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第82話:港町エスピリトと不可思議な遺跡③

「こんなもんかな」


 冒険者ギルドで魔術の石板と思しき石板の調査依頼を受けたベッキーとマルティナは、早速準備に取り掛かっていた。


 その出で立ちは上半身をチュニックと革製の胴衣ボディスで包み、その上から動きを阻害しないようにと、胸元などに最低限度の革製鎧レザーアーマーを身に着けている。


 ボトムは上半身と同じカーキ色のショートパンツ。足元は太ももまでの黒のニーソックスを膝丈のレザーブーツで包んいる。


 手には鍵開けなど細かい作業が必要になった時に邪魔とならないようにだろう、指ぬきの革製のグローブがはめられていた。ちなみに右腕のグローブには小型のクロスボウが仕込んである。


 最後に腰のベルトに装着したお手性の閃光手榴弾の存在を手で確かめ、ポーション類を入れたポーチの中身と、ブーツに仕込んだ短剣ダガーを抜いてその輝きを確認すると、問題なしとばかりに「おしっ」と声を上げる。


「こっちも準備OKだよぅ」


 と引き抜いた黒剣を背中の鞘に戻したマルティナはといえば、上下はベッキーとお揃いの出で立ちで、違いといえば腰のベルトに提げられた投げナイフと、背中に吊った黒剣と巨人殺し《ジャイアントスレイヤー》くらいだろうか。


「よし、んじゃ行ってみるか」


「おお!」


 マルティナの元気な声を合図に馬を走らせる。


 今回の目的地である遺跡は、ここエスピリトから南南西に馬の脚で六日ほどの距離にあるという。距離はあるが、これでも近い方だというから驚きだ。サラハ共和国もそうだったが、この国の国土も相当に広大なもののようだ。


「姉、お客さんだよ」


「数は?」


「七。弓持ちが二」


 それは馬を走らせて三日目の夜のことだった。野営をしていると不意にマルティナが警告を口にした。ほんとどこにでも湧くなこいつら、とげんなりするベッキー。毎度おなじみ野盗の襲来である。


 とその時、目にも止まらぬ早業でマルティナの右腕が動き、飛来した何かを叩き落とした。地面に転がったそれは、弓持ちが放った矢であった。


 まさか座った状態で矢を払われるとは思わなかったのだろう、焚き火の灯りが届かぬ暗がりから「なにっ!?」という驚愕の声が上がる。


「奇襲を仕掛けるんなら気配を消さなきゃダメだよ」


 その方向に向かってマルティナが声を掛ける。


「……バレてるんじゃしょうがねぇな」


 そう言いながら、灯りが届く範囲に人相の悪い男たちが、きっちり七人姿を現す。その内の二人はマルティナが先に言ったように弓を携えていた。


「オレたちに何かようか?」


 げんなりとした表情はそのままに、焚き火に枯れ枝を放り込みながらベッキーが問う。


 すると、こいつがリーダーなのだろう。中でも一番厳つい顔をした男が、一歩前に出ながらこう言った。


「なぁに懐が寂しくてな、ちょいと俺達に恵んじゃくれねぇか?」


「ついでにこっちの世話も頼まぁ」


 リーダーの横にいた顔に傷のある男が、下卑た笑みを浮かべながら下品に腰を前後させた。


 しかしトスッという音が鳴ったかと思った次の瞬間、その男が唐突に背後にぶっ倒れた。下卑た表情はそのままに、眉間にナイフが根本まで刺さっている。


「な、何をしやがったッ!?」


 あまりにも突然のことに頭が追いつかず、男たちが皆ポカーンとする中、いち早く我に返ったリーダーの男が唾を飛ばしながら叫んだ。


「何って、見れば分かるじゃん」


 そう言ってマルティナは、いつの間に取り出したのか一本の投げナイフを此れ見よがしに空中に放り投げてはキャッチするを繰り返した。


「このクソアマッ! 野郎ども殺っちまえ!」


 激昂したリーダーが手下にテンプレートな命令を下す。


 その途端、同じく仲間を殺られて激昂した手下たちが武器を手に手に向かってくる。マルティナは手にしていた投げナイフを、矢をつがえようとしていた弓持ちの一人に投げつけその息の根を止めると、間髪おかずにもう一人の弓持ちにも投げつけその命を刈り取った。


