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第53話:首都ミスルと大師匠④

「女神の解放って、そんなこと出来るのかよ?」


「出来る。そのための宝玉集めだろう」


「でもそれはオレたちの呪いを――あ、そうか呪いは無いんだった。じゃぁ師匠は端からそのために宝玉を探させてたってことか」


 でもなんだってそんな回りくどい事を……と考えていると、大師匠はそれを察したのだろうこう言った。


「いきなり『女神を解放するために宝玉を集めろ』なんて言われても困惑するだけだろう?」


「それはそうだけどよ。なら一緒に探すの手伝ってくれてもいいと思わないか? 結構大変だったんだぜ」


 実際何度も死にかけたし、暗黒騎士クラウディオ戦では危うくマルティナを失いかけたのだから。


「あいつは宝玉に触れないからな、そのへんは弟子には弟子なりの事情があったんだろ。信頼されている証拠じゃないか」


「う〜ん……」そう言われれば正直悪い気はしないが、反面相談くらいしてくれてもよかったんじゃないのかとも思う。どうにもスッキリしない気分だった。


「しかし探すって言ってもアテはあるのかい?」


 エイダが最もなことを言う。それに対する答えは、


「無い」


「無いに等しいな」


「ダメじゃねぇか」


 何とも頼りがいのないものだった。


「〝иフル〟の玉は」拝火教徒が代々守っていた迷宮ダンジョンでも見付けたけど、他の宝玉もそうだとは限らないからな」


「それじゃぁまずは拝火教徒を探すところから始めるわけかい?」


「そうなるな。しかしやっこさん隠れるのが上手いからな……」


「しかもこの国じゃ拝火教徒は見付かれば奴隷堕ちだからな。探し出すのは容易じゃないだろう」


 何とも前途多難だった。


「大師匠、何か手掛りになりそうな情報はないのかよ」


「ないこともないぞ」


「ホントかっ?」


「この国に隠されている宝玉が〝ソーン〟なのは知っているな?」


「ああ。師匠の資料にそう記してあった」


「〝ᚦ〟は古代語で『巨人』を表す文字だ。そして、この大陸の南端には巨人族が治める領地がある」


「じゃぁそこに宝玉が隠されているかもしれないってことか」


「何だアテはあるんじゃないか」


「だが相手はオーガですら子供に見える巨人族だ。確証もなしに行くにはリスクが大きすぎる」


「それもそうか……」


 そこでだ、とエル・ヴィエントは未だすやすやと眠ったままのマルティナの傍に行くとこう続けた。


「こいつを巨人族相手でも戦えるように特訓するから、その間お前たちは情報を集めてこい」


「……分かった。けどエイダはそれで良いのか? 戻ってギルドの仕事とかあるだろう」


「アタシは別に構わないよ。ギルドの仕事は職員がなんとでも出来るようにしてあるからね。むしろアタシの修行も兼ねて是非参加させてくれ」


「じゃぁ話は決まりだ。まずはここに行っているといい」と言って地図を広げる。「ここから徒歩で半日程南へ行った場所に迷宮の入口がある。目印として岩場があるからまずはそれを探すんだ」


「そこに何かあるのか?」


「聞いた話だと誰もが最奥に眠っているらしい」


「何だいそりゃ」


「石版……」


 ふとオルランドが集めろと言っていた魔術の石版シンボルが脳裏を過る。もしそうなら是非とも手に入れたい。


「それじゃぁ今日は準備に当てて、明日から出発だな」


 こうしてベッキーは、エイダとともに迷宮攻略に挑むことになるのだった。



* * *



「ここがその入口だな」


 首都ミスルを出発し、ユーシア大陸とは違い草木に乏しい荒野を南に歩くこと半日。地図に示された岩場へと到着したベッキーとエイダは、そこに巧妙に隠された迷宮への入口を発見していた。


