「あら、おかえりなさい」
冒険者ギルドに戻ると、ちょうど一階へ降りてきていたアーティファと鉢合わせた。クエストの整理をしていたらしい。
「エルさんはどうでしたか?」
「落ち込んでた」
「落ち込んでって、何かあったんですか?」
不思議そうに目を真ん丸くするアーティファに、昨晩エル・ヴィエントの薬屋で起きた事の次第を語って聞かせた。
「あぁ……それは自業自得というか、気の毒というか……」
何とも悩ましいですね、とアーティファは右手を頬に添えながら小首をかしげた。
「あんなのはただの自業自得でいいんだよ。ギルドに迷惑かけた罰さ」
「そうだぞ。オレに無駄足を踏ませた罪は重いんだ」
「二人とも容赦ないですね……」
「そんなことより、何かエイダの訓練になりそうなクエストはないか?」
「エイダの、ですか? そうですねぇ……」
パラパラと手元のクエスト表を捲っていく。とその手がピタリと止まり、一つのクエストを指し示した。
「これなんかどうですか? 遺跡保全委員会からの依頼なんですが」
「んーどれどれ……ナージェリン遺跡にオルコ四体か。この遺跡ってどの辺にあるんだ?」
「ここから南西に二日の距離ですね」
「良さそうじゃないか。どうだエイダ?」
「そうだね。これにしよう」
「分かりました。ではさっそく手続きをしてきますね」
そう言うと、受付に向かうアーティファ。そんなに急がなくてもいいんだけどな、と思いながらその背中を見送り、次いでエイダに顔を向ける。
「なぁ、今回はオレの援護無しで戦ってみるってのはどうだ?」
「お、いいね。腕がなるってもんさ」
「じゃ、決まりだな」
手続きが済み、さっそく武具屋へ行って準備にとりかかる。
「こんなもんかな」
その出で立ちは上半身をチュニックと革製の
手には鍵開けなど細かい作業が必要になった時に邪魔とならないようにだろう、指ぬきの革製のグローブがはめられていた。今回は小型のクロスボウを内蔵した籠手が手に入らなかったため、通常のクロスボウを準備している。もしもの時のために矢弾であるクォレルもたんまり用意した。
そしてエイダはといえば、上半身をチュニックと革製の
あとは前回の経験を活かしてだろう、今回は強度を重視した
その他にも日持ちのする食料や、水などを買い揃え、これで準備万端いつでも出発できるというところで、エイダの腹がキュルルと鳴いた。
「そういや昼飯がまだだったな。出発前に何か食っていこう」
そこで二人はエイダのイチオシの酒場に向かうと少しだけ遅い昼食をとり、最後に装備の最終確認を済ませると、その足でナージェリン遺跡を目指して出発したのだった。
そしてその日の夜のこと。
「星空ってのは、どこで見ても変わらないもんだな。お、流れ星だ」
「星っ」と既にこと切れている男の首を刎ねる。ゾンビ化対策だ。「って結局何なんだろうな?」
「そうだよな。空に開いた穴から光が漏れてるだの、夜になると光りだす大岩が無数に浮かんでいるだの、いまいちピンとこない説ばかりだもんな」
二人の話し声以外音のない世界で、ザシュッ、ザシュッと首を刎ねる音が響く。
「そういえば『星降る腕輪』の逸話を知ってるかエイダ」
「いや、知らないね」最後の一人の首を刎ねる。「処理終わったよ」
「ご苦労さん。その腕輪な、装着した者の敏捷性を格段に上げてくれるっていう魔導具なんだけどさ、」
「へー、それは欲しいね。どこで手に入るんだい?」
「それがアーティファクト級の代物でさ、どこかの国で厳重に保管されているらしいんだ」
「そうかい。それは残念だね。で、その逸話って?」
ガッカリしたように肩を軽くすくめ、エイダもその場で仰向けに寝転がる。途端に広がる、暗黒のキャンバスを背景に無数に輝く光たち。
「これが傑作でよ。この腕輪、装備者の体を強制的に素早く動かすことで敏捷性を上げるっていう代物なんだ。だから肉体がその負荷に耐えられなくて、五分と持たずに体中の筋肉がボロボロになるんだってさ」
「とんだ不良品じゃないかい」
