満面の笑みで駆け寄ってきた。朝からガッツリ肉を食って心身ともにご機嫌なようである。
「何だ迎えに来たのか」
「姉ちゃんが王様からア〜レ〜なことされてないか心配で」
「何だよ『ア〜レ〜』なことって」
「女を帯でぐるぐる巻きにして引っ張る遊びなんだってぇ」
ア〜レ〜とその場で回転しながら説明する。
「なんだそのイカれた遊びは。シーリス王にそんな趣味がるわけ無いだろう」
「師匠が王様の嗜みなんだって言ってたよぉ?」
「んな嗜みがあってたまるかっ。ったくあの女はまた変なことを吹き込みやがって」
そんな他愛のない会話を続けながら宿泊先の宿に向かっている時のこと。
「姉さん」
「どっちだ」
「七時の方向に男」
「敵意はありそうか?」
「敵意はないけど。何だろう、ねっとりとした視線を感じる」うぇ〜と舌を出す。
「何だそりゃ」
「心当たりは?」
「無いでもないな」ちらりと懐の羊皮紙を見せる。
「禁書庫で?」
「隠し部屋を見つけた」
「さすが姉さん」そこでスッと前に出て。「それじゃぁ先に戻って準備しておくねぇ」
普段の口調でそう言うと駆け出していく。ベッキーはそれを見送ると、やれやれとばかりに首を鳴らし適当な裏路地へと入っていった。
すると何の警戒もなくベッキーの後を追ってくる足音がする。マルティナは敵意がないと言っていたが、あまりにも無警戒過ぎる。一体何者なのだろうかと思いつつ、気付かないふりをしながら路地を歩く。そろそろかなというところで振り向こうとしたところで、ヒッと恐怖に引き攣った男の声が上がった。
「殺すなよ」
念の為に声を掛ける。振り向いた先にはマルティナに首元へ短剣を押し当てられた男が降参のポーズで震えていた。男はフードを深く被っており、その素顔は伺い知れない。
「何故姉さんを見ていた?」
底冷えのするような声音で男に問う。短剣を更に強く押し当てると、男はヒィッっとまた情けない声を上げた。これじゃまるでこっちが追い剥ぎしてるみたいだなと思いながら、手で短剣を下ろすよう制する。凶器から開放され、自分の首が繋がっているのを確認するようにわたわたと両手で首元を確認している男に声を掛けた。
「オレになんか用か?」
すると男は自分を指さしながら、「僕です。僕っ」と声を上げた。
「いや誰だよ」と言うと、そこで男は自分の顔が深いフードで隠れていることにようやく気が付いたのだろう、わたわたとまた慌てたようにフードを脱いでみせた。
これで分かるよね? と云わんばかりの顔で「僕です。僕」と改めて自身を指差す。
「あっ、あの時の紋付き!」
その言葉に男の笑顔が一瞬曇ったが、すぐに元の笑顔を浮かべると「良かった。覚えていてくれたんですね」とホッと胸をなでおろした。
「何で姉さんにあんな気持ち悪い視線を向けてたの?」
そんな男に短剣をちらつかせながら凄む。男はまたヒッと短く悲鳴を上げると捲し立てるように弁明しだした。
「ごめんなさいっ、あの時のお礼がしたくて探していたんです。ようやく出会えたと思ったらあのポーションを飲んだ時の高揚感を思い出しちゃって。でもそんなに気持ち悪い目をしてましたか?」
「姉さんが探してる男じゃなかったら殺してるほどにはね」
殺意ダダ漏れの視線を向けられ、男はまたもやヒィッと悲鳴を上げると慌ててベッキーの背後に逃げ込んだ。
「その辺にしといてやれ」
苦笑交じりに制する。
「姉ちゃんがそう言うなら許してあげるけどぉ……」
まだ不満そうだったが、素直に短剣をブーツに戻す。
「つー
「ぼ、僕を?」
「そうだ。オレ達を拝火教の隠れ里へ案内してくれ!」
「隠れ里へ……」
「あるんだろ? 隠れ里」
「それをどこで――いや、そこへ行ってどうする?」
つい今しがたまでプルプルと震えていた男と同一人物とは思えない剣呑な雰囲気を漂わせ問う。
「そんなに警戒すんなって。
「……じゃあ何が目的なんだ」
「〝
「宝玉を――」言葉にしてから、しまったと口を閉じる。
「やっぱり何か知ってるんだな!」
「…………はぁっ」
男は少しの間逡巡した後、観念したように盛大にため息を吐くと言葉を続けた。
「分かりましたご案内しましょう。そもそも僕はあなた方に恩返しがしたくて探していたんですから」
こうして二人は、ようやくのことで〝и〟の玉への足掛かりを掴んだのであった。