「いよいよかい。何だか武者震いがするね」


 何気に迷宮攻略は初挑戦というエイダが、手の平に拳をぶつけながら気合を入れている。


「そう気負うことはない。ただ迷宮内は様々な罠が張り巡らせられているから、オレの指示を聞き逃さないようにしてくれ」


「了解だ」


「んじゃいっちょやってやろうぜ相棒」


 そう言ってエイダの前に拳を突き出す。


「ああ、やってやるぜ相棒っ」


 エイダはその拳に自らの拳をコツンと軽くぶつけると、ニヤリと不敵に笑ってみせた。


 入口からは急な下り階段が続いており、内部はかなり暗い。ベッキーは松明を二つ準備すると一つは自分に、もう一つはエイダに持たせた。時折松明の明かりが揺らめく辺り、風が吹いているようだ。どこかに空気穴でもあるのかもしれない。


「迷宮ってのはどこもこんなに暗くて埃っぽい感じなのかい?」


「場所にもよるな。もっと酷いところもあったし、逆に湿っぽくてカビ臭い迷宮もある。暗さに関しても同様だな。ヒカリゴケがびっしり生えていたりすると明るくて助かるんだが、大抵は何かしらの明かりを準備しておかないと話にならねぇ」


 そんな他愛のない話をしながら降りていくと、ちょっとした広間に出た。松明を掲げて確認すると、その先には通路が真っ直ぐに奥へと続いているようだった。


 ベッキーとエイダは用心深く足を踏み入れた。


「おい、これ」


 目ざといベッキーが早速何かを発見する。それは埃が積もった石畳に残った真新しい足跡だった。それも、見たところ人間のものではないようだ。大きさや形からしておそらくゴブリンのものだろう。


 エイダも頷くと、ゆっくりと腰の剣に手をかける。


「早速お出ましかい」


 しかし、ざっと見える範囲を見渡してみても敵の姿はない。目に付くものといえば、通路の壁面に気味の悪い魔族をかたどったレリーフが並んでいるだけだ。二人はエイダを先頭にして、慎重に通路を進んでいった。


 ところが、通路の中ほどに来たところで、いきなりつるが弾ける音がしたかと思うと、一本の矢がエイダの頬を掠めた。壁の背後に隠れたゴブリンが、レリーフに巧妙に隠された覗き窓から、侵入者である二人を狙い射ちにしてきたのだ。


「クソッ、罠だ。走り抜けるぞっ」


 ベッキーは毒づくと、小さな体を更にかがめて駆け出し、エイダも打ち落とせる矢は剣で払いつつそれに続く。走る二人を狙って次々と矢が射掛けられ、その度に体を掠めていくが、幸いなことに大した怪我もなく走り抜けることに成功していた。


 とはいえ矢に毒が塗られていたならば危なかったのは確かな話で、ベッキーはマルティナの優れた索敵能力のありがたみを噛み締め、エイダはいきなりの迷宮からの洗礼に慄くのだった。


「なぁ、この際だから索敵能力を身につけてくれ」


「マルティナみたいにか? 昨晩も言ったが、あの歳であれだけの索敵能力を身につけてるほうが異常なんだ。無茶言わんでくれ」


 背後からゴブリン共の悔しがる声がかすかに聞こえてくるが、追ってくる気配はなさそうだ。二人は上がった息を整えると、再び歩みを進めた。


 それからどれほど進んだだろうか。複雑に入り組んだ地下迷宮は、どこまで行っても終わりがないかのようだった。行く手に立ち塞がるゴブリンや、コボルトといった魔物と何度も遭遇戦を経験し、エイダも迷宮内での戦いにだいぶ慣れてきたときのことだった。


 突然、二人の背後で轟音が響き渡った。


 咄嗟に振り返ってみると、天井から滑り落ちてきた石壁が、今しがた通り過ぎたばかりの通路をすっかり塞いでしまっていた。分厚い石の塊は頑丈で、押したくらいではびくともせず、その重量から、持ち上げようにも人間の力では到底不可能な話だった。


「またこの罠かよっ」


 ベッキーが忌々し気に吐き捨てる。以前、別の迷宮でもこの罠に引っ掛かり退路を塞がれるということがあった。その時のことを思い出したのだろう石壁をゲシゲシと蹴りつける。


