「ここが『
「大きな看板場だねぇ」
はえぇ〜と入口上部に掲げられた巨大な看板を見上げるマルティナ。店名通り黒光りするマグロを象った看板は、その大きさも相まって店の自信を表しているかのようだった。
時間は早朝で、ひょっとしたらまだ開店していないんじゃないかと危惧していたベッキーだったが、その考えは杞憂に終わった。店内からは賑やかな声が漏れ聞こえてきており、ここからでも胃を刺激するような良い匂いが漂ってきていた。
「早く入ろうよ姉ちゃん!」
その匂いに再び腹の虫を鳴らしたマルティナが、もう辛坊たまらんとばかりにせっついてくる。
店内は日焼けで浅黒い肌をした、見るからに『海の漢』然とした漁師たちが、一仕事終えて酒を酌み交わしていた。その間を縫うように奥へと進み、開いている席に着く。
「いらっしゃい! あんたら見かけない顔だね。今朝の便で来たのかい?」
歳の頃なら二十歳くらいだろうか、小麦色の肌が眩しい元気なお姉さんが二人のもとにやって来るなりそう訊いてきた。
「ああ。サラハ共和国から今朝着いたばかりなんだ」
「サラハかい。あそこの南には山のような巨人がたくさん住んでるって本当なのかい?」
「山のようなは大げさだけど、巨人の巣窟なのは間違いなかったぜ」
「まるで見てきたみたいな言い方だね」
「実際見てきたからな。オレたち冒険者だし」
ベッキーはそう言うと、胸元から鉄色のプレートを取り出してみせた。
「へぇー! その若さで鉄等級たぁ凄いじゃないかっ」
お姉さんは感心したように大仰に驚くとこう続けた。
「よし、今回はあたいの奢りだ! 何でも好きなもの頼みなっ」
その気風の良い言葉に、やった〜! とマルティナはバンザイをするように両手を上げると、その手をテーブルについて前のめりに「肉! 肉食わせて!」と早速注文した。
「良かったのか?」
「なぁに良いってことよ。で、あんたは何にする?」
「それじゃぁ……エールに合う海鮮料理で」
「あいよ。今日は良いのが揚がってるからね、期待していいよ」
そう言うと、お姉さんはウインク一つ残して厨房へと注文を通しに行った。
そして待つこと暫し。
「はい、おまちっ」
再び戻ってきたお姉さんの手には、肉串が山のように積まれた皿と、
「ワオッ」
目の前に置かれた肉串の山に、歓喜の声を上げるマルティナ。早速とばかりにその内の一本を手に取り齧り付く。
「――んん!?」あまりの衝撃に目を見開く。「何これ旨っ」
「そうだろう?」とお姉さんは自慢げな笑みを浮かべる。「牛の背中の部位を使ってるのが特徴でね、シンプルに岩塩を振って炭火でじっくりと焼き上げた当店自慢の看板メニューの一つさ」
「柔らかくてジューシー! 姉ちゃんこれヤバいほど旨いよ!」
「どれ」とベッキーも一本手に取り齧り付く。
「――んん!?」あまりの衝撃に目を見開く。「何だこれマジで
「そしてこれも看板メニューの一つ、ムケッカ・カピシャーバだ」
そう言ってベッキーの目の前に置かれたのは、魚介がふんだんに使われた海鮮シチューだった。
「おおっ、これも旨そうだな」
スプーンで一口掬ってみる。
途端、口の中いっぱいに広がる魚介の濃厚な旨味とトマトの酸味。更にそこへココナッツミルクのコクが加わり得も言われぬ極上のハーモニーを醸し出す。
「ん〜〜〜っ!