「そうなんだよ。それで保管、というか封印されたらしい」
ちなみに同じ作者が『腰振りの腕輪』という、装備すると腰が勝手に前後左右に激しく動き出す呪いの魔導具も開発していたらしいが、これも速やかに回収破棄されたという逸話も残っていたりする。
「魔工士の考えることはどうにも解らないね」
「この魔法が使えない世界で、その代替品を作っちまうような奴らだ。端からどこかぶっ飛んでるのさ」
ある意味こいつらと同じさ、と手近に転がっていた野盗――いや、ついさっきまで元気にヒャッハーしていた元野盗の生首を人差し指で弾く。
例のアルミナインゴットを強奪した野盗はどうか知らないが、野盗という輩は国が変わっても基本的なところは何も変わらないものらしい。徒党を組めば何でも出来ると勘違いしている奴らは、野営をしていたベッキーたち二人に無警戒で近づき、事前に仕掛けておいた
寝込みを襲撃されたのならばいざ知らず、罠に嵌って統制の取れていない有象無象な奴らに遅れを取る二人ではない。
「まったく肩慣らしにもなりゃしない」とエイダはぼやいていたが、まったくもってその通りだった。
「さて、このまま死体に囲まれて朝を迎えるのも悪かねぇが、どうする?」
「目も冴えちまったし、このまま先に進まないかい」
「それもそうだな。よし、それじゃこのまま先に進むとするか」
すっくとその場に立ち上がり、焚き火の後始末をしてその場をあとにする。このまま次の野営に適した場所まで歩みを進めるとしよう。そう思い二人並んで目的地を目指す。馬鹿話に花を咲かせながら歩いていると、ふと気がつけば辺りが薄っすらと白み始めていた。
「ここがそうか」
そして途中休憩を入れつつ歩き続けること二日目の夜、目的地であるナージェリン遺跡へと辿り着いた二人。そこにはどこかローマの
「このどこかに四匹のオルコがいるってわけかい」
「思ってたよりもデカいな。エイダはここに入ったことあるか?」
「いや、無いね。名前を聞いたことがあるくらいさ」
「ってことは虱潰しに探して回るしかないか……」
バラけてくれていれば各個撃破できて戦いやすいが、こう広いと見つけるのが大変だ。かといって一箇所に集まっていられると、見つけ易くなる反面戦い難くなる。エイダの特訓を兼ねているだけに、できれば後者であってほしいところだが、果たしてどうだろうか?
「ま、考えてもしょうがねぇか。さっさと片付けちまおうぜ」
「おうっ」
相棒の気合の入った返事を頼もしく思いながら、入口からそっと中を窺ってみる。当たり前だが中は真っ暗闇で、1m先すらも窺い知ることは出来ない。
「さすがに暗いね。明かりの準備はしてあるんだろ?」
「もちろん準備に抜かりはねぇぜ。だが今回は使わないぞ?」
「い!? あんたまさかアタシに明かり無しで戦えっていうのかい?」
「なんて顔してんだよ。大師匠じゃあるまいし、そんなことさせる筈ないだろ」
オレをあんな頭のおかしな奴と一緒にしないでくれと少しむくれる。
「じゃぁ明かりはどうするんだい?」
「こうするのさ。〝
意識を集中させて内に秘めたエレメントシンボルの名を口にする。その途端それまで暗かった視界がいきなり明るくなる。先程は1m先すらも窺い知ることが出来なかった通路が、今は3mほど先まで見通せるようになっていた。
「こりゃ凄いね! これもあれかい、魔術ってやつなのか?」
「ああ、そうだ。この間手に入れた二つの石版があったろ? その内の一つ『トーチ』だ。本当はもっと松明並みに明るくなる筈なんだが、今のオレの実力じゃこんなもんらしい」
「いやいや、これでも十分凄いだろ」
確かに松明やカンテラの明かりと比べると物足りなく感じる明るさではあるが、それでも必要十分な条件は満たしている。何よりありがたいのは、片手が完全にフリーになる点だった。これで思う存分盾を活用することが出来る。
「ただし効果は30分しか保たねぇから注意してくれ」
もし戦闘中に効果が切れようものなら、即命に関わりかねないことだけに、時間の経過は常に頭に置いておくべきだろう。
