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第56話:調査団②

 調査が優先ということもあってか、選ばれたのはスニークの技術に長けた者たち六名だった。もちろんその中にはベッキーもしっかり含まれている。これまではマルティナがいたお陰で使う機会が無かったが、スニークは師匠からしっかりと仕込まれていた。


「あれが坑道の入口だ」


 そう言って調査団の一人であるアーキルが指差したのは、地面にポッカリと空いた穴だった。確かに周りを木枠で囲み、それらしくしつらえられている。話を聞く限り、地面に対して斜めに掘り進んでいるらしく、その先はエイダも言っていた通り坑道が網の目のようになっているそうだ。


 ベッキーたちはその入口を望める岩場の陰に陣取っていた。ここから見る限りでは歩哨は見当たらない。ただ静かに砂塵が舞っているのみだった。


「やっぱり見張りはいないようね。ま、あいつらにそんな知恵があるかも疑わしいけど」


 そう言って鼻で笑っているのは、ベッキーを除けば紅一点のウルードだ。


「そうやって敵を甘く見るのは感心しないぞウベール」


「分かってるっつぅの。あんたこそドジ踏むんじゃないよイハーブ」


「まぁまぁ、今回は調査だけなんだし肩の力を抜いていこうよお二人さん。な、カーズィム」


「リエトは抜きすぎだと思うがな」


「それでは俺が先行する。皆準備はいいな?」


 アーキルの言葉にその場の全員が頷く。それを合図にするかのように、アーキルが先行して坑道の入口へと歩みを進める。入口へと辿り着いた彼は、一度坑道の様子を確かめるため中を伺った。そして危険はないと判断したのだろう、ベッキーたちに、こちらにこいと合図する。


 その合図に皆が一斉に動き出す。先行したアーキルもそうだったが、さすがはスニーク技術を買われて選ばれただけのことはある。誰一人として物音一つ立てずに入口まで辿り着いていた。


 ベッキーも坑道の様子を確認すべく、そっと穴の中を伺う。とその鼻がヒクヒクと動く。


「なぁ、何だか血生臭さくないか?」


 その言葉に他の全員が穴の中を確認する。


「確かに血の匂いがするね」


「殺された鉱夫たちのものじゃないのか?」


「それにしては匂いが新しすぎる気がするな」


「どっかのバカが戦闘おっ始めたんじゃないでしょうね」


「そんな話は聞いていないが……とはいえこのままじゃ埒が明かん。とにかく先に進もう」


 カンテラを持ったアーキルを先頭に穴の中を降りていく六人。先に進むに連れ、血の匂いがどんどん濃くなっていくのが分かる。やはり誰か戦っているのか? そんな疑問を抱きつつ歩みを進める。そして坑道の第一層に辿り着いた一同は、そこに広がっていた光景に皆驚愕の表情を浮かべることとなった。


「なんだこれは……」


 アーキルが思わず口にする。


 そこは辺り一面、死骸だらけだった。もちろんそれは鉱夫たちのものではない。コボルトだ。首を刎ねられたコボルト共の死骸が坑道の奥まで続いていた。やはり誰か戦っているのだ。それも相当の手練てだれだろう。切り口を見れば分かる。


 しかし一体誰が?


「傭兵かな?」


 この世界での『傭兵』とは、主に冒険者ギルドに所属していない冒険者のことを指す。彼ら彼女らがギルドに所属していない理由は様々だが、多くは金銭的利益を求めた結果らしい。ギルドの後ろ盾が無い代わりに、ギルドでは受け付けてくれないような後ろ暗いところのある依頼を受けることが出来る。そういった依頼は総じて高額であるため利益を求める者にとっては良い稼ぎになっているようだ。


「傭兵がコボルト退治なんて依頼受けるか?」


「ここを所有しているお貴族様が、しびれを切らして高額の依頼を出したとか?」


「その可能性はあるかもね」


「いや、その可能性は低そうだぞ」


 皆が謎の襲撃者について話している間、一人地面を調べていたベッキーが顔を上げるなりそう言った。


「何か分かったのか?」


「ああ。襲撃者のものと思われる足跡が二人分しかぇ」


「二人分っ? それは確かなのか」


「コボルト共が散々踏み荒らしてくれてるせいで分かりにくいが、確かだ」


「二人か……それが間違いないとすれば、確かに傭兵の可能性は低いね」


「よほど自分の腕に慢心した馬鹿でない限り、必ず徒党を組むのがあいつらの定石だからな」


「オレらの仕事は調査だ。とにかくこのまま進んでみるしかないだろう」


 アーキルたちは、そうだなと頷くと、再びアーキルを先頭に坑道を奥へと進んでいった。


 どこまで行っても続く死屍累々とした光景。


「これを本当に二人で殺ったってのか?」


 イハーブがそんな疑問を口にするのも頷けるほどに、尋常じゃない数の死骸が転がっている。念の為もう一度、今度は全員で襲撃者の足跡を確かめたが、皆が導き出した答えはいずれも『二人』だった。


 気を取り直して先に進む。事前に聞いていた通り坑道は網の目のように入り組んでいたが、今回に限っては迷いようがなかった。なにせ道案内するかのようにコボルト共の死骸が転がっているのだから。


「それにしても、警戒して進むのが馬鹿らしくなるほど死骸ばっかりだね……」


 ウルードは、ぼやくようにそう言うと、足元に転がっていたコボルトの頭をサッカーボールよろしく蹴飛ばした。


 このむせ返るような血の匂いが無ければ、坑道内を視察に来た調査団の様相をていし始めていた。同じ調査団でも凄い違いである。


「そろそろ最奥のはずだ。襲撃者が味方とは限らんからな、気配を消すのを忘れるな」


 先頭を歩いていたアーキルがピタリと足を止めて振り返る。ベッキーたちは声に出す代わりに静かに頷くと、各々のやり方で気配を消していく。


 そして再びアーキルを先頭に中腰で滑るように移動する。すると、坑道の奥から大型の獣を想起させる凄まじい叫び声が全員の耳朶を打った。


 すわっ感づかれたかっ? と誰もが思い自らの得物に手を掛けたが、どうやらそうではないらしい。続けざまに金属同士がぶつかり合うかのような音が鳴り響き、再び殺気を孕んだ獣の声が坑道内に響き渡る。


 ベッキーたちはそれらの正体を確かめるべく、壁伝いにそろりと近づくと、坑道の奥、一際開けたその場所を覗き見た。その先では通常の4、5倍はあろうかという巨大なコボルトと、が相対していた。


「あれってキングじゃないか」


 アーキルが小声で確認してくる。


 通常種ではあり得ない巨大さと、筋肉質な肉体。刃物を想わせるようなその爪は、触れるもの全てを切り裂きそうな鋭利さをこれでもかと見せつけており、狼を想わせるその顔には、二つの赤い瞳が殺気を孕んで赤く輝いている。その下の耳まで裂けた大口には、噛まれただけで致命傷必至の極太な犬歯が覗いていた。


 そして何より、その体毛が特徴的だった。通常種ならばその大多数が茶色か、黒なのに対し、そのコボルトの色は全身が白銀に輝いていた。


「間違いない。キングだ……」


 師匠の資料で見た姿そのままだ。


「それよりあの少女は何者なんだ……」


 リエトがポツリと漏らす。


「あれはわたしの孫弟子だ」


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