 これで三人。


 リーダーを含め残った男たちは三人がマルティナに、そして一人がベッキーへと襲いかかっていった。


「死ねやこのハーフリング!」


 ベッキーのことを小人族ハーフリングと勘違いした手下が手にした長剣を振りかぶる。


「〝иフル〟〝εイル〟誰がハーフリングだクソがッ!」


 しかしその刃がベッキーに届くことは無かった。突如として男の目の前にバレーボール台の炎の玉が出現し、男を丸焼きにしながら吹き飛ばしたからである。


「え? 今の何、姉ちゃん!?」


 びっくり仰天したマルティナが興味津々な顔で駆け寄ってくる。その向こうには、マルティナに斬り掛かっていった筈の男たち三人が、首を撥ねられた状態で事切れていた。


「お前がいない間に覚えた新しい魔術、ファイアボールだ」


「さすが姉ちゃん! すっごく格好良かったよぉ」


 ベッキーに抱きついて大はしゃぎするマルティナ。これ以降、野盗が襲ってくることはなく、三日目の夜は静かに過ぎていったのであった。


 そして六日目の昼頃。


「ここだな。例の石板が眠ってる遺跡は」


 ベッキーとマルティナは調査依頼のあった遺跡へと辿り着いていた。


 受付嬢から見せてもらった現地の地図の写しと、周りの風景を照らし合わせる。この地図の原本を作成した冒険者はよほど几帳面な性格なのだろう。その細部に至るまで、地図の内容と風景がピタリと一致していた。


「これなら遺跡内の地図も信用できそうだな」


 写しの二枚目以降に目を通し、道順を指でなぞっていく。そこには魔物との遭遇ポイントや種族、罠の位置や種類が事細かに記載されていた。これならよほど気を抜いて油断でもしない限り、依頼を失敗することもないだろう。


 ハッキリ言って楽勝である。


 しかしそれでもゲン担ぎはしっかり行っておく。


「やってやろうぜ相棒」ベッキーはそういうと左手で拳を作り――


「やってやんよ相棒」マルティナは右手で拳を作り――


 互いに健闘を誓い、コツンと拳同士をぶつけあった。



* * *



 遺跡は谷間にあったため、地図を頼りに入口を目指す。


 そしてそれは、遺跡内部に一歩踏み込んだ瞬間に起こった。


――ドクンッ


「――なっ!?」


 突如心臓が跳ねるような衝撃がベッキーを襲う。次いで石板を体に取り込んだときのような頭痛に襲い掛かられ、目眩を起こして体がふらつく。


「姉ちゃん!?」


 突然ふらついて倒れそうになったベッキーを咄嗟に抱き留める。


「どうしたの姉ちゃん!?」


 あまりにも突然過ぎて軽いパニックを起こすマルティナ。ベッキーはそんな彼女に無理やり浮かべた笑みを見せ「大丈夫だから落ち着け」と言った。


 一旦その場に座り休憩する二人。


「大丈夫ぅ? 姉ちゃん……」


 病弱だった自身の幼少期を思い出し、姉が何かの病気を発症したのではないかと不安そうな表情を浮かべる。


「大丈夫だからそんな顔をするな」


 羊の胃袋から作った水袋から水を一口のみ、人心地つく。


 そして一度深呼吸をすると、先程までの頭痛が嘘のように綺麗さっぱり消え去っていた。


「よし、そろそろ再開するか」


 と立ち上がるベッキー。まだ不安が解消されないのか、そんな姉の姿を心配そうに見つめる。


「もう少し休んでたほうが良くない?」


「いや、もう大丈夫だ。これは一過性のものだからな」


「一過性ぇ?」


「一瞬だけだけど感じたんだ。


「どういうことぉ?」


 言っている内容が分からず、不安げに小首を傾げる


「今までのこの遺跡は、いわば『休眠』状態だったんだ」


「あ、もしかして石板の保有者である姉ちゃんが来たことで遺跡が目覚めたってことぉ?」


「おそらくそういうことだろうと思う。だからそれを確認するためにも進むしか無いんだ」


「……分かった姉ちゃんを信じるよぉ」


 マルティナは目尻の涙を拭うと、ニカッと笑った。


「それじゃ念の為にアレを使っておくとしようか」


 〝ヤー〟〝ブロー〟〝ロス〟と呪文を唱える。


 するとベッキーの足下が虹色の輝きを放ち始めた。


「今のはぁ?」


「ああ、これはフットマークといって対象が歩いた足跡が床に残る魔術だ」


 魔術を使った本人にしか見えないのが玉に瑕だけどなと困ったように笑う。


 二人はベッキーを先頭に、慎重に歩みを進めていったのだった。


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