二人は無心になって食べ進めた。
「アハハハハッ、そんなに美味そうに食べてくれるなんて嬉しいね。まだまだあるからじゃんじゃん食べておくれ!」
「嬢ちゃんたち良い食いっぷりだな! ヴァレンチーナ、俺にも同じものを頼む」
そこへ赤ら顔の男がふらりとやって来て、二人が食べているものと同じものを注文しだした。
「俺も!」「俺等のところにも!」「わしもじゃ!」
と注文が殺到する。お姉さん――ヴァレンチーナは「あいよっ」と一声返事をすると、グッと右腕の袖をたくし上げたのだった。
「お、ここだな」
周りの建物よりも二回り以上は大きな建物の前で足を止める。
入口の上に『冒険者ギルド エスピリト支部』と記してあるのを確認すると、スイングドアを押し開け建物内に入っていった。
あの後、意気投合した漁師たちとお互いの冒険話に花を咲かせたベッキーとマルティナは、ヴァレンチーナに教わった道順に従って、ここ冒険者ギルドへと足を運んでいた。
目的は三つある。
1)衛兵の男が言っていた遺跡に関する情報の入手。
2)魔術の石板に関する情報の入手。
3)〝
の以上三つだ。
1)と2)に関しては受付嬢なり、そこいらの冒険者を捕まえて話を聞けば、それなりに情報は集まることだろう。
だが問題なのは3)の〝ᛇ〟の玉に関しての情報集めだ。
前回のように『紋付き』の隠れ里が直接玉に関係していなかったという例もあるが、基本的に隠れ里を探す方向で行ってみようとベッキーは考えていた。
ただこの国での『紋付き』がどういう扱いを受けているのか定かではない現状で、おいそれとは情報を訊き出し難い。前回のサラハ共和国のように奴隷として扱われていた場合、下手をすれば関係者と疑われて拷問を受けた挙げ句、奴隷コースまっしぐらなんてことにもなりかねないからだ。
「ここも食堂が無いねぇ」
建物内を見渡しながら、マルティナがぽつりと漏らす。
「そう言えばそうだな」
サラハ共和国のミスルの街でアーティファが言っていたように、ユーシア王国が珍しいのは確かなようだ。
まぁ、それはともかく情報集めだ。
ベッキーは受付嬢に話を訊くべく、その足を受付へと向けた。
「いらっしゃいませ。何かお困りですか?」
すぐに新顔だと気がついたのだろう、受付嬢がにこやかにそう訊いてくる。
「情報が欲しい」
「何に関しての情報でしょうか?」
「まず、最近発見されたっていう遺跡に関する情報と、これまでに確認されている迷宮や遺跡の中で、奇妙な石板を見たやつがいないかについて聞きたい」
「『奇妙な石板』、ですか……あ、それって
「そう、それだ!」
「あの石板に関しては当ギルドでも情報を募っておりまして、ひょっとして何か情報をお持ちなのでしょうか?」
「いや、特別何かを知っているわけじゃないんだ。サラハ共和国でそういう石板があると聞いてな。好奇心をくすぐられて見に行ってみたんだが既に
口から出任せを並べ立てる。あれは魔術の石板で、本当は集めて回ってるんだ――なんて言えるわけもないのだから仕方がない。
「そうですか、もぬけの殻に……ということは、今現在当ギルドで確認している石板も無くなっている可能性がありますね……分かりました。正式にギルドからの依頼として発注したいのですが、等級を確認させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん」
そう言うと、ベッキーは胸元から鉄色のプレートを取り出した。マルティナもそれに倣って胸元からプレートを取り出す。
その時マルティナの豊満な胸がぷるんと揺れるのを見て、受付嬢が小さく舌打ちをしたのをベッキーは見逃さなかったが、敢えてスルーすることにした。その気持は痛いほどよく分かるからだ。
「その若さでもう鉄等級なんですか!? 素晴らしいですね。では正式に石板の確認をお願いしたいのですが受けていただけますか?」
もちろん否やはない。むしろありがたい申し出だった。これなら別の冒険者パーティーとかち合う心配が無くなる上に、このギルドへ顔を売るチャンスにもなる。そうなれば他に訊き出したい情報――例えば『紋付き』に関してなど――も得られやすくなるだろう。
「了解した。準備ができ次第確認してこよう」
「ありがとうございます。では現在分かっている情報を提示いたしますね」
受付嬢は少々お待ち下さいと言うと、カウンターの奥へと姿を消した。
そして戻ってきた彼女の手には羊皮紙の束が握られていたのだった。