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第42話:治癒士とシンボル⑤

「この先に隠れ里への入口があります」


 そう言って男に案内されたその場所は、王都の三方を取り囲む湖の対岸。そこに聳え立つ険しい山岳地帯の麓に広がる森林の中だった。


「まさか王都の近くにあるとは思わなかったぜ」


 夜陰に乗じて湖を渡るために夜を待ったとはいえ、距離的には半日と掛かっていない。驚くのも無理はないだろう。


「『灯台もと暗し』ってやつですね。――さ、ここです」


 そこはゴツゴツした岩場に巧妙に隠された洞穴だった。どうやらこの向こうに隠れ里があるらしい。用意してあったカンテラに火を灯し、三人は紋付きの男を先頭に洞穴へと入っていく。その先は侵入者対策として幾本にも枝分かれしている。聞けば間違った道には罠も仕掛けてあるとのことだった。


 男はこれまでに何度となく往復したのであろう、一切の迷いなく進んでいく。そしてもはや何度目になるのか判らない分岐点を過ぎたその先に篝火の明かりが見てとれ、恐らく門番だろう二人の屈強な戦士然とした男が槍を片手に行く先を遮っていた。


「止まれ! 何者だっ」


 門番から誰何の声が飛ぶ。


「僕だ。ウルバーノだ」


 その返答に、こいつウルバーノって名前だったのか、そういえばお互いに自己紹介がまだだったなぁと今更ながらに思う。


「おお、若でしたか」とそこで槍を下段に構える門番。「ところで、後ろの二人は何者ですか?」


「止めないかっ。このお二人は前に話した命の恩人だ」


 その言葉に目をギョッと見開き慌てて構えを解く門番二人。


「大変失礼いたしました!」


「若の恩人とはつゆ知らず。ご無礼をお許し下さい」


「あ〜……オレ達にそういう畏まった態度は必要ないから」頬をぽりぽり掻きながら、「取り敢えずそこを通してくれ」


 ははぁっと、飛び退くように道を譲る門番二人に苦笑を浮かべつつ奥に歩みを進める。


「……こいつはすげぇな」


「ほえぇ……」


 その先で二人を待っていたのは、予想以上の広さをもったドーム型の空間だった。ここまでの道のりもそうだが、一体どれだけの歳月を費やしたのか、まったく閉塞感を与えないほど広々としたその居住区。その天井部分には、恐らく通気口だろう穴が何箇所かに開いており、そこから差し込む陽の光がまるで木漏れ日のようで、木が生えていることと相まってここが洞窟内であることを忘れさせる。


 その光景に思わずといった具合に声を漏らす二人に、ウルバーノは満足気な笑みを浮かべた。


「このような場所にお客人とは、珍しいこともあるものじゃ」


 とそこへ杖を突き、腰の曲がった老人が三人の元へとやって来た。


「お祖父様――」とそこでベッキーたちの方をちらりと見やると、「いえ、イーヴォ様。ただいま戻りました」


「うむ。よくぞ無事戻った。そちらのお二人が以前話に出てきたお主の命の恩人じゃな?」


「はい。こちらが――」とそこで言い淀む。ウルバーノもまた、今頃になってお互いに自己紹介をしていないことに気が付いたようだ。バツの悪い顔を向けてくる。ベッキーは小さく苦笑を浮かべると、


