「おーい、今日は『アイテム配置課』からの要望に応えるぞ」
朝からカルロスさんの声が響いた。ダンジョンのモンスター配置を担当する「モンスター管理課」の一日が、また慌ただしく始まる。
え、そんな部署あったっけ? それとも、僕の知識不足か? 脳内で部署の一覧を引っ張り出そうとしたけど、そんな名前は見当たらない。
「シモン、安心しろ。新しくできた部署だから知らなくて当然だ」
カルロスさんは椅子にもたれながら笑う。「もともと、ノーマルアイテム部門とレアアイテム部門に分かれていたのを合体させただけだ」と補足してくれた。
なるほど、組織改革ってやつか。だけど、名前だけ聞くと妙に強そうだな。アイテムを配置するだけなのに。
「それで、要望とやらは何? 『植物管理課』みたいな無茶ぶりは勘弁よ……」
エミリーさんが肩をすくめながら机に肘をつく。あの一匹マンドレイク事件のことは、まだ根に持っているらしい。僕もだけど。
「さて、『アイテム配置課』の要望だが、新しいレアアイテムの門番が欲しいらしい」
「え、それだけですか?」
一瞬、拍子抜けしそうになったけど、カルロスさんの表情が妙に厳しい。これは嵐の前触れだ。
「その考えは甘いぞ、シモン。今回も一筋縄にはいかないんだ。レアアイテムだから配置するのは三層目と決めているらしい。そんでもって、宝箱に入れるからミミックを配置して欲しいとのことだ」
「えーと。つまり、ダミーとしてのミミックと、本物のアイテムを守る門番モンスターが必要と。そんなに難しいとは思えないですが……」
「さらに注文は続く。『ミミックの数は百体にしろ』と言い出した」
百体!? 一匹の次は百匹とは! 口が勝手に開いたまま戻らない。部署が違うだけで、こんなに振れ幅があるなんて、もはや芸術の域だ。
「そのー、向こうの意図は何でしょうか? そんなにダミーを置く必要が分からなくて……」
「それなんだが、なんでも『宝探し大会ミッション』を考えているらしい」
ああ、そういうことか。ダンジョンを遊園地にでもする気かよ。まるで子供向けのイベントみたいだ。
「でも、ミミックを配置すれば済むはずでは……?」
「シモン、ミミックは五十匹しかいないわ」
エミリーさんが呟くように言った。目が死んでる。絶望の淵というのはこういう顔を言うのかもしれない。
おいおい、数が半分じゃないか! というか、門番のことも考えたら百匹どころの騒ぎじゃないぞ。こっちが困るのを見越しての発注か? 嫌な予感が背中を這う。
「門番はスライムにしよう。なんとか百匹手配できるはずだ。そうだろ、エミリー?」
「もちろんよ。問題はミミックね。今から残り五十匹を教育しても、実戦に出すのには間に合わないわ」
スライムなら数をそろえられる。でも、ミミックはそうはいかない。知能も高いし、何より気まぐれで、訓練にも時間がかかる。ここまで来ると、嫌がらせの域だ。
ああ、時間が欲しい。もし時間があれば……! だけど、そんな都合のいいアイディアは浮かばない。いや、まてよ。二人いれば作業も頭も倍。……そうだ、ドッペルゲンガー!
「エミリーさん、ドッペルゲンガーいますよね? 彼らはどんな理屈で冒険者と同じ姿になるんですか?」
突然の質問に、エミリーさんはきょとんとする。だが、すぐにいつもの理知的な表情に戻った。
「ドッペルゲンガー? 簡単にいえば、十メートル範囲にいる生き物の姿に変わるの。記憶とかまでは再現できないけど、見た目や動きはかなり精度が高いわよ」
「生き物なんですね? そうならば、こんな作戦はどうでしょうか。『本物のミミックのそばにドッペルゲンガーを置く』というのは」
カルロスさんがすぐに反応した。手のひらをポンと叩く、乾いた音が会議室に響いた。
「なるほど、ドッペルゲンガーにミミックのマネをさせるのか! そうすれば、ミミック不足を解決できる!」
宝箱のフリをするミミックに化けるドッペルゲンガー。そのシュールな構図が脳裏に浮かぶ。見た目は同じでも中身はスカスカ。それでも騙される冒険者が大半だろう。
「ドッペルゲンガーで時間稼ぎしたら、ミミック五十匹も育成できるわ」
エミリーさんの表情から、先ほどの絶望がすっかり消えていた。代わりに、いたずらを思いついた子供のような光が宿っている。
「さあ、『アイテム配置課』に言ってやりましょう。『うちは、失策なんかしない』ってね」