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シモン出張編

第7話 シモン、武器屋で覚醒す! モンスターの配置にも一工夫

「シモン、出張してこい」


 僕はポカンと口を開けたまま、カルロスさんの顔を見つめる。出張? いきなり何を言い出すんだろう。


「ああ、言葉が足りなかったな。ギルドへの出張だ。ジャスミンには伝えてある」


 ギルド。つまり、冒険者たちが出入りするあの喧騒の中心地。僕らモンスター管理課とは、一応協力関係にあるけれど、普段の仕事で直接関わることは少ない。


「えーと、出張とは……? ジャスミンさんとは、ずっと連携をしてきたはずですが」


 思わず問い返す。確かに裏では連携しているが、現場レベルでの交流はそこまで多くない。いきなり現場に出向くなんて、ちょっと心の準備が……


「つまり、冒険者と接することで、新たな視点を得るのが今回の目的だ。俺も、昔に経験したことがある。間違いなくレベルアップできる。今後、後輩を持つためには、いつまでも新米じゃダメだからな」


 カルロスさんの目は真剣だった。なるほど、これは単なる「研修」ではなく、僕を一人前にするための布石ということか。


「……分かりました。行ってきます」


 そう返事をすると、カルロスさんはニカッと笑った。


「あ、出張と言ってもギルドは近いから、荷造りは不要だぞ」


 えっ、宿舎を出てすぐ隣じゃないか。これじゃあ毎朝顔を合わせるから、あまり出張という気分にはならない気がするけど。


「まあ、頑張れよ!」


 軽く背中を叩かれながら、僕はギルドへと向かった。





 ギルドに着くと、ジャスミンさんが笑顔で出迎えてくれた。見た目はふんわりした雰囲気の女性だが、その目はどこか鋭さを帯びている。


「今日から二日間、ギルドで働いてもらいます。モンスターと冒険者は違います。モンスターよりも厄介な冒険者もいます。気をつけてくださいね」


 ゆるふわな声色だが、その言葉の端々から「生半可な気持ちで来るなよ」という圧が感じられる。これは試されているな。


「で、具体的には何をするんですか?」


「まずは、武器屋で働いてもらいます。モンスターの素材がどうなるのか、見て欲しいのです」


「えーと、武器屋で働くのはいいんですが、一日だけって武器屋の人が怪しまないですか?」


「大丈夫ですよ。これを渡しましたから」


 ジャスミンさんは、サッと小さな麻袋を掲げた。チャリッと音が鳴る。なるほど……賄賂という名の予算執行ですね、分かります。


「ほう、お前が職場体験をしたいという小僧か。俺はマイクだ。まあ、仲良くやろうぜ」


 通された武器屋で待っていたのは、見るからに戦士といった風貌の大男だった。鍛え上げられた腕には無数の傷跡、いかにも「現場叩き上げ」という感じがする。


「さて、いきなりだが仕事だ。接客を頼むぞ。あそこに商品があるから、少し盛った説明をして買いたくなるように仕向けろ」


 盛った説明って……要するに多少の誇張は許容されるってことか。いや、それにしても初日から雑な指導だな!


「ちょっと商品の特徴を勉強しますね」


 僕はそっと棚に並べられた短剣を手に取る。革巻きの持ち手には小さな傷がある。質感からして、これはゴブリンの革だろう。ということは、安価な素材ってことになる。でも、そこを逆手に取れば……。


「観察はじっくりしてくれ。今日の売り上げ次第で、お前さんへの支払いが変わるからな」


 マイクさんはそう言いながら、腕を組んで後ろに下がる。完全に僕に任せる気だ。


「いらっしゃいませ! 色んな武器を仕入れていますよ!」


 声を張ってみるが、通行人たちは素通りしていく。ここよりも品ぞろえの良い武器屋があるからだろう。目を引くものがなければ、わざわざ立ち止まってはくれない。


「あー、何かないかな。ここを盛り上げる秘策が」


 腕を組んで考える。カルロスさんならこういう時、「任せたぞ」と丸投げするに違いない。マイクさんは放任主義だけど、見ていないわけではない。ここで結果を出さなければ。


「ゴブリンの短剣か……。エミリーさんなら、どう売るかなぁ」


 ゴブリンといえば、一層目に群れている雑魚モンスターのイメージしかない。でも、最近の「モンスター総選挙」では意外にも上位だった。その理由が、「群れてるけど愛嬌がある」だったな。


 なら、いっそそのイメージを武器にすれば――。


「いらっしゃい! ここには『ゴブリン革の短剣』がありますよ。あの愛嬌あるゴブリンのですよ! 冒険の記念や、旅のお守りにも最適です!」


 完全に観賞用・ネタ路線に切り替えた。武器としての性能では勝てないなら、方向性を変えるのが得策だ。


「ほう、面白い考えだな。お前、商才があるかもしれんぞ」


 マイクさんが満足そうに唸った。少しだけ、誇らしい気持ちになった。





 その日の夕方。僕は報告のためにモンスター管理課へ戻ると、カルロスさんが迎えてくれた。


「なるほど、路線変更か。いい着眼点じゃないか」


 思ったよりも好反応だ。これは次の提案も通るかもしれない。


「そこで、提案なんですがゴブリンの配置を変えませんか?」


「配置を変える? どうしてだ?」


「ゴブリンは愛嬌があるということで、一部から支持されています。三層目にも配置すれば冒険者もやる気が出るんじゃないですかね。強めのゴブリンを配置すれば、ゴブリン側も満足するでしょう。以前のようにストライキは起きないと思います」


 カルロスさんは少し唸ってから、頷いた。


「なるほど、一理あるな。よし、採用だ」


 これなら、モンスターも冒険者も、双方にとってメリットがある。管理課としても、ダンジョンの回転率が上がれば文句は出ないはずだ。


「さて、明日はギルドの受付で働いてもらう。覚悟しとけよ」


 その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。あのジャスミンさんの言葉が脳裏に蘇る。


「モンスターよりも厄介な冒険者もいます」


 ――どうか、明日が平和でありますように。


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