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第83話:港町エスピリトと不可思議な遺跡④

 ベッキーとマルティナは、最奥を目指して突き進む。


 厚く埃の積もった床の上には、ところどころ崩れた天井の石組みが転がっている。地図の写しには、この階に罠の存在は記されていなかったが、先程の件もある、念の為に調べてみたがやはり罠は無いようだった。


「お、あったあった」


 二人は部屋の中央に駆け寄った。堆積した瓦礫に半ば隠れるようにして、地下への階段が口を開いている。


 階段の先は暗闇になっており、先は伺い知れない。ベッキーはカンテラに明かりを灯すと、マルティナとともに慎重に階下へと降りていった。


「何か変化があるとしたらここからだろうな」


 地下一階に降り立ち、カンテラの灯を頼りに地図を確認しながら通路を進んでいく。地図上に罠の記載は無く、実際今のところ罠は見当たらなかった。背後を振り返れば、フットマークの効果による足跡がくっきりと残っている。


 と、その時だった。


「何だ、地揺れかっ!?」


 十字路を地図に従って右へ曲がったところで、突如として通路全体が小刻みに揺れ始めた。


 天井や壁が、みしみしと不安を掻き立てる嫌な音を立てている。遺跡が崩れたりすれば、そのまま二人とも生き埋めになることは必至だった。


「姉ちゃん……」


 次に待ち受ける運命を予感してか、マルティナが不安気な表情でベッキーに寄り添う。


 しかし、始まったときと同様に、何の前触れもなく通路の振動は治まった。


「一度引き返そう」


 今のが本当に地揺れだとしたら、地上部分が崩落している可能性もある。先へ進むのは安全を確認してからでも遅くはないだろう。


 だが、もと来た道を戻って、目の前の光景に愕然とする。


「――なっ!?」


 何と通路が塞がっていた。


 天井が崩落したとかそういう話ではない。まるで初めからそこは壁でしたとでも云わんばかりに通路が行き止まりになっていたのだ。


 道を間違えたのかと思いフットマークの足跡を確認する。


 しかし、足跡はしっかりと目の前の壁へ続いていた。どうやら道を間違えたわけではないらしい。となると、考えられるとすれば、稼働壁シフティング・ウォールの罠が作動した可能性が高いだろう。


「クソッ、またこの罠かよ!」


 行き止まりの壁を蹴飛ばしながら毒づく。とはいえ、ここでこうしていても始まらない。ベッキーは素早く頭を切り替えると、再び来た道を戻って先に進むことにした。


 と、そこでまた通路全体が振動し始め、先程と同様に何の前触れもなく治まった。これはいよいよ地揺れかもしれないとベッキーの中で焦りが生じる。稼働壁の罠であんな揺れを感じたことは、今まで無かったからだ。


