「シモン、出張してこい」
僕はポカーンと口を開ける。出張? どこへ?
「ああ、言葉が足りなかったな。ギルドへの出張だ。ジャスミンには伝えてある」
「えーと、出張とは……? ジャスミンさんとは、ずっと連携をしてきたはずですが」
モンスター管理課とギルドは裏で手を組んでいる。出張の意図が分からない。
「つまり、冒険者と接することで、新たな視点を得るのが今回の目的だ。俺も、昔に経験したことがある。間違いなくレベルアップできる。今後、後輩を持つためには、いつまでも新米じゃダメだからな」
カルロスさんの言うことはもっともだ。さて、出張の準備をしますか。
「あ、出張と言ってもギルドは近いから、荷造りは不要だぞ」
なんだ、それじゃあ毎朝宿舎でカルロスさんと顔を合わせるから、出張という気分がしないな。
「まあ、頑張れよ!」
ギルドに着くと、ジャスミンさんが笑顔で迎えてくれる。
「今日から二日間ギルドで働いてもらいます。モンスターと冒険者は違います。モンスターよりも厄介な冒険者もいます。気をつけてくださいね」
ゆるふわな感じだが、言葉からは「覚悟しろよ」という印象を受けた。
「で、具体的には何をするんですか?」
「まずは、武器屋で働いてもらいます。モンスターの素材がどうなるのか、見て欲しいのです」
「えーと、武器屋で働くのはいいんですが、一日だけって武器屋の人が怪しまないですか?」
「大丈夫ですよ。これを渡しましたから」
ジャスミンさんは、麻袋を掲げる。なるほど。お金ですべてを解決するわけか。
「ほう、お前が職場体験をしたいという小僧か。俺はマイクだ。まあ、仲良くやろうぜ」
マイクさんは筋肉隆々で、武器屋のイメージ通りだった。
「さて、いきなりだが仕事だ。接客を頼むぞ。あそこに商品があるから、少し盛った説明をして買いたくなるように仕向けろ」
ああ、やっぱどこもこんな感じなんだな。
「ちょっと商品の特徴を勉強しますね」
僕は近くにあった短剣を手に取る。これは、持ち手に何かの革が使われている。たぶん、ゴブリンのものだな。つまり、安物だ。これを買う気にさせるなら……ゴブリンのボスのものと説明すれば良さそうだ。
「観察はじっくりしてくれ。今日の売り上げ次第で、お前さんへの支払いが変わるからな」
「いらっしゃいませ! 色んな武器を仕入れていますよ!」
声を張り上げるが、誰も止まる気配はない。当たり前か。ここより大きい武器屋があるのだから。
「あー、何かないかな。ここを盛り上げる秘策が」
こういう時、カルロスさんなら「任せたぞ」と放り投げてくるに違いない。マイクさんは、そんなことはしないが指導するつもりはないらしい。実践あるのみということだろう。
「ゴブリンの短剣か……。エミリーさんなら、どう売るかなぁ」
ゴブリンと言えば、一層目にいて群れている印象しかない。待てよ、この前の「モンスター総選挙」ではゴブリンの票が多かった。その理由の一つが「群れているが、愛嬌がある」だった。それを活かせば売れるに違いない。
「いらっしゃい! ここには『ゴブリン革の短剣』がありますよ。あの愛嬌あるゴブリンのですよ!」
そうだ、実用性で他の武器屋に対抗するのは無理がある。路線を変えればいいんだ。
「ほう、面白い考えだな。お前、商才があるかもしれんぞ」
マイクさんも満足げな表情だ。
「なるほど、路線変更か。いい着眼点じゃないか」とカルロスさん。
毎日出張の成果を報告するからモンスター管理課に来るわけだけど、なんだか不思議な感じがする。
「そこで、提案なんですがゴブリンの配置を変えませんか?」
「配置を変える? どうしてだ?」
「ゴブリンは愛嬌があるということで、一部から支持されています。三層目にも配置すれば冒険者もやる気が出るんじゃないですかね。強めのゴブリンを配置すれば、ゴブリンも満足するでしょう。以前のようにストライキは起きないと思います」
「なるほど、一理あるな。よし、採用だ」
これなら、モンスターも冒険者も不満はないはずだ。
「さて、明日はギルドの受付で働いてもらう。覚悟しとけよ」
僕は嫌な予感がした。そして、ジャスミンさんの言葉を思い出した。「モンスターよりも厄介な冒険者もいます」という言葉を。