「この先でも同じように石壁が落ちてくる可能性が高い。頭上には注意しておいてくれ」


「了解だ」


 通路は、少し先のところでT字路になっている。エイダは頭上を、ベッキーは逆に足元を意識しながら先に進む。


 そして通路の突き当りに差し掛かったところで、ベッキーは石畳に違和感を感じ咄嗟に叫んでいた。


「止まれエイダ!」


 しかし頭上に気を取られすぎていたエイダは、足を止めるのが一瞬遅れた。ズズゥとエイダの足元がわずかに沈み込む。その途端、左右に伸びる通路は、またしても落ちてきた石壁で塞がれてしまった。


「すまん、やっちまったっ!」


 慌てて足を退けるが時すでに遅し。落下してきた石壁は依然としてそこにあった。


「やっちまったものは仕方がない。脱出路がないか調べるからそこを動かないでくれ」


 以前同じような状況になったときも隠し通路があった。きっと今回もどこかにスイッチとなる何かがある筈だ。


「どうだ、何かありそうか?」


 エイダが恐る恐るといった感じで訊いてくる。


「ちょっと待ってくれ。壁に妙な出っ張りがある。後ろに下がってじっとしていてくれ」


 慎重に探ってみると、その出っ張りは、上下に稼働するレバーのようなものだと分かった。試しにレバーを上に動かすと、正面突き当りの石壁がせり上がって隠された通路が現れた。通路の先は、すぐに木の扉で行き止まりになっている。


「良かった! 閉じ込められたかと思ったよ」


 ホッと胸をなでおろすエイダ。しかしベッキーはその扉を睨みつけるようにしながら一言、「気に食わないな」と呟いた。


「何がだい?」


「いや、どうにも話がうますぎると思わないか? どうみてもこれ、オレたちを誘い込むための仕掛けだぜ」


 扉の向こうで何が待ち構えているか分かったものじゃない。とはいえ今の二人に選択の余地が無いのも確かな話だった。


「鬼が出るか蛇が出るか」


「とにかく入ってみるか」


 やがて二人は顔を見合わせると、決心を固めて扉へと歩いていったのだった。


 木の扉の向こう側は、これまでの部屋とは違い、一段と大きな間取りとなっていた。それもそのはず。部屋の四隅に焚かれた篝火の明かりの中、七匹のオルコが厳つい棍棒を手にこちらを待ち構えていた。


「チッ、やっぱり待ち伏せかよ。殺れるか?」


「七匹はちと手に余りそうだね……」


「ならを使う。巻き込まれるな」


 言うが早いか、腰のホルダーから閃光手榴弾スタン・グレネードを取り出し、敵の足元に投げつける。オルコの注意がそちらに向かったその瞬間、炸裂音が鳴り響き、眩い閃光が衝撃波とともにほとばしった。


 その衝撃波と、閃光をまともに喰らった三匹のオルコが豚面に苦悶の表情を浮かべて倒れ伏す。エイダはそのそのタイミングで腰の新月刀シャムシールを抜き放つと、突然のことに慌てふためく豚どもの懐に飛び込み、一匹の首を刎ね、返す刀で更にもう一匹の首を飛ばした。これで残り五匹。戦闘不能に陥っているのを除けば残りは二匹だった。


 その二匹が怒りも顕にエイダに向かって棍棒を振り下ろす。それらをその巨躯からは信じられない軽やかなステップで右に左にと華麗に躱す。動きが一瞬止まった豚面へ、間髪入れずにベッキーが革製の籠手と一体化させた小型のクロスボウからクォレルと呼ばれる太く短い矢を発射する。左目に矢を受けた一匹をエイダが斬り伏せ残り一匹。その一匹も大振りの棍棒をまたもや躱された挙げ句、カウンター気味に首を刎ねられて石畳に沈んだ。


