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第51話:首都ミスルと大師匠②

「ここで合ってるよな?」


 アーティファに貰った地図を頼りに辿り着いたその店は、街の外れで寂れた家々が建ち並ぶかなり奥まった場所にあった。高名という割にはずいぶん辺鄙な場所に居を構えているものだ。


「随分寂れてた場所だな」


 エイダも同じ感想を抱いたのだろう、周りを見渡しながらそう口にする。


「合ってるみたいだけどぉ……留守なんじゃない? 人の気配がしないよぉ」


「分かるのか?」


「地上でのマルティナの索敵能力はたいしたもんだぞ」


「そりゃ凄いな」


「アンデッドと水中の敵は無理だけどねぇ」


「仕方ない。また出直し――」


 そこまで言いかけたその時、目の前で信じられないことが起きた。キィーとどこか不気味に感じる甲高い音を鳴らしながら店の扉が内側に開いたのだ。風は無風だ、自然に開いたとは思えない。となれば何者かが開けたということになる。


「嘘っ――」


 自身の索敵能力に自身を持っているマルティナは咄嗟に黒剣に手を掛けていた。油断なく店内の暗がりに意識を向け、再度店内の気配を探る。


「どうだ?」


 ベッキーもまた油断なく身構えながら相棒に確認する。しかし返ってきた答えは無言のまま首を横に振るというものだった。


「どうするんだ?」


「正直言うと回れ右して帰りたいところだけど、あれって入ってこいっていうことだよな?」


「だろうね」


「だろうな」


 同時に頷く二人を前に、ベッキーは一つ深呼吸する。店内はここからでは暗がりになっていて伺いしれない。まるで初めて潜る迷宮や遺跡の入口に立っている気分だ。それでもこんなに緊張したことはないが。


「マルティナ、悪いが先頭を頼む。次がオレで最後がエイダだ」


「了解」そう言うと、ブーツに仕込んだ短剣ダガーを抜き放ち逆手に構える。黒剣は店内では取り回しが難しく不利と考えてのことだろう。


 ベッキーも同じく短剣を構え、最後尾のエイダは何でも来やがれとボクサーのように両腕を構える。いよいよもって迷宮攻略じみてきた三人。幸いなことに通行人はいなかったが、もし一人でもいたなら薬屋に忍び込もうとしている賊と勘違いされて、衛兵に通報されていたことだろう。


『まずはこれでいく』と腰のポシェットから閃光手榴弾を取り出しハンドサインで伝える。エイダはそれが何なのか分からず困惑している様子だったが、見れば分かるだろうと意に介さずそれを店内に放りこんだ。


 バンッという炸裂音と同時に眩い閃光が店内を一瞬照らしだす。それを合図にマルティナを先頭にして店内に突入する。エイダも閃光に驚いた表情を浮かべていたがそれも一瞬のこと、しっかりと二人に続いて突入していた。


 しかし――、


「――っ?」


 その一瞬あとにはマルティナとエイダがほぼ同時に床に倒れ伏し、ベッキーもうつ伏せに押し倒され首元に短剣を押し当てられていた。


 マルティナとエイダの身に何が起きたのかまるで分からなかった。気が付いたときには二人は声もなく倒れ伏しており、かと思う間もなくベッキー自身もうつ伏せに押し倒されていた。理解がまるで追いつかない。潜在的な恐怖心から叫びだしそうなのに声すら出なかった。


「お前には訊きたいことがある。正直に答えろ」


 有無を言わせぬ声が頭上から降ってくる。女の声だ。年齢はそう、ギルドマスター代理のアーティファと同じくらいか。ようやく理解が追いついて冷静さを取り戻してきた頭でそう分析する。それにしてもこれが人にものを訊く態度かよと憤慨したが、怖くて声には出せなかった。なので仕方無くコクリと小さく頷く。


「どうしてお前が〝宝玉〟を持っている?」


「――っ」


 思いがけない質問に、何故それをと言いかけて咄嗟に口をつぐむ。おそらくだが、この女の言う『宝玉』とは〝иフル〟の玉のことだろう。そうとなれば訊きたいのはこちらの方だ。何故お前がその存在を知っている? それになにより、何故オレがそれを持っていることを知っているんだ?


