僕は大きな課題にぶつかった。
「カルロスさんも意地悪だなぁ。冒険者にウケる企画を考えろなんて」
いくら新米を鍛えるためとはいえ、無茶苦茶だ。もしかして、僕に押し付けたのか?
「あら、何か困っているみたいね」
エミリーさんは読書をしながら、「相談に乗るわよ」と申し出た。読書しながらなんて、器用なことは僕にはできないな。
「それが、カルロスさんが『ギルドを盛り上げて、こっちにくる報酬を増やせ』って言うんです……」
理屈は分かるが、それができたらモンスター管理課の給料だってもっといいはずだ。
「そうね、こんなのはどうかしら。『モンスター総選挙』よ」
「選挙? モンスター代表でも決めるんですか?」
彼女が言いたいことがピンとこない。モンスター代表を決めて、配置替えの交渉でもするのか?
「少し違うわね。これを見てちょうだい」
エミリーさんが読んでいたのは『冒険者人気投票、始まる』という冊子だった。中を見ると「実力がすごい」「かわいい」「初心者に優しい」と、それぞれの推しの理由が書かれている。
「なるほど、これのモンスター版ですね。これは盛り上がりそうですね。僕の予想はドラゴンに間違いないです!」
「あら、そうかしら。キュートなモンスターが選ばれるかもしれないわ」
「カルロスさんに提案しますよ。きっと、ゴーが出るはずです。エミリーさん、ありがとうございました!」
「なるほど、いい企画だ。ただ、他人に頼るのは感心しないな」
どうやら、提案者が僕じゃないと見抜いているらしい。
「とにかく、ギルド側のジャスミンに企画を伝えてこい」
ドアがゆっくりと開くと、そこには麻袋を持ったジャスミンの姿があった。どうやら、話を聞いていたらしい。
「面白そうな企画ですね。それで、総選挙で一位になったモンスターはどうなるんですか?」
「そうだな、冒険者に秘密で出現率をアップする。それと、でかでかとポスターをギルドに貼ろう。ドラゴンのかっこいいポスターを見るのが待ち遠しいぞ」
「ドラゴン一択ですよね!」
やはり、カッコいいは正義なのだ。
「ポスター化ですか。こちらでも出来るので、モンスター管理課の手をわずらわせることはないですね」
「そうと決まれば総選挙開始だ!」
数日後、僕たちは集まって企画の進捗について相談していた。
「ジャスミン、どうだ? うまくいってるか?」
「もちろん! みんな面白いって喜んでいるわ」
エミリーさんが「キュート系も人気でしょ?」と聞くと「ええ、そうよ」とジャスミンさん。
なるほど、色々な冒険者がいるわけだ。でも、ドラゴンが一位になるのは間違いない。
「でも、一つ懸念があるの」
ジャスミンさんはもじもじとしながら、「中間結果ではゴブリンが一位なの」と驚愕の事実を告げた。
嘘だろ、ゴブリンが一位!?
「なんだって!? なんでそうなる?」
カルロスさんも困惑している。僕と同じくドラゴンだと思っていたからに違いない。
「冒険者に理由を聞くとね、こんな感じなの」
ジャスミンさんはインタビューの記録をぱさっと机に広げる。
「どれどれ。『一番印象に残ってる』『数はいるけど愛嬌がある』。まさか……」
「そのまさかです。新米冒険者の票がゴブリンに流れているんです。たぶん、一層目にいるから印象に残るんじゃないでしょうか。ドラゴンに遭遇するのは少数派ですから」
「こうなったら、票を改ざんだ。何としてでも、ドラゴンを一位にするぞ」
なんだか、本来の目的から外れている気がする。
「改ざんですか。簡単ですね」
ジャスミンさんもノリノリだ。やはり、ここにはまともな人はいないらしい。
数日後。集計結果を見てみんなで満足していた。当たり前だが、ドラゴンが一位になったのだから。
「これで、ゴブリンのポスター掲載は回避できたな。ポスターができたら一枚くれ。部屋に飾りたい」
「カルロスさん、ずるいですよ!」
「お前ももらえばいい。一枚も二枚も変わらないからな」
「さて、ここからは私の出番ね。ドラゴンの出現率アップよ!」
エミリーさんは張り切っている。さっきまでは「キュート系がよかった」とガッカリしていたのに。
「冒険者の喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
数日後、予想外の出来事が起きてしまった。
「ドラゴンの出現率を上げたはいいが、低層には配置すべきじゃなかったな」
新米冒険者にとっては、F級であってもドラゴンを倒すのは難しい。
「あーあ、せっかく頑張ってドラゴンを急いで育てたのに……」
エミリーさんの嘆きも分かる。
「二度とやらないぞ、こんな企画」
「でも、記録には残すんでしょう?」
「ああ、誰かが――だとえば後輩が読めば『こんなバカ話もあったのか』って思うからな」
「じゃあ、こう書けば? この企画が面白かったら、一票入れるようにって」