僕は大きな課題にぶつかった。
「カルロスさんも意地悪だなぁ。冒険者にウケる企画を考えろなんて」
ため息交じりに呟いたが、部屋には僕一人きり。声が虚しく反響するだけだった。いくら新米を鍛えるためとはいえ、無茶苦茶だ。もしかして、全部僕に押し付けるつもりだったんじゃ……。
「あら、何か困っているみたいね」
扉の向こうから声がして、エミリーさんがひょいと顔を覗かせた。彼女は片手に本を持ち、ページをめくりながらこちらに歩いてくる。
「相談に乗るわよ」と微笑む彼女。読書しながらそんな余裕のある態度が取れるのは、彼女くらいだろう。僕には絶対無理だ。
「それが、カルロスさんが『ギルドを盛り上げて、こっちにくる報酬を増やせ』って言うんです……」
理屈は分かるが、それができたらモンスター管理課の給料だってもっといいはずだ。現実はそう甘くない。
「そうね、こんなのはどうかしら。『モンスター総選挙』よ」
彼女はさらっと言ってのけたが、こちらは思わず聞き返してしまう。
「選挙? モンスター代表でも決めるんですか?」
モンスター同士で議論を交わす光景を思い浮かべてしまって、思わず苦笑する。だが、彼女は首を横に振った。
「少し違うわね。これを見てちょうだい」
エミリーさんが読んでいたのは、『冒険者人気投票、始まる』という冊子だった。中を見ると「実力がすごい」「かわいい」「初心者に優しい」など、推しへの熱いコメントが並んでいる。
「なるほど、これのモンスター版ですね。これは盛り上がりそうですね。僕の予想はドラゴンに間違いないです!」
ワクワクしながら言うと、エミリーさんは少し口元を緩めた。
「あら、そうかしら。キュートなモンスターが選ばれるかもしれないわ」
どこか意味深な言い方だったけど、僕はもうすっかりその気になっていた。
「カルロスさんに提案しますよ。きっと、ゴーが出るはずです。エミリーさん、ありがとうございました!」
席を立ち、走り出す勢いで部屋を飛び出した。
「なるほど、いい企画だ。ただ、他人に頼るのは感心しないな」
カルロスさんは腕を組み、じろりとこちらを見た。どうやら、提案者が僕じゃないことは見抜かれていたらしい。
「とにかく、ギルド側のジャスミンに企画を伝えてこい」
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアがゆっくりと開いた。そこには麻袋を持ったジャスミンの姿があった。どうやら、話を聞いていたらしい。
「面白そうな企画ですね。それで、総選挙で一位になったモンスターはどうなるんですか?」
「そうだな、冒険者に秘密で出現率をアップする。それと、でかでかとポスターをギルドに貼ろう。ドラゴンのかっこいいポスターを見るのが待ち遠しいぞ」
「ドラゴン一択ですよね!」
拳を握りしめて叫ぶと、ジャスミンさんがくすりと笑った。
「ポスター化ですか。こちらでも出来るので、モンスター管理課の手をわずらわせることはないですね」
「そうと決まれば総選挙開始だ!」
数日後、僕たちは一堂に集まり、企画の進捗について話し合っていた。部屋の空気は、予想以上に活気に満ちていた。
「ジャスミン、どうだ? うまくいってるか?」
「もちろん! みんな面白いって喜んでいるわ」
エミリーさんがにこにこしながら尋ねる。
「キュート系も人気でしょ?」
「ええ、そうよ」
ジャスミンさんが頷いた。なるほど、色々な好みの冒険者がいるわけだ。でも、ドラゴンが一位になるのは間違いない。そう信じて疑わなかった。
「でも、一つ懸念があるの」
ジャスミンさんの表情が少し曇った。
「中間結果ではゴブリンが一位なの」
……耳を疑った。
「なんだって!? なんでそうなる?」
カルロスさんの声も、やはり困惑を隠せない。
ジャスミンさんは、手元のファイルをぱさっと机に広げた。そこには冒険者たちのインタビュー記録がぎっしりと詰まっていた。
「どれどれ。『一番印象に残ってる』『数はいるけど愛嬌がある』。まさか……」
「そのまさかです。新米冒険者の票がゴブリンに流れているんです。たぶん、一層目にいるから印象に残るんじゃないでしょうか。ドラゴンに遭遇するのは少数派ですから」
……確かに、言われてみれば納得できる。だが、納得したくなかった。
「こうなったら、票を改ざんだ。何としてでも、ドラゴンを一位にするぞ」
カルロスさんが拳を叩きつけるように言い放った。
なんだか、本来の目的から外れている気がする。
「改ざんですか。簡単ですね」
ジャスミンさんもノリノリだ。やはり、まともな感覚の人間はこの職場にはいないのかもしれない。
数日後。僕たちは集計結果を見て、満足げにうなずいていた。
もちろん、ドラゴンが一位。ポスターもすでに刷り上がり、ギルドに堂々と掲げられる予定だ。
「これで、ゴブリンのポスター掲載は回避できたな。ポスターができたら一枚くれ。部屋に飾りたい」
「カルロスさん、ずるいですよ!」
「お前ももらえばいい。一枚も二枚も変わらないからな」
くだらないやりとりを交わしながら、部屋は笑いに包まれていた。
「さて、ここからは私の出番ね。ドラゴンの出現率アップよ!」
エミリーさんは張り切っている。さっきまでは「キュート系がよかった」とガッカリしていたのに、その変わり身の早さには驚かされる。
「冒険者の喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
そして数日後、予想外の事態が起きた。
「ドラゴンの出現率を上げたはいいが、低層には配置すべきじゃなかったな」
カルロスさんが額に手を当ててぼやく。新米冒険者にとっては、F級であってもドラゴンを倒すのは簡単ではない。
「あーあ、せっかく頑張ってドラゴンを急いで育てたのに……」
エミリーさんの声にも、悔しさがにじんでいた。きっと、モンスターたちにも無理をさせてしまったのだろう。
「二度とやらないぞ、こんな企画」
カルロスさんの言葉に、僕はふっと笑った。
「でも、記録には残すんでしょう?」
「ああ、誰かが――たとえば後輩が読めば『こんなバカ話もあったのか』って思うからな」
彼は腕を組みながら、ふっと口元を緩めた。
「じゃあ、こう書けば? この企画が面白かったら、一票入れるようにって」
僕がそう言うと、エミリーさんも笑いながら頷いた。きっと、また誰かが同じ失敗をするのだろう。そして、その時にもやっぱり、誰かが笑うのだ。