「お初にお目にかかりますイーヴォ様。オレは、じゃなくて私はベアトリスと申します。

そして隣りにいるのが妹のマルティナでございます」


「爺ちゃん、よっす」近所の爺さんに対するかのような気軽さで挨拶する。


「うおおいっ!?」


 その態度に血相を変えたベッキーは、渾身の力を込めてマルティナへ肘鉄を喰らわせた。


「――ぐほっ。姉ぢゃんいぎなり鳩尾に肘鉄は酷いんじゃな゙いかな゙ぁ……」


「酷いのはお前の態度なんだよ! ちったぁ学習しろよっ」


 そんな遣り取りに、フォッフォッフォッと愉しげに笑うイーヴォ。


「よいよい。孫が増えたようでわしも嬉しいわい。お主も言い慣れぬ敬語など使わずに普段通りの話し方で構わんぞ?」


 本当に良いのか? という視線をその孫に向ける。ウルバーノは構わないという意味を込めて小さく頷いた。


「んじゃそうさせてもらうわ。敬語は肩が凝るしな」う〜んと背伸びをする。


「それじゃぁ、アタシはどつかれ損じゃん」


「それは結果論だ。少しは反省しろっ」


 そんな二人をまるで本当の孫をみるような優しい笑顔で見ていたイーヴォだったが、不意に表情を真顔に戻すとこう口にした。


「ところで、何用があってこのような隠れ里に足を運んだのじゃ?」


「それに関しては僕から説明させて下さい」


 そう言うやその場にひざまずいて頭を垂れ言葉を続ける。


「どうか彼女たちに『試練の迷宮』へ挑む許可を頂けませんでしょうか」


「試練の迷宮にじゃと? あそこが我々にとってどういう意味を持つ場所か理解しておるじゃろう」


「はい、重々承知しております。それでも敢えて申し上げているのですっ」


 イーヴォはベッキー達へ顔を向ける。「そこまでして何をあの迷宮に求める? まさか――」


「そのまさかだ。オレ達が求めるものはただ一つ。〝иフル〟の玉だ」


「ならん! あれは我々が自らの手で手に入れなければ意味を成さぬものじゃ」


 神経質に杖の先で何度も地面を突く。


 顔を上げ、真っ直ぐにイーヴォの目を見る。「本当にそうでしょうか?」


「なんじゃと」


「一人の治癒士としてこのようなことを口にするのは罰当たりなこととは承知しておりますが、それでも申し上げます。本当に宝玉を我々が手にすることで『奇跡』が蘇るのでしょうか?」


「無論だ!」


「僕にはそうは思えません。だってそうではありませんか。代々伝えられてきた伝承には『宝玉を死守せよ』と記されています。もし手にすることで奇跡が戻るのならば、『死守せよ』ではなく『入手せよ』となっていなければ辻褄が合いません。僕には何か裏があるとしか思えないのです」


「その考えは初代様への冒涜じゃぞ!」


「ですが、お祖父様は同じ考えには一度も至らなかったと明言できますか?」


「それは……」


「出来ないのであれば、ぜひご再考いただけませんか。これは僕にとって命を救っていただいたという大恩に報いる絶好の機会なのです!」


「しかし……」


 イーヴォは逡巡に逡巡を重ねる。宝玉を得ることで取り戻せるかも知れない一族の尊厳と、孫の命を救ってもらった恩義に報いる一人の人間としての心がせめぎ合いを起こしていた。


 そうして導き出した答えは――


「一つ訊かせてくれ。宝玉を求める理由は何じゃ?」


「オレ達に掛かっている呪いを解くためだ」


「呪いを、解く?」


「ああ。タカナシという名の冒険者に聞き覚えはあるか?」


「会ったことはないが、風の噂には聞いている。何でも世界最速で金等級まで昇りつめた、ある意味生きた伝説となっておる冒険者の名じゃったか」


「そうだ。その冒険者はオレ達の師匠で、あの人がいうにはオレ達には呪いが掛かっているらしい。それを解きたければすべての玉を集める必要があるそうだ」


「すべてということは、六代抻様の宝玉すべてをかっ?」


「そうなるな。今更こんな事を言うのは卑怯だとは思うが、正直なところ本当に呪いが解けるのかどうか分からない。あんたの、試練に打ち勝って宝玉を入手すれば奇跡が蘇るかもしれないという動機と大差ない話だ。でもオレは師匠を信じたい」


「アタシも、アタシもぉ」


「…………分かった。許可しよう」


「ほんとかっ?」


「ありがとうございます、お祖父様!」


「正直に話せば、ウルバーノお前の言う通りわしも伝承に疑問を持ったことが幾度となくある。

しかしここで諦めては、これまでに試練に挑み散っていった同胞たちに顔向けが出来ないという思いから言い出せなかった。礼を言うぞ我が孫よ」


「お祖父様……」


「よし。それじゃ今日中に準備を済ませて明日からさっそく挑戦だ」


「おおぉ〜!」


 その日の晩に壮行会を兼ねたささやかな宴席が設けられた。二人はしっかりと飲んで食べ、英気を養ったのだった。


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