扉の先は階下へと続く階段になっていた。
罠が仕掛けられていないか確認しつつ、ゆっくりと階段を降りていく。地下なのだから当たり前なのだが、灯りがなくては1m先すらも見通せないほどに辺りは真っ暗だ。
階下に降り立ち、ベッキーとマルティナはカンテラの灯を頼りに、真っ暗な通路を慎重に進んでいく。
途中でいくつかの部屋を通過したが、厚く降り積もった埃以外、これといった目ぼしいものは見当たらなかった。
「宝箱くらいあっても良いと思うんだけどなぁ」
あまりの何も無さにマルティナがぼやく。
「ま、あったとしても中身は空っぽだったろうがな」
肩を竦めながらベッキーがそう応える。
何せこの遺跡は、少なくとも一度は攻略されているのだから。もっともそれは、この遺跡が
少なくとも遺跡の覚醒に併せて、宝箱の中身が補充されるという不思議現象でも起きない限り、仮に宝箱があったとしても中身は先達が持ち去った後で、中身は空っぽのままだったことだろう。
そう考えると、魔術の石板を手に入れるためとはいえ、自分たちだけこんなに苦労しているのは不公平ではなかろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、通路が二手に別れている場所に辿り着いた。一方はこのまままっすぐに伸びる直進コース。もう一方は左手に二ブロック奥まった場所でL字型に曲がっている。両者は壁を挟んで平行に伸びているようだった。
地図の写しを見る限り、どちらも同じ場所に続いているようだが、ここまでの道のりで地図が当てにならないことは立証済みである。果たして今回はどうなっていることやら。
「姉ちゃん、あそこ何か書いてない?」
そんなことを思っていると、マルティナが左手の奥まった場所の壁を指さした。
どれどれ、とその場所に行き壁を確認してみる。するとそこにはこう書かれていた。
『汝の力を見せてみよ』
「汝の力を見せてみよ、ね……どういう意味だ?」
「さぁ?」
二人して肩を竦める。右手に伸びる通路をカンテラを掲げて確認してみるが、魔物が現れるといった気配もない。力を見せてみよとはどういう意味だろうか?
「ん? この床何か変だな」
とそこで、通路の石畳に違和感を感じたベッキーは、その場にしゃがみ込むと前方の床を調べ始めた。
「やっぱりだ。感圧板になってやがる」
しかもそのブロックだけではなく、その先も同じように感圧板になっているようだった。
知らずに踏んでいたらどうなっていたのだろう? 力を見せろということは、何か手強い魔物でも現れるのだろうか。
試してみたい気もするが、本当に強敵が現れても困るので、ひとまずもとの通路へ戻る。
念の為に床を調べてみたが、こちらの通路は普通の石畳のようだった。
壁に書かれた文字の意味が気になりつつも、そのまま先を目指す。
するとカンテラの灯りの中に、通路を塞ぐ形で鉄格子が降りているのが目に入った。
「やっぱりか……」
この鉄格子も地図には記載が無い。遺跡の変化に伴って出現したと考えるのが妥当だろう。
「姉ちゃん、この鉄格子開かないよぉ?」
鉄格子を押したり引いたり、持ち上げようとしてみたり、いろいろな方法で開かないか試したマルティナだったが、ついに観念したように肩を竦めつつそう言った。
「鍵穴も、それらしい仕掛けも無しか……」
今度はベッキーが鉄格子と、その周囲を調べてみたが、何も発見することはできなかった。
試しに鉄格子越しに見える範囲を確認してみると、先程の感圧板があった通路の終着点だろう場所の奥の壁に台座が設えてあり、その上には禍々しい形相をした、小さな石像が置いてあるのが目に入った。
「しょうがない。さっきの場所に戻ろう」
それ以上の情報を得られなかったベッキーは、諦めて先程の謎の文字が書かれた場所へと戻ってきた。
改めて壁の文字に目をやる。
『汝の力を見せてみよ』
ひょっとしたら内容に変化がないかと思ったのだが、そんなことは無かった。
「多分、さっきの石像を破壊すれば先に進めるようになるんだろうが……」
ベッキーは腕を組み、う〜んと何かを考えるように唸ると、続けてマルティナにこう言った。