「そのへんの管理は任せたよ!」
「そんないい笑顔でサムズアップされてもなぁ。ま、もとよりそのつもりだったんだけどよ」
それじゃ行くとするか、とエイダを先頭に遺跡内部へと侵入する。オルコに罠を張るような知能は無いし、遺跡保全委員会の連中が何度も足を運んでいたらしいから罠の心配はいらないだろう。
そして遺跡内をオルコを求めて探索し、一度効果が切れたトーチの魔術を掛け直したその直後、前方からドタドタと何かが迫ってくる慌ただしい足音が響いてきた。探していたオルコどもだろう。
「向こうから見つけてくれるなんて、これ以上探し回る手間が省けるってもんさね」
曲刀と盾を油断なく構えるエイダ。そこへ魔術の光の中に豚面をした魔物が躍り出てきた。やはりオルコだ。その数三匹。
「ん? 三匹?」
クエストの情報では四匹だった筈。これは一体どういうことだろうか? 事前情報が間違っていた? さもなくば――ハッと咄嗟に後ろを振り返るベッキー。しかしそこには暗闇しか無く、魔物が息を潜めているような気配は無い。というかオルコに奇襲とかそういったことを考える知能はそもそも無かった。
「ってことは一匹迷子かよ。めんどくせぇなぁ」
そう毒づきながらもエイダとオルコの戦闘からは目を離さない。戦いはエイダが優勢に進めている。数こそ1対3と不利な状況だが、盾と、もともと持っている俊敏さで相手の攻撃をよく
そして決して焦ること無く、三匹の攻撃の間隙を的確に突いて、曲刀で一匹一匹に確実に手傷を負わせていく。この戦いは、早々に決着が着くことだろう。しかしこれでは、あまり特訓になっていない気がする。やはりトーチは使わず、暗闇の中で戦わせた方が良かっただろうか?
そんなどこかの誰かさんのようなことを考えていると、鋭い斬撃音とともに一匹の豚面が宙を舞った。これで残すところあと二匹。しかもその二匹は、これは勝てぬと悟ったのか既に逃げ腰だった。そこに生じた隙を巧みに突かれ、結局その首を宙へと羽ばたかせることとなったのだった。
「お疲れ。楽勝だったな」
「さすがにね。しかしこれじゃ特訓にならないね」
「やっぱりトーチはいらなかったんじゃないか?」
「それは勘弁してくおくれ」
オルコの
「ったく何で一匹だけはぐれてるかな」
ぼやきながら遺跡の内部を進んでいく。どの部屋ももぬけの殻で、あるのは堆積した土埃のみ。取り尽くされて歴史的価値しか残ってない遺跡とはよく言ったものである。かつてのこの場所には、そんなに魅力的なお宝が眠っていたのだろうか? もしそうだとしたらどんなものが眠っていたのか、一冒険者としては大いに気になるところだった。
「ここにもいないね……ん?」
視界が段々と暗くなっていく。トーチの効果が切れかかっている合図だ。
「今掛け直すよ〝и〟」
再び視界が明るくなる。
「そういえば、その魔術は使っていて疲れないのかい?」
以前見せてくれた、ポーションを作り出す魔術は結構疲れると言っていたのを思い出し訊いてみる。
「そうだな。軽い疲労感はあるけど、ポーション系と比べるとずっとマシだな」
「一文字違うだけでそんなに違うもんなんだね」
不思議なもんだ、としきりに首を傾げる。
それからも虱潰しに各部屋や、通路を調べていく二人だったが、最後の一匹がなかなか見つからない。これはもう事前情報が間違っていたんじゃないのかと疑い始めた時、それは唐突に起こった。
「あとはこの先の一画のみだな」
マッピングしていた地図を片手に通路の奥を見やる。奥は相変わらず暗くて見通せないが、残りの一匹が本当に存在しているのならば、このどこかに居るに違いない。
「これで結局いませんでした、とかならないだろうね」
「そうなったら賞金の上乗せをしてもらわないとな」
そんなことを言いながら通路を歩いていると、不意に二人を立ち眩みにも似た感覚が襲った。何だ? と思ったのも束の間、足下の石畳に〝и〟の文字が浮かんだその瞬間、
「――!?」
ふと気がつくと、二人はそれまでとはまったく違う場所に立っていたのだった。