 そして、最初に振動を感じた場所まで戻ってきた二人は再び驚愕することとなった。


 直線だったはずの通路がT字路になっていた。


 再び足跡を確認する。そこには一度訪れた証として、しっかりと足跡が残っていた。


 何だか遺跡におちょくられているようで無償に腹が立つ。


 ベッキーは地図を修正しつつ、出口へ向かうであろう左側の通路へと足を踏み出した。


 するとまた通路に振動が走り、これまでと同様に不意に治まった。


「…………」


 二度あることは三度あると、以前師匠が言っていたことを思い出す。ベッキーは何か嫌な予感がして回れ右をすると、先程のT字路へと戻ってみた。


「何でだよ!」


 思わず壁に向かってツッコミを入れる。また行き止まりになっていた。


 とそこでまたもや振動が起こり、また静まる。


「まさかっ」


 ひょっとしてまた道が変わっているんじゃと引き返す。


 そして目の前の光景に脱力して膝をつく。


 今度は直線が十字路に変わっていた。


 どうやらこれは、稼働壁の罠なんていう単純なものではなさそうだ。おそらくあの振動は地揺れなどではなく、何かのギミックが稼働したときに生じるものなのだろう。


 そう結論付けたベッキーは、とにかくギミックの法則性を確かめるために、何度となく試行錯誤を繰り返した。


 その結果――


「やったぞマルティナ! 扉だ!」


 ようやく先に通じる道に出ることができた。


 喜び勇んで扉を開けようとして、いやいや待て待てと、咄嗟にドアノブを掴もうとしていた手を引っ込めた。


 危ない危ない。危うく罠の確認もせずに扉を開けるところだった。ベッキーはひとまず落ち着くためにその場で深呼吸を行った。


 そして改めて扉と向き合う。その扉はひときわ大きく、そして頑丈そうだった。


 ドアノブの下には、オルコが人差し指を突っ込めるほどの、やけに大きな鍵穴があった。


 何だろう、凄い既視感を感じる……。


 ベッキーは試しに手鏡を通して鍵穴を覗いてみた。そしてその結果に、思わず深い溜め息を吐いていた。


「やっぱり爆発系かよ……」


「難しいんだっけぇ?」


「ああ。覚えてるだろ? 前に失敗したやつと同じタイプだ」


「あ〜、あれは危なかったよねぇ……」


 とはいえ他に取れる方法は無い。


 ベッキーは覚悟を決めると、カンテラをマルティナに託し、扉の前にしゃがみ込んだ。腰のポーチからピッキング・ツールを取り出し、もう一度深呼吸すると、ゆっくりと息を吐き出し鍵穴に挑んだ。


「…………」


 マルティナがハラハラしながら相棒の作業を眺めている。口を押さえているのは、「がんばれぇ」と声をかけて邪魔しないようにだろう。


 鍵はなかなか開かない。


 額に浮かんだ玉のような汗が、その難易度を物語っていた。


――カシャッ


 と何かが外れる金属音が鳴る。成功したのか、はたまた失敗したのか? ベッキーはしゃがんだまま動かない。


「……姉ちゃん?」


 心配になって声を掛ける。


 その途端、


「だはぁぁぁぁっ」


 と盛大に息を吐くと、ベッキーはそのままゴロンと仰向けに横になった。


 そしてマルティナの顔を見やると、「成功だ」と言ってニヤリと笑ってみせたのだった。





 扉の向こうは一本道の通路になっていた。


「また動きだしたりしないよな……」


「それは勘弁してほしいよねぇ……」


 先程までの苦労を思い出し、二人してため息を吐く。


 とはいえ進める道はここしか無い。二人は意を決して通路をあるき出した。


 そのまま進んでいると、不意にマルティナが背中に吊った黒剣を抜き放った。


「姉さん。クワトゥルが七匹」


 マルティナの警告にクロスボウを構えて待ち構えてみれば、前方から羽根の羽ばたく音とともに羽の生えたヘビが姿を現した。


 そこへ先制攻撃とばかりにクロスボウからクォレルをお見舞いする。クォレルは狙い違わず、一匹のクワトゥルの頭蓋に風穴を開けた。


「〝и〟〝ε〟」


 そこへ更にファイアボールを解き放ち、もう一匹を火だるまにする。これで残り五匹。


 マルティナも負けじと一足飛びに敵との間合いを縮めると、勢いそのままに黒剣を目にも止まらぬ速さで走らせ、瞬く間に残りのクワトゥルを斬り落とした。 


 そしてそこから更に奥へ進んだところで、奇妙な部屋に出た。


 それは壁から天井、そして反対側の壁へと続く、その幅20cmほどの溝が部屋の奥まで50cm間隔に掘られているという、いかにも何かありますよといった風情の部屋だった。


「これ絶対なにかるだろ」


 そう言って石畳を調べ始めるベッキー。案の定、溝の手前に感圧板が仕込んであった。しかもご丁寧に部屋の奥まで続いている。これでは感圧板を踏まずに反対側の扉へ辿り着くのは不可能だ。


 試しに松明で感圧板を叩いてみる。


 すると、カシャッと何かが外れる音の後に、金属が触れ合うような音がしたかと思うと、目の前を先端が半月状の鋭利な刃物がもの凄い勢いで通り過ぎていった。


「おわっ」


 思わず尻餅をつくベッキー。その目の前を、戻ってきた半月刃が再び通り過ぎていく。


 見上げてみれば、それは天井部分を支点にした振子だと分かった。物騒な振子もあったものである。


 しかもこの振子、一向に止まる気配がない。どうやらタイミングを合せてやり過ごすしかなさそうだ。


「先に行ってみるから、後に続いてくれ」


「うん。気をつけてね姉ちゃん」


 まず一つ目の振子をやり過ごし次の感圧板を踏む。案の定次の溝からも同じように半月刃の振子が目の前を通り過ぎていく。


 前後をゆらゆらと通り過ぎる半月刃に挟まれる形になり、心臓がバクバクと踊りだす。


 そしてタイミングを合せて更に前へ。三度振るわれる死の振子に肝を冷やしながら、その後も同じように一つ一つやり過ごしていく。


「ふ〜、やっと辿り着いたぜ」


 思わずその場にへたり込みそうになるのをグッと我慢して、後ろを振り返る。


 そこには「よっ」「はっ」と余裕で半月刃を躱していくマルティナの姿があった。


 マルティナが合流するのを待って、扉の状態を確認する。どうやら鍵も掛かっていなければ、罠もなさそうだ。


 二人は扉を押し開けると、更に奥へと一歩を踏み出したのだった。


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