 今にも口を吐いて出てきそうなそれらの疑問をグッと我慢する。それを口にしたら自分が宝玉を持っていることを認めてしまうことに他ならないからだ。


「ほ、宝玉って何の話だ?」


 ここはひとまずしらばっくれて様子を見てみる。


「ふむ。耳の一つでも削いでみせれば答える気になるか」


 思いっきり悪手だった。女はそれまでベッキーの首元に当てていた短剣をスッと動かすと、今度は右耳の付け根に刃を押し当てた。根本が僅かに切れ、そこから溢れ出してきた血がツツーと頬を伝う。


「待った! 話す! 話すから勘弁してくれっ!」


 ベッキーの口から悲鳴にも似た声が上がる。しかし女の手は止まらない。ジワジワとだが刃が耳の根本を切り裂いていく。


「拝火教徒が守ってた迷宮に潜って暗黒騎士を倒して奪ったんだっ!」


 痛みに耐え、そう捲し立てる。するとそこでようやく女の手がピタリと止まった。耳は根本を四分の一ほど切られたが、まだしっかり繋がっている。血は止めどなく溢れてくるしジンジンとかなり痛むが、ひとまずホッとする。


「あれの存在をどこで知った?」


 今度は別の質問が飛んでくる。ここで下手な回答をしようものなら、間違いなく片耳と泣き別れ状態になることは明白。ベッキーは包み隠さず正直に語って聞かせた。


「師匠の書き置きに、オレたちはバース族の呪いを受けているから、それを解きたければ玉を集めろって書いてあったんだ」


「呪いね……師匠の名は?」


「タカナシ。トモコ・タカナシだ」


「なるほど、か」


 そこで言葉を切ると、黙考するように急に黙り込む。その時間は一分ほどだったが、絶賛耳を削がれ中のベッキーには永遠にも等しく感じられた。


「それじゃさっきの閃光手榴弾派手に光るやつの作り方もあいつから?」


「直には教わってない――というか教えてくれなかった。だから一度使ってるところを見たのを参考に、試行錯誤して完成させたんだ」


「それはたいしたものだな。あいつめさぞかし悔しがっていただろう?」


「顔には出していなかったけど、内心かなり悔しがってるように見えた――というか笑ってるとこ悪いんだけど、そろそろ解放してくれないか? 耳の痛みが酷いんだ」


 タカナシが悔しがる様を想像しているのだろう、アッハッハと笑っていた女はその言葉に「それもそうだな」とあっさりベッキーを解放した。


 それまでベッキーを押さえつけていた力がフッと消え去り、と同時に耳元から短剣の気配が無くなる。ベッキーは咄嗟に、そこにまだ耳が付いていることを確認しようと右耳に触れ、途端走った激痛に悶絶した。


「――孫弟子の扱いが酷すぎないか、大師匠エル・ヴィエントさんよ」


 ゆっくりと上半身を起こし、短剣に付着している血を拭っている女へとジト目を向ける。そこにはベリーショートの黒髪に尖った耳が特徴的な、褐色の肌に茶色ブラウンの瞳をした同姓から見てもハッとするような美しい顔立ちをしたダークエルフが立っていた。


