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第85話:港町エスピリトと不可思議な遺跡⑥

「――ハッ!?」


 不意に意識が覚醒して目を覚ます。


「あ、起きた。おはよう姉ちゃん」


 目の前には、覗き込むような形で微笑んでいるマルティナの顔。そして後頭部には柔らかな感触――


 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。しかも妹の膝枕で。


「……どれくらい眠ってた?」


 気恥ずかしさから、頬をぽりぽりと掻きながら問う。


「う〜と、十五分くらいかなぁ」


 マルティナは自身の顎に指を当てながら、考えるような仕草でそう答える。良かった、たいして時間は経っていないらしい。これで1、2時間経っていたらどうしようと思うところだ。


「膝枕ありがとな」


 ベッキーは上半身を起こし、振り向きながら礼を言う。


「アタシも姉ちゃんの寝顔を堪能できたからお互い様だよぉ」


 どこか満足気な表情を浮かべるマルティナ。その口元からよだれが垂れているのにベッキーは気付いたが、敢えて追求はしないでおいた。


「さて、それじゃ冒険再開といくとするか」


「は〜いっ」


 マルティナの元気な返事を合図に再び歩きだす。地図によれば最奥の間はすぐそこだった。


 もっとも地図が当てにならなくなっている今、それも定かではないのだが。


 カンテラの灯りがぼうっと照らし出す通路を歩くことしばし。途中インプの襲撃にあったが、今の二人にとって小賢しい小悪魔など物の数ではなく、あっさりと片付けて今現在に至る。


「ま、予想通りだな」


「うへぇ〜、またこの罠ぁ?」


 それを見て、げんなりとした声を上げるマルティナ。その部屋には壁から天井、そして反対側の壁へと続く、その幅20cmほどの溝が部屋の奥まで50cm間隔に掘られていた。


 どう見ても振子刃の罠が仕掛けてあるのは明白だった。


 前回同様に松明の柄の部分で一つ目の振子を起動する。途端、壁から半月刃が先端で鈍い色を放つ振子が飛び出してくる。


 ベッキーとマルティナはそれをうんざりした目で見ながら、タイミングを合わせて一つ一つ避けていく。


 途中二枚刃の振子があり、危うくお尻を持っていかれそうになるというハプニングはあったものの、何とかすべての振子をクリアして反対側の扉まで辿り着いた。


 扉には鍵が掛かっており、ご丁寧に射出機プロジェクタイルまで仕掛けてあった。


 カンテラをマルティナに任せ、手鏡とピッキングツールを取り出し作業に入る。


「もうすこしカンテラを近づけてくれ……そう、その位置。間違っても鍵穴の前に立つんじゃないぞ」


 かなり難易度が高いのか、ベッキーの額を汗が伝う。マルティナが息を呑んで見守る中、どれほどそうしていただろうか。


――カシャッ


 という甲高い何かが外れる音とともに扉が僅かに開いた。


 その場に座り込み、フーと大きな安堵のため息を吐く。それを上手くいった証だと悟ったマルティナは、「おつかれさまぁ」と取り出した手拭いで姉の額の汗を拭ったのだった。





「ここが最奥の間か……」


 扉の向こうは、これまでの部屋よりも一回りほど大きな造りとなっており、部屋の左側に一際大きな扉が設えてあった。


 その中央には祭壇があり、その上に石板らしき薄い板が置かれている。


 床に感圧板などがないか調べながら祭壇に近づくベッキー。やはり祭壇の上に置かれていた石板は例の魔術の石板のようで、〝♰〟という文字が掘られていた。


「これって例の魔術の石板だよねぇ?」


「ああ、そうだな」


 そう応えると、マルティナは「やったね姉ちゃん」と喜んだ。


 しかしベッキーにとっては素直に喜べるものではなかった。何せ石板を手に入れるという行為は、ベッキーにとって苦痛を伴うからである。


「ハァ……」


 とはいえ、ここでこうしていつまでも石板を眺めているわけにもいかない。ベッキーは一つため息を吐くと、意を決して石板に手を触れた。


「っあ゙……」


 その途端、例の直接脳に文字を刻まれるような不快な痛みが頭を襲う。ほんの数秒のこととはいえ、こればかりは慣れる気がまったくしなかった。


 祭壇に手をつきふらつく体を支える。


「大丈夫、姉ちゃん?」


 心配そうにこちらの顔を覗き込んでくるマルティナを「大丈夫」だと手で制しながら、この遺跡に来てから何度目になるか忘れた深呼吸をする。


「今度の文字は〝ネタ〟か」


 頭に浮かんだ文字を反芻する。


「何か新しい呪文は覚えたぁ?」


「ああ。これはもっと早く欲しかったな。〝иフル〟〝ブロー〟〝ネタ〟」


 マルティナの問いに答えるように、新しく頭の中で結実した呪文を唱えて見せる。


「――っ? これって?」


 すると二人の体が半透明な膜で覆われる。


「ファイア・シールド。火炎防御の魔術だ」


「確かにそれは早く欲しかったねぇ」


 とマルティナは苦笑する。そうすれば火傷せずに済んだのに、と。


「さて、それじゃ帰るとするか」


「今回も転送装置があるのぉ?」


「いや、どうだろうな。今回はそのへん何の情報も付加されて無かったからなぁ……」


 そう言いながら、ベッキーは祭壇の後ろ側や、部屋のあちこちを調べて回った。


 しかし、それらしいものは一切見当たらなかった。どうやら素直に左側の扉から出るしか無いようだ。


 ベッキーは扉に取り付くと、いつものように鍵と罠の確認を行う。


「別に怪しいところは無さそうだな」


 ホッと一安心して、マルティナと一緒に重い扉を押し開けた。


「鍾乳洞?」


 てっきり遺跡の続きだとばかり思っていたベッキーだったが、目の前に真っすぐ伸びるその通路は、人の手が入っていない、紛れもなく自然にできた洞窟だった。辺り一面に剣山のように鍾乳石が乱立している。


 それにしても自然の洞窟などいついらいだろうか?


 ベッキーとマルティナは、ちょっとした懐かしさを覚えながら洞窟を歩き始めた。


 と、その時。


 たまたま足下に落ちていた石ころを、ベッキーが知らずに蹴飛ばした。軽い音を洞窟内に響かせながら転がっていく石ころ。その石ころが止まったところで、カチッという、もはや聞き慣れた音が鳴った。


「は? 今のって――」


 二人は慌てて石ころが転がっていった先に駆け寄ると、まさかと思いつつその地面を調べてみる。


 なんと感圧板が仕掛けてあった。いや、小石が転がってきただけで作動する仕掛けってのもどうなのよ? 設計したやつに文句の一つも言ってやりたいところだが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。


 鍾乳洞、罠――――


「これってまさかっ!?」


 かつての悪夢を思い出し、二人が咄嗟に後ろを振り返るのと、バゴンッと巨大な丸石が扉を破壊するのが同時だった。


「ギャーッ」


 二人は揃って悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。


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