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第57話:調査団③

「――っ!?」


 背後からという、思いがけない方向からの返答に、ベッキーを除く五人が驚愕の表情とともに素早く振り返る。もちろん得物を抜くのも忘れない。


 いつの間に回り込まれたのか、そこにはベリーショートの黒髪に尖った耳が特徴的な、褐色の肌に茶色ブラウンの瞳をした、同姓から見てもハッとするような美しい顔立ちをしたダークエルフが立っていた。


「〝疾風〟じゃないか。どうしてここに?」


「アーキルか。久しいな。ここで何をしている?」


「質問しているのはこっちなんだが?」


「私はそこで他人のふりを決め込んでいる孫弟子一号の妹を特訓中だ」


 その言葉に一同の視線がベッキーに集中する。


「うっ……あーもう分かったよ。あそこに居るのはオレの妹マルティナだ」


「最初から知ってたのか?」


「んなわけあるかよ。知ってたら初めから来てねぇよ。つか大師匠も大師匠だぜ。討伐に来るんだったらギルドにちゃんと連絡しとけよなっ」


 とんだ無駄足じゃねぇかと毒づく。


「そんなことは知らん。私は特訓にちょうどいい相手を見付けたから放り込んだだけだ」


「いや、まだ地下迷宮の件が残ってる。無駄足と言うことはないだろう」


 カーズィムが指摘してくる。確かにそうだ、まだその件があった。しかし――、


「地下迷宮? 何だそれは。ああ、もしかして坑道と繋がった〝巣〟のことか? それなら中に居たやつ全員追い立ててマルティナあいつにぶつけたから、後はあのデカブツ以外一匹たりとも残っちゃいないぞ?」


 大師匠――エル・ヴィエントは、さも何でもないように、しれっととんでないことを言い出した。


「とんだ無駄足じゃないか!」


 カーズィムは盛大に毒づいた。


「ま、まぁこれで俺達の目的は達成できたわけだし、ひとまず良しとしようじゃないか」


 引き痙った笑みを浮かべつつ、リエトが話をまとめた。


「それよりもエル。あの子はあのままで大丈夫なのか?」


 未だ続くコボルト・キングとマルティナの一進一退の攻防戦を見守りながら、アーキルが心配そうに問いかける。


「問題ない。あいつは奴の動きを見切り始めている。じきに決着がつくさ」


 そう言ってニヤリと笑う。


 そしてエル・ヴィエントが言った通り、その時はそう遠からずやって来た。


 コボルト・キングの左右の腕から繰り出される鋭い爪をステップで紙一重で躱し、戻る腕の動きに合わせて懐に飛び込むマルティナ。そのまま流れるように相手の心臓を一突きにしようと黒剣を繰り出す。


 しかしコボルト・キングもさるもの、咄嗟に右へ飛んで致命傷を回避する。だが無傷とはいかなかった。ドサッという重い音とともに左腕が地面に落下する。腕を切り飛ばされた苦痛に、よだれを撒き散らしながら絶叫するキング。


 ここから先はあっという間だった。


 突進するように突き出されてきた右爪を、軽く左へ躱すと、邪魔だと云わんばかりに残った右腕を切り飛ばす。また狼の口から絶叫が上がる。そしてマルティナはそこに生じた隙を見逃したりはしなかった。その場でジャンプすると、独楽こまのように体を回転させ、黒剣を横薙ぎに振り抜いた。


 コボルト・キングの両目が驚愕に見開かれる。キングの首元に赤い線が走り、その線を堺に胴から頭がずり落ちる。と時を同じくして噴水のように血飛沫が吹き上がった。


 首を失い崩折れるようにその場に倒れ伏すコボルト・キング。マルティナはそれを無表情のまま一瞥し、刀身についた血を払い落とすと黒剣を鞘に収めた。


「ほんとに一人で倒しやがった……」


 アーキルが戦慄とともに口にする。


「……敵?」


 その声が聞こえたのだろう、マルティナはこちらを振り向くと、小さく首を傾げながら再び黒剣に手を掛けた。


「待て待て! こちつらは敵じゃないっ」


 このままでは冗談抜きで仲間の首が物理的に飛びかねないと判断したベッキーは、慌ててアーキルたちの前に飛び出した。


「……姉さん?」


 するとどこか虚ろだったマルティナの瞳に光が戻り、かと思ったその途端。


「ね゙え゙ぇや゙あ゙ぁん゙っ」


 目にいっぱいの涙を浮かべ、顔をクシャックシャにしながら猛然とベッキー目掛けて走ってきた。ベッキーは優しい姉の顔を浮かべながら、胸に飛び込んできた妹を、すんでのところでさらりと躱す。


