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第58話:ナージェリン遺跡と長い夜①

 アルミナ鉱石の坑道調査から首都ミスルへ戻ってきたベッキーたち調査団。


「別件でエイダとは話があるから、報告はオレがやっとくよ」


「そうか。なら悪いが後のことは頼んだ」


 アーキルたちは、ひょいと片手を上げて別れの挨拶をすると、どこか疲れた顔で人混みの中へと消えていった。方向からしてこのまま酒場にでも繰り出すのだろう。


 という訳で一人冒険者ギルドへとやって来たベッキー。今のオレもあんな顔をしているんだろうかと、今しがた分かれたばかりの仲間たちのことを考えながら扉を開く。


 ギルド内はクエストの完了報告のためだろうか、時間はとうに夕刻を過ぎているというのに、まだ多くの冒険者たちがたむろしていた。構わずに受付へと足を運ぶ。


「ギルマスとエイダに報告があるんだけど」


「坑道調査の件ですね。話は伺っています、二階の執務室でお待ちですので直接向かわれてください」


 受付嬢に言われるまま二階へ向かう。執務室の前に立ち、そのままドアノブを回そうとして、まずはノックくらいするべきだろうと手を止める。


 ノックをすると、「どうぞ」というアーティファの返事があったのでそのまま部屋の中へと入る。室内の作りは王都シーリスにある、ユーシア王国の冒険者ギルド本部の執務室とまんま同じ作りだった。ただ花瓶に美しい花が活けてあったり、整理整頓や清掃がしっかり行き届いている分、こちらの方が数段清潔感に溢れていたが。


「ご苦労さん。そんなに疲れた顔をしているってことは、やっぱりがいたんだな?」


 部屋に入るなりエイダが声を掛けてくる。やはり疲れた顔をしていたかと自嘲気味に小さく笑う。


「ベッキー?」


「ああ、いや何でもない」


 とそこでアーティファが、「お疲れ様です」と言ってハーブティーを淹れてくれた。礼を言い口に含む。肉体的というよりは精神的に疲れた体に染み渡る旨さだった。


「急かして悪いが、どうだったんだ?」


「確かに奴が――コボルト・キングがいた」


「それは確かなんだな?」


「ああ。この目でからな」


「そうか死体を――って、死体ってどういうことだいっ!?」


 ソファの向かい側に座っていたエイダが、もの凄い形相で身を乗り出してくる。アーティファは自分の席で、驚いたようにぽかんとしていた。


 そりゃこんな顔にもなるよな、と思いながらハーブティーを口に含むと、ベッキーは坑道内で起こった事のあらましを語って聞かせた。


「あんの性悪エルフがっ」


「エルさんてば……」


 エイダは毒づき、アーティファは頭を抱えた。それはそうだろうな、とハーブティーと一緒に用意してくれていた茶菓子を口に放り込む。コボルトの群れの討伐依頼は既に発行されており、多くの冒険者が名乗りを上げていたらしい。それが蓋を開けてみれば、クエストを受注すらしていない奴らが既に討伐を完了してました、では他の冒険者も黙ってはいないだろう。


 ただ唯一幸いだったのは、


「コボルト共の魔核コアはそのまんまなんだね?」


「少なくともオレたちは誰も手を付けてないな」


 そう、魔核の回収や、素材の採取がまったくの手付かずになっている点だった。クエストを受注している冒険者の大多数の目的は金である。キングを倒して名を上げようとしていた一部の猛者たちには悪いが、これで一応の面目は保てるだろう。


「それじゃ早速動かないとね」


 アーキルたちかが酒場でこの話をしていた場合、夜陰に乗じて横から掻っ攫おうと企む輩が現れないとも限らない――後で聞いた話だが、実際そういう輩がいたらしい――。アーティファは、志願者を募ってくると言って慌ただしく執務室をあとにした。


「ったく大師匠のせいで慌ただしい夜になりそうだぜ」


「まったくだね」


「そうだ。大師匠といえば、例の地下迷宮での話を訊きたいらしい。明日空いてるか?」


「もちろん空いてるさ。丁度いい、ついでにガツンと言ってやらないとね」


「素直に聞いてくれるとは思えねぇが、それなら明日の朝にでも行くとしようか」


 階下から聞こえてくる怒号や、歓喜の声を聞きながら、ベッキーは深々とため息を吐いたのであった。


 そしてその次の日。


 昨夜のことが気になってあまり眠れなかったベッキーは、込み上げてくる欠伸を噛み殺しながら、エイダのもとを訪ねていた。


「おはようさん。何だいあまり眠れなかったって顔してるじゃないか」


「まぁな。アルミナはオレにとって生命線と言っても過言じゃない代物だからな」


 そこで一度欠伸を噛み殺し、言葉を続ける。


「ところで採掘再開までどれくらい掛かるか分かるか?」


「そうさね……今朝方に聞いた話の内容からすると、早くてもあと三、四日は掛かるだろうね」


「そうなると……少なく見積もっても、アルミナが手に入る頃には、」


「一週間以上は経ってるだろうね」


「長いな……これは次の街へ行った方が早いかもしれねぇな」


 そんなことを話している内に、二人は今日の目的地である店――大師匠エル・ヴィエントが営んでいる薬屋に辿り着いていた。昨日とは違い、入口の扉は開いている。空き巣にでも入られたとかじゃなければ、本人は店の中に居るのだろう。


