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第55話:調査団①

 アフリマ大陸に渡ってきてから初の迷宮攻略から帰還したベッキーとエイダは、ひとまずエル・ヴィエントに報告するために彼女が営む薬屋を訪れていた。


「ありゃ? 留守か」


 ドアノブに手を掛け回したところで鍵がかかっていることを悟る。試しに扉を何回か叩いて呼びかけてみたが反応なし。どうやら本当に留守のようだ。おそらくだがどこかでマルティナの特訓でも行っているのだろう。


 それにしても、留守にするんだったら、仮にも薬屋なのだから『Closed』の看板くらい出しとけよと思う。


「しかたない、ちょうど昼時だし飯でも食いに行くか。エイダも来るだろ?」


「そうだね。それじゃアタシがおすすめの店に連れて行ってやるよ」


 おすすめの店と聞いて、ベッキーは王都シーリスでのティーノの隠れ家的な店を想像したが、連れて行かれたのは多くの人でごった返している大衆食堂だった。ここできょうされる、各種貝を使った料理が絶品なのだそうだ。


 ちょうど開いた席に通され、エイダにお任せで適当な料理を頼んでもらう。


 そして運ばれてきた料理はベッキーにとって見覚えのない食材ばかりだった。正直迷宮帰りにはガッツリとした肉料理を好むベッキーなのだが、これはこれでしっかりとした歯応えがあり、酒によく合う調理だったこともあってか、すっかり気に入ってしまったようだ。


「それにしても世の中にはあんな化物がいるんだね」


「エティンのことか? あれには参ったよな。単純な大きさだけならクラーケンや、モビィ・ディックの方がデカいのに、それを感じさせないあの威圧感。正直ちびりそうだったぜ」


「巨人の国にはあんなのがゴロゴロいるんだろうね……」


「そうだな。しかもトロールやジャイアントはあの比じゃないらしいからな」


「マジかよ……」


 あの双頭の巨人よりも大きな存在がいるのか。想像しただけで酔いが覚める思いだった。エイダは胸中に湧いた恐怖心を打ち消すように酒を呷った。


 それからひとしきり胃を満たした二人は、会計を済ませると店を後にした。


「これから買い物に行くけどどうする? 武器や防具を新調しなくちゃならんだろう、一緒に来るか?」


「いや、アタシはこれからギルドの方に顔を出しに行くよ。何か連絡が来てるかもしれないからね」


「そうか。ならついでにどこかめぼしい迷宮か、遺跡でもないか調べておいてくれないか」


「了解した」


 オレも買い物が済んだらギルドに寄るよと言ってエイダと分かれる。まずは消費した閃光手榴弾を補充しなくちゃならない。エティン戦では空の容器を回収出来なかったが、幸い予備はある。容器に詰め込む内容物のうち金属酸化剤混合物は手持ちが十分にあったが、ただ一つだけ足りないものがあった。


「おっちゃん、『アルミナインゴット』はあるか?」


 そう、それこそが『アルミナインゴット』――正しくはそれを粉末状にしたものだった。アルミナとはこちらの世界日本で云うところのアルミニウムに限りなく近い鉱物らしい。希少性が高く、いわゆるレアメタルの分類に入るとのこと。主に魔導具の製造に使われているんだそうだ。


「ここいらの道具屋じゃ扱ってないな。欲しけりゃ鍛冶屋か、それこそ魔導具屋でもあたってみたらどうだ」


「ならそうするか。あ、それと火炎樹の樹液は扱ってるか?」


「それなら少々値は張るが在庫ならあるぜ。買ってくかい?」


 火炎樹の樹液を購入したベッキーはその足で、道具屋の店主が教えてくれた鍛冶屋に向かった。


 それにしてもと改めて思う。流石は『首都』というだけあって街の活気が凄まじい。人の数もそうだが、通り過ぎる人々一人ひとりが顔に宿す活力がまるで違う。その活力の源がなんなのか調べてみたくもあったが、今はともかくアルミナの入手が先決だった。


