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第3話 新モンスター「鬼」、入荷しました

「シモン、さっき『鬼』というモンスターを入荷した。こいつらを配置すれば、ダンジョンに新しい風を吹かせることができる」


 カルロスさんは椅子の背にもたれたまま、大きく伸びをして言った。その動きは、まるでストーブの上でゆるく沸いているお湯のように緩慢で、どこか投げやりですらある。そして、すぐに手元の本へと視線を戻そうとした。


「配置場所を決めるのはお前に任せた」


 ……えっ? 軽く流したけど、それ、けっこう重要なことなんじゃ……? 一瞬、耳を疑った。思わずカルロスさんの顔をまじまじと見てしまうが、彼の表情はまるで罪悪感のない猫のように、真剣さゼロだった。これは……信頼されているのか、それとも面倒を押しつけられているのか……。


「ちょっと、カルロス。『入荷』なんて言い方はないじゃない。モンスターにだって人権が――モンスター権があるはずよ」


 タイミングよく割って入ってきたのは、いつもの通り正義感と書類を抱えたエミリーさんだった。資料の山を両腕に抱えながら、ジト目でカルロスさんをにらみつける。


 ――モンスター擁護派、今日も健在。


「悪い、表現がよくなかった」


 カルロスさんは肩を軽くすくめるが、その言い方にはまったく悪びれた様子はない。真剣な謝罪とは程遠い、そう、たとえるなら「箸を落としたときにすみませんって言う」レベルだ。


「シモン、配置が終わったらギルドのジャスミンに伝えてくれ。『鬼に困っている』という依頼を一件出すように」


「え? 配置したばかりで、依頼が出るはずは……」


 当たり前の疑問が口から漏れた。でも、カルロスさんはニヤリと口角を上げて言った。


「ほら、配置しても周知しなくちゃ意味がない。いわゆるサクラだよ、サクラ」


 ……サクラ。なんてシステマティックな裏事情。思わず口が半開きになった。ああ、そういう宣伝手法もあるのか。うーん、ちょっとだけモンスターが不憫になってくる。


 立ち上がりかけた僕の背中に、さらに追加の言葉が飛んでくる。


「風貌も伝えておくように。リアリティが大事だ」


 そこまで求められるとは。もう少し楽な仕事かと思ってたけど……まあ、やるからにはしっかりやろう。





 それから数日後。


「よし、順調だな」


 カルロスさんは例のソファにふんぞり返り、満足そうに腕を組んだ。指先には何か熱い飲み物が入ったカップがあり、目は完全に「俺の手柄」と言っていた。


 新たに配置された「鬼」は、冒険者たちの間で話題沸騰中。ギルド内では「やたら強い」「レアドロップがあるらしい」といった噂が広がり、管理課の仕掛けた情報戦はまさに成功と言っていい。


 と、そのとき。


 トントン、とドアをノックする控えめな音。けれど、その静けさにはどこか張り詰めた空気があった。


「どうぞ!」


 元気よく答えると、ゆっくりとドアが開いた。その向こうには、ギルド管理人のジャスミンさんが立っていた。いつも冷静沈着で無表情な彼女が、今日は珍しく眉間にしわを寄せている。


 ……ん? なんだか嫌な予感がする。


「僕でよければ力になりますよ!」


 反射的にそう口にしてしまった。だがその瞬間、ジャスミンさんの眉がぴくりと動く。……しまった、余計なことを言ったかもしれない。


「シモンさん、あなたから鬼の風貌を教えてもらいましたね? 『棍棒を持っていて狂暴だ』と。あの説明を元に告知を出したところ……鬼を討伐したという冒険者が急増しました」


 ふむふむ、いい傾向だ。と一瞬思ったが――。


「でも、彼らの大半はゴブリンを鬼だと勘違いしています。それに、一部の冒険者は鬼を倒したと偽って報酬を余分にもらおうとしているんです」


 ……はい、完全にやらかしました。


 空気が急激に冷えた気がする。背中をつたう冷や汗。今なら冷蔵庫いらないかも。


「エミリーさん、鬼の詳細を教えてください。このままでは、ギルドが破産します」


 ジャスミンさんの言葉は静かだったが、その奥に込められた怒気は鋭く、じわじわとこちらをえぐってくるようだった。


「鬼とゴブリンの違いね。オーケー、後で詳細なレポートを送るわ」


 さすがエミリーさん。その場をすぐに抑えてくれる対応力には、毎度のことながら感心する。ジャスミンさんも一瞬だけ表情を緩め、ふっと小さな鼻歌まじりで部屋を出ていった。


 ……いや、鼻歌!? まさか、ちょっと楽しんでる?


 そして次の瞬間、別方向からの鋭い視線を感じる。……やばい、カルロスさんの方だ。


「シモン……」


 名前を呼ぶその声には、妙な含みがあった。


 ああ、絶対怒られる――!


「でかした! ジャスミンが訂正文を出せば、より鬼の存在が広まる!」


 ……え? 怒られない? それどころか、褒められてる??


「そうでしょう。僕だって無能じゃありません!」


 ここぞとばかりに胸を張って言うと、カルロスさんは珍しく素直に頷いた。いつもの彼なら、皮肉のひとつも飛ばしてくるはずなのに。


 ……これは、信頼されたってことでいいんだよな?


 これで僕への信頼度は確実にアップしたはずだ。今度こそ、もっと大きな仕事が――いや、大きすぎる仕事が――回ってくるかもしれない。


 でも、もう僕は新米なんかじゃない。

 たぶん。


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