「どれ、さっそくガツンと言ってやるとするかね」


 エイダは両手の指を順に鳴らしつつ、不敵な笑みを浮かべながら店の中へと踏み込んでいく。ベッキーもそれに続いた。


「おい、エルっ。昨日はよくも好き勝手に……ってなんじゃこりゃ!」


「おいおい、何だよこの有り様は?」


 店の中は嵐が通り過ぎた後かのように、どこもかしこもボロボロだった。薬棚は半壊し、そこに並べてあった薬品は床にぶち撒けられ、混ざりあった薬品が異様な臭いを発している。綺麗に整頓されていた各種素材は、これもまた床に散乱し、踏みにじられていた。これではもう使い物にならないだろう。


「ん? ああ、お前達か……」


 カウンターの向こうから、エル・ヴィエントが姿を現した。見たところ怪我は負っていないようだが、心なしか憔悴しているようにも見える。


「賊にでもやられたのか?」


 商売敵の店を潰そうと、傭兵や、ならず者を金で雇って襲撃させるといった話はよく聞く話だ。この荒らされようは、てっきりその手の類の襲撃にあったとばかり思っていたのだが、エル・ヴィエントはゆっくりと首を横に振ると、ため息交じりにこう言った。


「マルティナだよ――いや、正確にはわたしもか」


「二人で何をどうすればこんな惨状になるんだよ」


 それがな、と前置きしてエル・ヴィエントが語りだした内容はこうだった。


 坑道で眠らせたマルティナは、大師匠の計算では朝まで目覚めない筈だったらしい。ところが麻酔薬に対する抵抗力でもついたのか、真夜中に目覚めてしまった。そこでマルティナが真っ先にとった行動が、大師匠――エル・ヴィエントへの襲撃だった。


 とはいえ相手は、世界最速で金等級にまで昇りつめた師匠を鍛え上げた大師匠である。あっさり反撃を受けて、それでお終いかと思われたが意外や意外。マルティナは更に反撃してきたらしい。それで興が乗ってしまった大師匠は、いつしか戦場を店の中へと移し、そこで両者ともに派手に殺るか殺られるかの激しい攻防を繰り広げたらしい。その結果がこの有り様という訳である。


 ちなみにマルティナはというと、奥の部屋でゲロと血にまみれた筆舌に尽くし難い――というかかなり人様に見せられない姿で転がっていた。あれ死んでるんじゃないだろうな。


「ハハ……見てくれよ、これ。わたしの愛用品だったんだぜ……」


 そう言って震える手で見せてきたのは、特注品だという無惨にも砕け散った乳鉢だった。他にも多数、戦いの犠牲になった実験道具や、各種素材を前にしては乾いた笑いを浮かべる大師匠。


「…………」


 二人はなんとも居たたまれない気持ちになった。お互いに何か気の利いた言葉でも掛けろよと、肘でお互いを突き合う。


「はぁぁぁぁぁ〜」


 するとエル・ヴィエントは、深々としたため息を吐くと、億劫そうに倒れていた椅子を背もたれを前にした状態で起こし、そこへまたがるようにゆっくり座ると顎を背もたれに乗っけた。


 そしてまた、今度は小さくため息を付くと二人に視線を向けて口を開いた。


「で、何しに来たんだ?」


「何しにって」ベッキーも倒れていた椅子を起こし座る。「昨日地下迷宮での話を聞きたいからここに来いって言ったのは大師匠だろう」


「そういえばそんなことを言った気がするな……で、どうだったんだ?」


「どうだったってのは例の石版のことだろ? それならぜ」


 な? とエイダに話を振る。エイダは手近の椅子に腰掛けると不満げにこう言った。


「その代わりにエティンなんて物騒な化物がいたけどな」


「無かった? それってどういうことだ?」


「知るかよ。石版は無いは、エティンに殺されかけるは、散々だったんだからな」


「それは確かなのか?」


「疑うなら自分の目で見てこいよ」


 そう言って席を立つと、マルティナの下に向かい容態を確認する。うん、息はあるな。ひとまずゲロと血を拭い、応急処置を施す。本当は裸にひん剥いて全身の返り血を洗い流してさっぱりさせてやりたがったが、ここには井戸が無い。仕方がないので諦める。


「大師匠、他に訊きたいことがないなら帰るが、何かあるか?」


「ない」


 そっけない返事に続くため息。これは立ち直るまでしばらく掛かりそうだ。


「じゃぁな、大師匠。何か進展があったら、また報告に来るよ」


 そう言い残すと、ベッキーはエイダを伴い店をあとにしたのだった。


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