 人混みを縫うようにして、ようやく辿り着いた鍛冶屋へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ~」


 すると『鍛冶屋』という厳ついイメージからは程遠い、タレ目がチャーミングな、ほわんとした雰囲気の女性が出迎えてくれた。


「ここにアルミナインゴットはあるか?」


「ここには無いですね〜」


 その返答に、ここもハズレかと肩を落としたベッキーに受付の女性は更にこう言った。


「というかあったとしても今はお譲りできませんね〜」


「それってどういうことだ?」


「お客さん、ご存じないんですか〜? アルミナ鉱石の坑道にコボルトが住み着いちゃったんですよ〜」


 詳しく話を訊いたところ、この二週間ほど前から、この地域で唯一アルミナ鉱石が採掘できる坑道にコボルトの集団が住み着いたとのことだった。魔物が突然坑道内に湧くことはありえない。となれば坑道の近くに迷宮が存在するか、もしくは坑道内で地下迷宮と繋がってしまったかのどちらかだろう。


 しかも魔の悪いことに、他の地域から運んでいた荷馬車が野盗に襲撃され、積み荷が奪われるという事件が起きてからというもの、どこも貴重なアルミナインゴットを出さなくなってしまったのだという。


「だったら冒険者ギルドに依頼して、討伐すればいい話じゃないか」


「討伐依頼は既に出てるんですけどね〜……」


「だったら何で――」と言いかけてハッとなる。「まさか居るのか、が?」


「どうやらそうらしいですよ〜。見たっていう冒険者さんがいたそうで〜」


「マジかよ……ちょっとギルドに行って確認してくるっ」


「は〜い。またのお越しを〜」


 ほんわかお姉さんに見送られ、目指すは冒険者ギルド。あいも変わらずゴミゴミとしている人集りを掻き分けようやく到着する。


「何だ、やけに早かったね。買い物は済んだのかい――ってどうしたんだい、そんなに血相変えて?」


 飛び込むように扉を押し開け中へ入ると、ちょうど書類を片手にテーブルへ着こうとしていたエイダと鉢合わせた。


「コボルト・キングが現れたって本当かっ?」


 ギルド内にいた全員の視線がベッキーに集中するが、そんなこと構っていられなかった。


 コボルト・キング――読んで字のごとくコボルトの王にして、群れの中から稀に現れる特殊個体である。その肉体は通常のコボルトの何倍も大きく、そして遥かに強靭であり、並の戦士ではそのスピードに太刀打ちできずに呆気なくその鋭利な爪の餌食になるという。ためか、その体毛は美しい白銀をしており、場所によっては『銀狼』とも呼ばれているそうである。


 そう、奴はアルミナ鉱石が好物なのである。このままではいずれ喰らい尽くされ、廃坑となってしまうことだろう。そんなことにでもなった日には、閃光手榴弾が作れなくなってしまうではないか!


「まあ、落ち着きなって」


「これが落ち着いていられるかっ」


「何をそんなに慌ててるのか知らないが、まだ未確認情報だぞ?」


「え? そうなのか?」


「ああ。坑道に潜ったやつらの一人が、やけに大きな個体を見たって言ってるだけで、それがキングかどうかは定かじゃないんだ」


 なんだそうなのかよ焦って損したぜと、額の汗を拭いエイダと同じテーブルに着く。


「でもそれじゃ何で未だに討伐できてないんだ?」


「それは単純にやつらの数が多いからさ。あと坑道が網の目のように複雑に入り組んでいるのも原因の一つだな」


 コボルトどもに有利な立地な上に、数の暴力で攻められれば、討伐が思うように進まないのも無理はないか。


「しかしそうなると、坑道のどこかが地下迷宮と繋がってる線が濃厚そうだな」


「だから大きな個体の件も踏まえた調査団を結成しようとしてたところなんだ」


「そうなのか。ならオレもその調査団に加えてくれ」


「良いのかい? こっちとしては助かるが、ベッキーには直接関係のない話だろう?」


「それがそうでもないんだな」とそこで声のトーンを落とし話を続ける。「エティン戦で使った閃光手榴弾これな、中身にアルミナの粉末が使われているんだ」


 それで事情を察したエイダは呆れたとばかりに、ため息交じりにこう言ったのだった。


「まったく、秘密の多い女だねぇ」


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