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厄介な冒険者編

第13話 ドラゴン討伐専門家、現る

「ちょっとした問題が発生した。ドラゴンをメインに討伐する冒険者だ」


 カルロスさんの顔に、明らかに困ったような皺が寄っている。その声音は、ただの愚痴というより、深刻な頭痛の種を抱えたような響きだった。


「カルロスさん、別にいいんじゃないですか? 冒険者のスタイルですから」


 僕は肩をすくめながら返す。ドラゴンを狙うのはロマンがあるし、倒せるものなら倒したい。そう思う冒険者がいるのは当然だ。


 だが、カルロスさんはため息をついたまま、机の上の報告書に目を落とす。


「F級ばかり討伐するんだ」と、頭を抱えながら言葉を続けた。


 僕の脳裏に、ある冒険者の姿がよぎった。いつか見た、見栄えだけは派手な装備に身を包んだ男。F級ドラゴンばかりを倒し、「俺はドラゴン殺しだ」と吹聴して回っていた。


「しかも、そいつは『ドラゴン殺し』を自称している」


 その言葉には苦味があった。名ばかりの称号に、誇りも重みもない。ただ、ドラゴンという言葉の響きだけで人気を集めるやり口に、僕も嫌悪感を覚える。


「じゃあ、S級を投入しましょうよ」


 無意識にそう口にしてしまったが、言った瞬間に後悔した。エミリーさんがどれだけ育成に時間と手間をかけているか、僕は誰よりもよく知っている。


「……あのー、ドラゴンだから目立つのであって、ゴブリンならそうはならないのでは? つまり、ゴブリンの討伐報酬を上げては?」


 提案は口をついて出たが、現実はそう甘くない。カルロスさんは首を横に振った。


「シモン、それじゃあギルドが破産する」


 短く、それでも的確な一言だった。討伐報酬には限界がある。需要と供給、そして予算。全てを考慮すれば、そんなに簡単には動かせない。


 どうすればいい? どうすれば“せこいドラゴン殺し”に引導を渡せるのか。


「じゃあ、期間を決めてドラゴンを配置しないことにしましょう。ドラゴンがいなければ、討伐はできません。そうすれば、『ドラゴン殺し』も懲りるでしょう」


 自分でも妙案だと思った。敵がいなければ、狩ることもできない。狩れなければ、誇ることもできない。


「それでいこう。エミリーに相談してくる」


 カルロスさんはすぐに立ち上がった。その背中には、久しぶりに前向きな決意がにじんでいた。





「ドラゴン撤退で合意が取れた。さて、明日からの動向が楽しみだ。特に『ドラゴン殺し』の」


 その言葉には、ほんの少しの皮肉と期待が混じっていた。彼がどんな顔をするのか。それを考えるだけで、少し気が晴れた。


 さすがに、彼の名声も地に落ちるだろう。名だけの称号など、すぐにボロが出る。


「ただ、エミリーは心配してたんだ。『何か嫌な予感がする』って」


 カルロスさんはふと眉をひそめた。エミリーさんの直感は侮れない。彼女はいつも冷静で、論理的だ。でも、そんな彼女が“予感”などという曖昧な言葉を使うとき――それは、注意する価値がある。


「杞憂ですよ。問題ないように思います」


 僕はそう言ったが、胸の奥に小さな違和感が残った。口にするほど自信があるわけでもなかった。





 数日後、「ドラゴン殺し」はぴたりとダンジョンに姿を見せなくなった。やはり、彼はドラゴンという看板がなければ動かない。戦士ではなく、演者だったのだ。


「エミリー、ドラゴンを配置し直すぞ」


「言いにくいんだけど、そう簡単にはいかないの」


 僕は思わず眉をひそめた。配置だけなら、書類仕事だ。なぜ難しい?


「ドラゴンに問題が出てきたのよ。彼ら、実戦から離れてたから、なまってるのよ」


 予想外だった。まさか、ドラゴンまでが“戦線離脱”の影響を受けていたとは。戦いの感覚は、彼らにとっても消耗品らしい。


「じゃあ、こうしよう。低層にドラゴンを配置する。そして、実戦感覚を取り戻させるんだ」


 いわば調整試合だ。いきなりS級のフィールドに戻すより、段階を踏んで慣らす方が安全だ。


「でも、新米冒険者には難易度が高くないですか?」


 エミリーさんが慎重に言葉を選ぶのも無理はない。


「大丈夫。簡単なミッションが増えるから」とエミリーさんはすぐに続けた。


「ドラゴンに負けた冒険者は、何かしらの落とし物をするわ。だから、こういうミッションを追加すればいいのよ。『冒険者の落とし物を拾え!』って。ギルドに要請しましょう。『レアアイテムも混ぜるように』ってね」


 なるほど。損失だけでなく、収穫もある。冒険者は再挑戦を促され、ドラゴンは経験を積み直す。ギルドはレアアイテムを使って新米を呼び込める。誰もが“表向き”は得をする――


 その裏にある事情を知らなければ、だが。

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