「ッゴファ!」


 そのせいでベッキーの真後ろに立っていたウルードがマルティナの、文字通りタックルじみた突撃をもろに受けて一瞬にして意識を刈り取られてしまった。


「ハァハァッ、姉ちゃん、姉ちゃんっ、ハァハァッ――」


 しかしそうとは気付かずに発情しまくったオス犬のように腰をカクンカクン動かしながら、ウルードの体に顔を埋めてこれでもかと弄っていく。そしてその手がムニュッと双丘に触れたその時、


「胸がある! 姉ちゃんじゃない!?」


「オレにだって胸くらいあるわっ!」


 人違いに気付き咄嗟に顔を上げたマルティナの後頭部を、ベッキーは松明の柄の部分で渾身の力を込めてぶん殴った。


「ノォォォォォッ」


 後頭部を押さえ、体をエビ反らせたり、くの字に曲げたりしながらのたうち回るマルティナ。コボルトの群れを一人で鏖殺したとはとても思えないその姿との落差に、エル・ヴィエントは腹を抱えて笑い、男性陣はドン引きした。


「……姉ちゃん酷いよぉ〜」涙目で訴える。


「酷いのはお前だっ。危うくオレがウルードみたいにああなるところだっただろうがっ」


「姉ちゃんはアタシの愛撫が好きなんじゃなかったのっ?」


「いつ好きだって言ったよ!? おい男ども、何でオレをそんな目で見るんだ? 言っとくがオレはいたってノーマルだからな!」


 とんだ風評被害である。このままでは普段から妹に攻められてよろこんでいるド変態姉にされかねないので、ここは強引にでも話を逸らさなくてはならない。


「そんなことより、お前全身血だらけじゃないか。大丈夫なのか?」


「ほとんど返り血だから大丈夫だよぉ。あ、それより聞いてよ姉ちゃん! 大師匠この女酷いんだよぉ。アタシをいきなり明かりもなしにこんなところに放り込んで、『犬の糞になりたくなかったら死ぬ気で戦え』とか言って笑ってるの! 絶対頭おかしいよ!」


「エルお前……」


 アーキルは絶句した。カーズィムとリエトはスススーとエル・ヴィエントから離れた。


「初めて会ったときから頭のおかしなやつだとは思ってたが、そんな無茶なことしてマルティナが死んだらどうするつもりだったんだ?」


 危うく耳を削がれかけた時のことを思い出し、キッと睨みつけながら詰問する。


「心外だね。そこら辺は生かさず殺さず上手くやってたさ。実際キングにだって勝てただろう?」


 しかしそんなものどこ吹く風とばかりに受け流し、飄々ひょうひょうと言ってのける。


「それは結果論だろうっ」


「結果論で何が悪い? 冒険者なんてやってれば、それこそ結果が全てだろう?」


「それは――」


 言い返そうとして、言葉に詰まる。確かにその通りだからだ。どんな魔物を倒そうが、どんなお宝を手に入れようが、結果生きて帰れなきゃ酒の肴にもなりゃしない。


「さ、分かったんなら長居は無用だ。さっさと出ないと血の匂いが染み付いちまう」


 言うが早いか、マルティナの首根っこに麻酔薬を打ち込むエル・ヴィエント。そのまま何事もなかったかのように、ぐったりとしたマルティナを背負いだす。


「相変わらず容赦ないな……」


「どうせあのまま連れて行こうとしても『姉ちゃんと帰る』とか面倒くさいこと言い出すだろうしな。これが一番手っ取り早い」


「しかしそうまでして、その子を強くする理由って何なんだ?」


「アーキル。わたしが無駄なことはしない主義だってことは知ってるよな?」


 ギロリとめつける。アーキルはその眼光の鋭さに圧されて思わず後退あとずさっていた。そんな彼にエル・ヴィエントは話を続ける。


「詮索好きは長生きできないのがこの業界だ。くれぐれも気を付けることだな」


 そして最後にベッキーへ視線を向けると、


「例の地下迷宮での話を聞いておきたい。明日エイダと一緒に訪ねてこい」


 と言い残し、今度こそ一切振り返ること無く坑道を後にした。


 あとに残された男性陣は、急な彼女の態度の変化に戸惑いつつも、何か事情を知っていそうなベッキーへ視線を向けたが、「詮索好きは長生きできないんだろ?」という台詞に、皆押し黙るしかなかった。


「ともかくオレ達もギルドへ報告しに戻ろうぜ」


 こうして臨時の調査団は、ベッキーを先頭に坑道を後にしたのだった。


 ちなみに最後まで気を失ったままだったウルードは、イハーブが背負って帰った。彼のその時の顔が、どこか幸せそうだったのは皆ツッコまずにおいてやった。


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