「おい、シモン。問題発生だ。ギルドで『鏡付きの盾』の売れ行きがよくない。ジャスミンから、そう報告があった」
朝一番にカルロスさんからそう告げられて、僕の頭の中には疑問符が渦を巻いた。バジリスク対策の定番アイテムだったはずだ。売れない理由が見当たらない。
「バジリスクの目を見たら、死ぬ」と昔から言われている。もちろん、実際のダンジョンでは“死なない程度”に調整されているけれど、それでもその恐怖は冒険者たちの中に深く根付いているはずだった。
「冒険者の奴ら、『実際に存在するなら、誰も報告できないって』主張している」
なるほど――そう来たか。たしかに、そういう理屈になる。バジリスクと遭遇したら即アウト。だったら、見たという証拠を誰も出せないのは当然かもしれない。
「確かに。言われてみれば、そうかもしれません……」
僕はうなずきながら、次の一手を考える。売れないのは、存在を信じていないから。ならば、バジリスクがいることを「間接的に」示せばいい。姿が見えなくても、何か反応があるなら、冒険者たちはそれを信じるだろう。
「では、これはどうでしょうか。バジリスクの鳴き声を聞いたヘビは逃げ出します。それを利用するんです。バジリスクの鳴き声の録音を流して、ヘビがパニックに陥るようにします。冒険者は『バジリスクがいるから、ヘビが逃げる』と勘違いするので、姿を見なくてもバジリスクの存在を信じるはずです」
自分でも悪くない案だと思った。モンスター管理課として“演出”を用いるのは、決して卑怯じゃない。むしろ、モンスターの脅威を適切に伝えるのは僕たちの責任でもある。
「ナイスだ! シモン、ジャスミンに伝えてくれ。『盾の売り上げは戻る』って」
カルロスさんの目がキラリと光った。頼れる先輩にそう言ってもらえるのは、何よりも励みになる。
「まあ、面白い作戦ですね。売り上げが戻れば、モンスター管理課へ渡すお金が増えます。でも……」
ジャスミンさんは、珍しく語尾を濁した。普段は即断即決の彼女が迷うときは、たいてい面倒な現実が待っている。
「でも?」
「バジリスクは蛇の王です。一匹しかいません。その一匹はダンジョンを彷徨っています。どう探すんですか?」
ああ、やっぱりそうきたか。存在が希少すぎるという、最大の盲点。録音するにしても、まず本物を見つけなければ話にならない。
「そうだ、バジリスク発見ミッションを出しましょう。バジリスクを見つけるだけで報酬を出すんです。これなら、僕たちが探す手間が省けます!」
名案だ、と自画自賛しながら提案する。冒険者の好奇心と報酬欲を利用すれば、きっと誰かが見つけてくれるはず。
「なるほど、それはいいですね。では、探索用にヘビを入荷しておきます。ヘビを連れ歩けば、冒険者もバジリスクを見つけやすいですから」
さらりと言ってのけるジャスミンさん。ヘビを「仕入れる」とはなかなかのワードセンスだ。だが、現場は大変なことになりそうだな。
ヘビを連れて歩く冒険者たち……想像すると、ちょっとしたコメディだ。でも、作戦としては確かに筋が通っている。
「お、どうだった? ジャスミンの反応は」
カルロスさんが片眉を上げて、僕を迎える。
「完璧です! ヘビを大量に仕入れるそうです」
親指を立てて、満面の笑みで報告すると、カルロスさんも笑った。
「よくやった! これで、ギルドの売り上げも戻る。上に言ってやるよ。『シモンの給料を上げるように』って」
「本当ですか!?」
心の中でガッツポーズを取った。ようやく認められた気がする。いや、それ以上に、働いた結果が形になることが何より嬉しかった。
――だが、それはぬか喜びだった。
数日後、僕はモンスター管理課のトップ、ライルさんに呼び出された。場所は例の、重苦しい執務室。これは……昇進の話じゃなさそうだ。
「来てもらったのは、バジリスク問題の関係だ」
声は淡々としている。でも、何かよからぬ気配を感じる。
「期待を壊すようで申し訳ないが、給料アップの話はなしだ」
「え?」
瞬間、全身から力が抜けた。あのときの希望、どこへ行った。
「確かに、バジリスク捜索問題は解決した。だが、問題が一つ。盾の売り上げは戻らなかった」
「なぜですか? バジリスクの存在が知られれば……」
「盾は高価だが、ヘビは安い。つまり、冒険者たちは『バジリスクに遭遇しないように、ヘビを持ち歩く』ことにしたんだよ」
……確かに、合理的だ。バジリスクと接触さえしなければ、盾なんていらない。そして、ヘビを持てばそれが避けられる。冒険者の行動は、正解だった。
「では、こうしてはいかがでしょうか。メデューサを投入しましょう。これなら、ヘビでは対策できません」
反射的に提案していた。今度こそ、冒険者たちを動かせるはずだ。
「ふむ、君の意見を採用しよう。鏡付きの盾はメデューサ対策にもなる。有用な提案を二つしたんだ。給料はその分上げよう」
ライルさんの言葉が、神の啓示のように胸に響いた。報われた。僕はついに報われた!
「盾が売れた分だけ上乗せだ。これからも頑張りたまえ」
「はい!」
思わず立ち上がって答えた。だが、その次の言葉で現実に引き戻された。
「代わりに、売れ残ったヘビを引き取ってくれ」
……はい? ちょっと待って。
けれど、すぐに頭が回転を始める。こうなったら、もう一案!
「それなら、こうしましょう。余ったヘビをメデューサの頭につけるんです。メデューサの迫力もアップしますよ!」
しばらくの沈黙。やってしまったか? と焦る僕に、ライルさんが静かに笑った。
「採用だ」
その一言で、また報われた気がした。
「君なら、いつかカルロスを越えるかもしれん。期待しているよ」
ああ、給料よりも嬉しい。僕は、モンスター管理課の一員として、やっと一歩を踏み出せた気がした。