「ちょっとした問題が発生した。ドラゴンをメインに討伐する冒険者だ」
カルロスさんの顔に、明らかに困ったような皺が寄っている。その声音は、ただの愚痴というより、深刻な頭痛の種を抱えたような響きだった。
「カルロスさん、別にいいんじゃないですか? 冒険者のスタイルですから」
僕は肩をすくめながら返す。ドラゴンを狙うのはロマンがあるし、倒せるものなら倒したい。そう思う冒険者がいるのは当然だ。
だが、カルロスさんはため息をついたまま、机の上の報告書に目を落とす。
「F級ばかり討伐するんだ」と、頭を抱えながら言葉を続けた。
僕の脳裏に、ある冒険者の姿がよぎった。いつか見た、見栄えだけは派手な装備に身を包んだ男。F級ドラゴンばかりを倒し、「俺はドラゴン殺しだ」と吹聴して回っていた。
「しかも、そいつは『ドラゴン殺し』を自称している」
その言葉には苦味があった。名ばかりの称号に、誇りも重みもない。ただ、ドラゴンという言葉の響きだけで人気を集めるやり口に、僕も嫌悪感を覚える。
「じゃあ、S級を投入しましょうよ」
無意識にそう口にしてしまったが、言った瞬間に後悔した。エミリーさんがどれだけ育成に時間と手間をかけているか、僕は誰よりもよく知っている。
「……あのー、ドラゴンだから目立つのであって、ゴブリンならそうはならないのでは? つまり、ゴブリンの討伐報酬を上げては?」
提案は口をついて出たが、現実はそう甘くない。カルロスさんは首を横に振った。
「シモン、それじゃあギルドが破産する」
短く、それでも的確な一言だった。討伐報酬には限界がある。需要と供給、そして予算。全てを考慮すれば、そんなに簡単には動かせない。
どうすればいい? どうすれば“せこいドラゴン殺し”に引導を渡せるのか。
「じゃあ、期間を決めてドラゴンを配置しないことにしましょう。ドラゴンがいなければ、討伐はできません。そうすれば、『ドラゴン殺し』も懲りるでしょう」
自分でも妙案だと思った。敵がいなければ、狩ることもできない。狩れなければ、誇ることもできない。
「それでいこう。エミリーに相談してくる」
カルロスさんはすぐに立ち上がった。その背中には、久しぶりに前向きな決意がにじんでいた。
「ドラゴン撤退で合意が取れた。さて、明日からの動向が楽しみだ。特に『ドラゴン殺し』の」
その言葉には、ほんの少しの皮肉と期待が混じっていた。彼がどんな顔をするのか。それを考えるだけで、少し気が晴れた。
さすがに、彼の名声も地に落ちるだろう。名だけの称号など、すぐにボロが出る。
「ただ、エミリーは心配してたんだ。『何か嫌な予感がする』って」
カルロスさんはふと眉をひそめた。エミリーさんの直感は侮れない。彼女はいつも冷静で、論理的だ。でも、そんな彼女が“予感”などという曖昧な言葉を使うとき――それは、注意する価値がある。
「杞憂ですよ。問題ないように思います」
僕はそう言ったが、胸の奥に小さな違和感が残った。口にするほど自信があるわけでもなかった。
数日後、「ドラゴン殺し」はぴたりとダンジョンに姿を見せなくなった。やはり、彼はドラゴンという看板がなければ動かない。戦士ではなく、演者だったのだ。
「エミリー、ドラゴンを配置し直すぞ」
「言いにくいんだけど、そう簡単にはいかないの」
僕は思わず眉をひそめた。配置だけなら、書類仕事だ。なぜ難しい?
「ドラゴンに問題が出てきたのよ。彼ら、実戦から離れてたから、なまってるのよ」
予想外だった。まさか、ドラゴンまでが“戦線離脱”の影響を受けていたとは。戦いの感覚は、彼らにとっても消耗品らしい。
「じゃあ、こうしよう。低層にドラゴンを配置する。そして、実戦感覚を取り戻させるんだ」
いわば調整試合だ。いきなりS級のフィールドに戻すより、段階を踏んで慣らす方が安全だ。
「でも、新米冒険者には難易度が高くないですか?」
エミリーさんが慎重に言葉を選ぶのも無理はない。
「大丈夫。簡単なミッションが増えるから」とエミリーさんはすぐに続けた。
「ドラゴンに負けた冒険者は、何かしらの落とし物をするわ。だから、こういうミッションを追加すればいいのよ。『冒険者の落とし物を拾え!』って。ギルドに要請しましょう。『レアアイテムも混ぜるように』ってね」
なるほど。損失だけでなく、収穫もある。冒険者は再挑戦を促され、ドラゴンは経験を積み直す。ギルドはレアアイテムを使って新米を呼び込める。誰もが“表向き”は得をする――
その裏にある事情を知らなければ、だが。