 これで残りは戦闘不能状態から回復しつつある三匹だけだ。戦いは決した。


 互いの健闘を労い先に進む。入口とは正反対の場所にあった木の扉を押し開けると、その先は一本の通路になっていた。


 松明の明かりが果てしなく続く通路をぼんやりと照らす。行く手を阻む魔物共を蹴散らしつつ最奥を目指した。


 そんな二人の前に、いかにも頑丈そうな鉄の扉が現れた。ドアノブの下には普通サイズの鍵穴が付いている。


「鍵が掛かってるな」


 取り出した鏡で鍵穴を確認する。どうやら罠の類はなさそうだ。


 ベッキーは扉の前にしゃがみ込むとさっそく解除に取り掛かる。カチリという軽快な音ともに鍵が開く。


 扉を押し開けると、そこはこれまでとは違い、やけに殺風景な部屋だった。反対側に入口と同じ鉄製の扉が一つあるだけで、他には何一つ見当たらない。


「えらく殺風景な部屋だね」


 周りをキョロキョロと眺めながら、反対側の扉へ歩いていくエイダ。


「この感じどこかで覚えがあるぞ……」


 妙な既視感に、それがどこでだったかを思い出そうと記憶を巡らす。殺風景な部屋、反対側には同じ扉だけ……そうだ!


「待て! その扉に近づくなっ、そいつは偽物ダミーだ!」


 いつぞやの悪夢のような出来事を思い出し大慌てでエイダを止める。


 しかし今回もあと一歩遅かった。


 扉の手前まで来たエイダの足元が僅かに沈み込む。カチッと扉の向こうで何かが外れるような音が聞こえたかと思うと、それとほぼ同時に、部屋中が不気味な振動で満たされた。


 エイダは「またやっちまった!」と頭を抱えようとして仰天した。なんと、左側の壁が見て分かるほどの速度で、こちらへ向かって押し寄せてくるではないか。エイダは慌ててベッキーの下へ逃げ戻った。


 しかし入口の扉を前にして、詰んだという思いに駆られた。さっきまで確かに開いていたはずの扉は、いつの間にか閉ざされ、どうやっても開こうとしないのだ。二人で体当たりをし、押し破ろうと試みたが肩を痛めただけで徒労に終わった。


 エイダは絶望的な思いで、両手両足を突っ張って壁の前進を阻もうとしてみたが、それも無駄なあがきに過ぎなかった。その間にも刻一刻と壁は迫ってくる。このままでは、二人共あとわずかな時間で薄切りのベーコンのように潰されてしまうだろう。


「もう駄目だ!」


 エイダがついに支えるのを諦め死を覚悟した時、ベッキーが声を上げた。


「エイダっ、こっちだ!」


 彼女が振り返ると、ベッキーが右側の壁に見つけた抜け穴を指さしながら、手招きしていた。


 地獄に仏とはこういう事を言うのだろう。エイダは大慌てで床下に口を開けたトンネルへと潜り込んだ。それに続いてベッキーも潜り込む。


しかしここで問題が起こった。


「おいっ、早く前に行け! オレが入りきれないだろう!」


 確かにベッキーの腰から下がトンネルの外に出てしまっている。


「スマン! 体がつかえて思うように進めないっ」


「だぁぁぁぁっ、またこのパターンかよ!」


「後ろからも押してくれ!」


「言われなくても押してるよっ」


「もう少しだ。あとちょっとで進めそうなんだっ」


「何でもいいから急げ! 足が、足が潰れる!」


 ベッキーは悲痛な叫びを上げながらエイダの尻をグイグイ押した。


 とその時。エイダが伸ばした腕が何か突起物に触れたと感じたその瞬間。カチッというまた何かが外れる音がした。


「おい、今の音ってまさか!?」


 不意にトンネルの床が抜けた。慌てて何かに掴まろうとしたが、トンネル内にそんなものは無く、二人は叫び声を上げながら暗い穴の底へと吸い込まれていった。


 穴はぐねぐねと折り曲がりながら下降してゆき、二人は猛烈な勢いで滑り落ちていく。


 やがて二人は硬い石畳の上に放り出された。幸いなことに二人共たいした怪我は負わなかったが、ベッキーは尻を強かに打ち付けて悶絶していた。


「クソっ、またこの展開かよ……」


 毒づきながら素早く立ち上がる。この先の展開も同じならば、ここには敵がいる筈なのだ。


「おいおい、嘘だろ……」


 それが証拠に、いち早く立ち上がっていたエイダが絶望的な声を漏らした。


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