「まさか、そんなマニアがいるなんてね……」
モンスター攻略本を出した冒険者の次に現れたのは足跡マニア。モンスターの足跡を収集するなんて、かなりの変人だ。そんなことをすれば、モンスターに襲われて瀕死になりかねないというのに。
「でも、今回は放っておいていいのでは? その人の趣味ですから」
エミリーさんは首を横に振る。
「その冒険者、足跡集を出版するつもりよ。そして、それが出回れば足跡を見てモンスターを避けて三層目まで行くのも簡単になるわ」
なんてことだ。収集マニアが意図しない使い方をする輩が出るのか!
「今日はカルロスはいないわ。出張中だから。つまり、私たち二人でなんとかする必要があるわ」
エミリーさんも優秀だが、専門はモンスターの教育。僕も新米を脱しつつあるけれど、なんでも出来るわけではない。ここのトップのライルさんも違う部署との打ち合わせで不在。最悪のタイミングだ……。
「さて、問題のマニアはゴブリンをはじめ、オーク、ドラゴンの足跡を集めているわ」
「ちょっと待ってください! ドラゴンも収集済みなんですか!?」
「もちろん、F級よ。それでも、十分すごいわ。そこらの冒険者より腕は確かね」
そんな冒険者を止める手立てはあるのか?
「では、マンドレイクをぶつけては? つまり、彼らは引き抜けば悲鳴をあげます。その絶叫なら――」
「それじゃあ、止めることはできないわ。耳栓をすれば済んでしまうもの」
エミリーさんのため息が部屋に広がる。
こいつは参ったな……。足跡のないモンスターがいれば、いいのに。足跡がない? いるじゃないか、適任が!
「エミリーさん、スライムですよ、スライム。彼らは足がありません。ですから、収集不可能です!」
「ナイスアイディアよ! さっそく、冒険者にスライムをぶつけるわよ」
「カルロスさん、どうでしたか出張は」
「ギルドの受付の研修はいつまでたっても慣れないな。ジャスミンの奴、よく毎日冒険者を相手できるな……」
僕は思い出した。ゴブリンを鬼と偽って報酬を余分に取ろうとした厄介な冒険者を。
「さて、状況は聞いている。マニア対策をしたらしいな。だが、さっきジャスミンから連絡があった。『スライムの跳ねた跡』を足跡として収集したらしい」
嘘だろ……。確かに足跡かもしれないけれど。これ以上の対策は思いつかない。足跡がないモンスターなんているのか?
「お手上げよ。三層目まで突破されるのはしょうがないわ。四層目に強力なモンスターを配置して、マニアを止めるしかないわね」
カルロスさんも「一層目に強いのを配置すると、新米が減るからなぁ」と諦めムードだ。
いや、何か手はあるはず。諦めるな、考えるんだ。マニアの上をいく策を。そう、バジリスクの盾を売り捌いた時みたいに。……バジリスク?
「一つ提案です。バジリスクをぶつけましょう」
「何がしたい。マニアにとっちゃ、バジリスクを討伐するのも楽勝だろう」とカルロスさん。
「違います。マニアは足跡が目的です。でも、バジリスクには足がありません。彼は這いずって移動しますから。つまり、這いずった跡を『足跡』と言うのは無理です。どこまでも這いずり回りますから。どれが足か分かりませんし、足の数すら記録できません。マニアが求める『足跡コレクション』には向かないんです!」
バシーンと音を立てて、カルロスさんが背を叩く。
「それだ! バジリスクは相手にするのも厄介だ。これで、万事解決だ」
「ほう、君たちも連携がよくなってきたじゃないか」
「ライルさん!」
そこには、他部署との打ち合わせを終えたライルさんの姿があった。
「少ししたら、他の部署との合同作業が続く。先に言っておくと冒険者より厄介かもしれん。だが、君たちなら完遂してくれると信じているぞ。幸運を祈る」