「そんな怪しい気配を放つ代物を迂闊に持ち込むお前が悪い」


 しかしエル・ヴィエントは、そんなベッキーの表情などまるで意に介さずそう言うと、短剣を腰の鞘に戻すなり更にこう続けた。


「それにお前の相棒も殺さずにおいたんだ。嗚呼なんて心優しい大師匠様と泣いて喜ぶところだろう」


「本当に心優しいやつは、いきなり人の耳を削ごうとはしないんだよ!」


 そんな大師匠にツッコミを入れつつ、おい大丈夫かとマルティナの体を揺する。


 しかしいくら呼びかけても、体を揺らしてみてもまるで反応がない。それはエイダに関しても同じだった。


「無駄だぞ? エレファスゾウでも一時間は起きない麻酔を打ち込んだからな」


「あんた『致死量』って知ってるか?」


「当たり前だ、わたしを誰だと思ってる。ちゃんと量は調整してあるから、あと30分もすれば何事もなかったように起きてくるさ」


 本当だろうな……という猜疑心に満ちた視線を大師匠に向けつつ、二人の呼吸を確かめる。胸の動き、呼吸音、呼気、いずれも異常は無いようだった。ここは大師匠の言うことを信じるしか手は無いだろう。そう判断したベッキーは、耳の切傷にポシェットから取り出した傷薬を塗りたくりながら話を宝玉のことに戻した。


「これってそんなに怪しいものなのか?」


 リュックサックから〝и〟の玉を取り出し、めつすがめつ改めて確認する。確かに暗黒騎士クラウディオの胸に嵌め込まれていた時は禍々しいオーラを発してはいたが、今は紅い〝и〟の文字が彫られた、ただの真っ白い宝石にしか見えない。


「人間のお前には分からんのさ」


 エル・ヴィエントは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ言葉を続ける。


「そもそも何でお前は?」


「え? 何でって言われても……」


 思いもよらないことを言われ、困惑するベッキー。見えないが、今も発しているという怪しいオーラが関係しているのだろうか? そう思い訊いてみるが、そもそもそういう話ではないらしい。


「その宝玉をテーブルの上に置け」


 指示されるまま手にした〝и〟の玉をテーブルの上に置く。するとエル・ヴィエントは作業台の近くに置いてあった厚手の革手袋を取りに行き、それを左手だけに嵌めた。


「よく見ておけ。普通は触るとこうなる」


 そう言うと、革手袋を嵌めた左手で〝и〟の玉に触れようと手を伸ばす。指先が玉に触れるかどうかというその時、ベッキーの目の前で信じられないことが起きた。


 バシュッという鋭い音とともに、エル・ヴィエントの左手が弾かれた。しかもそれだけではない。厚手の革手袋がもの凄い勢いで燃えだしたのだ。


 チッと舌打ちしてすぐさま革手袋を外すと、床に落として踏みつけて消火する。火は消えたが、革手袋は原型を留めないほど黒焦げた状態になってしまっていた。


「大丈夫か、大師匠っ?」


「ああ。火傷したが問題ない」


「今のは何が起きたんだ?」


「宝玉に掛けられた結界に阻まれたのさ」


「結界?」


「そうだ。そもそもこの宝玉を作ったのは誰か知っているか?」


 ベッキーは無言のまま首を横に振る。探すことに躍起になって、そこに考えが至らなかった。こんなものが自然発生で生まれるわけがない。となれば作り出した何者かがいることになる。


「何者なんだ、そいつは?」


「魔王だよ。魔王アムシャ。名前くらいは知っているだろう」


「はぁ? 魔王アムシャって、女神アーシャに倒されたっていうあのアムシャか? でもあれは


「そうか、お前たちのだったな」


「歴史の、真実? それって――」


 どういう事なのか訊こうとしたその時、


「う〜ん……あれ、姉ちゃん? おはよう……ん? ここどこだっけ?」


「んあ? ありゃ、何でこんなところで眠ってたんだアタシは?」


 それまで静かに寝息を立てていた二人が目を覚ました。薬の後遺症だろうか、直前の記憶が曖昧になっているようだ。


「これ大丈夫なんだろうな?」


「問題ない、すぐに思い出すさ。それより今日は疲れた。明日また出直してこい」


 ほらさっさと帰れと云わんばかりに、シッシッと追い払われる。オレたちは犬かよと悪態をつくすぐ後ろで、バタンと扉がしまってしまった。カチャリという音は鍵をかけた音だろう。こうなっては出直すしかなさそうだ。


「歴史の真実、か……」


 ポツリと呟いた言葉が、通りを吹き抜ける一陣の風に流され消えていった。


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