「今からそこの感圧板を作動してみる。ひょっとしたらさっきの石像が魔物化して襲ってくるかも知れないから準備しておいてくれ」
「了解、姉ちゃん」
マルティナそう応えると、いつでも掛かってきやがれとばかりに背中の黒剣を抜刀した。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
ベッキーは松明をリュックから取り出すと、柄の部分で手前の感圧板を強く押し込んでみた。
その途端、ボッとどこかで聞き覚えのある音が通路の奥から聞こえてきた。
はて、どこで聞いた音だっただろうかと思いつつ、カンテラを掲げて通路の奥を見やると、ベッキーは驚愕に目を見開き、
「逃げろマルティナッ!」
と叫んで頭から飛び込むようにその場から飛び退いた。それに素早く反応したマルティナが、同じように頭から飛び込むように退避するのと、数瞬前まで二人が立っていた場所に
派手な音とともに爆散した火の玉から、これまた派手に火の粉が飛び散る。その火の粉をもろに浴びた二人は、ギャーッと叫びながら辺りを転げ回った。
ベッキーはそれで思い出していた。あのボッという音は、以前エイダと巡った迷宮で聞いた、火の玉が飛び出すときの音だったと。
「大丈夫かマルティナ?」
「うん。あちこち火傷したけど大丈夫。姉ちゃんは?」
「オレも大丈夫だ。しかし酷い目あったな……」
ぼやきつつ、二人はそれぞれ腰のポーチから傷薬を取り出すと一気に呷った。
薬の効果で火傷のヒリヒリ感が消えたのを確認し、さてこれはどうしたものかと頭を悩ませる。以前出会った同様の罠は、通路に横幅があったために避けながら進むことが出来たが、今回は狭い一直線の通路である。火の玉を避けて通るのは到底無理な話だった。
「これなら魔物が襲ってくるほうが、まだ分かり易くて良かったな」
しかし想定していたような魔物は現れない。壁に記された『力を見せてみよ』といったいどういう意味なのだろうか?
「単純な『力』、『腕力』というわけじゃなさそうだよな……」
謎の石像、そして火の玉――――
「あっ、もしかして――」
そこでふと閃くものがあった。
「何か思いついたのぉ?」
マルティナが何かを期待するかのような瞳で訊いてくる。
「ああ。ものは試しだ、いっちょやってみるか」
そう言うとベッキーは、自身の両頬を手で挟み込むように張って気合を入れると、すっくと立ち上がった。
そして、通路の奥にある石像を見通すように暗がりを見つめると、一度深呼吸をした後に呪文を唱えた。
「〝
するとベッキーの目の前にバスケットボール台の火の玉が現れ、眼前の暗闇を焼き払うかのように飛んでいった。
一拍置いて、通路の奥から聞こえてくる炸裂音と、何かが壊れる甲高い音。
これでどうだ? と思ったその時、鉄格子で塞がれていた側の通路の奥から、ガラガラと鉄と石材が擦れる音が鳴り響いた。
ひょっとして、と鉄格子の様子を確かめに行く。
すると、通路を塞いでいた鉄格子が頭上に上がっているのが目に入った。これでやっと通ることができる。
「正解だったみたいだな」
安心してホッと胸を撫で下ろす。
「さすが姉ちゃん!」
マルティナはベッキーに抱きつくと、はしゃいだ声を上げた。
鉄格子の下を潜った先には、無惨に破壊された石像の欠片が散乱していた。音に反応して魔物が現れるかもしれないと、しばし警戒してみたが、マルティナの索敵には何も引っ掛からなかった。
二人はその場でひとまず休憩にすると、干し肉を齧る。
それにしても、ファイアボールの呪文を覚えていなかったら詰んでたな、とふと思う。
いや、ファイアボールの呪文を会得していたからこそ遺跡が反応したのか? だとしたらこの遺跡に眠る石板は、『火』に関する何かなのかも知れない。
「ま、それそれとして、疲れた……」
そのままゴロンと横になる。今回のファイアボールは気合を入れたからか、精神の消耗が激しかった。その分火の玉の大きさも通常より大きかったが。
「もっと訓練しないとダメだな……」
そうベッキーは呟くと、そのまままどろみの中に落ちていったのだった。