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第18話 モンスター管理課、広報デビュー?

「さっき、『企画課』から連絡があった。明日、モンスター管理課を取材したいらしい」


「取材ですか?」


 なんとも急な話だ。僕は思わず聞き返してしまった。そういう話はもっと前もって連絡があるものじゃないのか。


「なんでも、『ダンジョン運営部は人手不足だから、広報活動がしたい』らしい。まあ、確かにダンジョン運営なんかより、冒険者している方が映えるからな」


 カルロスさんはソファの背にもたれ、天井を仰ぎながら肩をすくめた。どうやら内心、めんどくさいと思っているらしい。


「じゃあ、うちが広報されるのは、他の部署より映えるからですかね?」


 僕は少し皮肉交じりに言ったが、カルロスさんは軽くうなずいた。


「そうなる。だから、明日は何があっても失敗は許されない」


「そんなに気にする必要あるかしら。日常の方が親近感が出るはずよ」


 エミリーさんは、書類整理の手を止めずに言う。あくまでマイペースだ。特別な演出より、現場のリアルさを重視するタイプだ。


「まあ、どっちの路線にせよ、ダンジョン運営部の人手不足解消に役立てばいいさ」


 カルロスさんがぼそっと言ったその言葉には、切実な疲労感が滲んでいた。





「えー、私は『企画部』のマークです。そして、こちらが撮影班。今日はよろしくお願いしますよ」


 取材当日。やけにテンションの高い男が、胸にIDカードを提げて現れた。その後ろには、無言でカメラを構えるスタッフたち。みな一様に慣れた足取りだが、どこか舞台裏のような空気がある。


「こちらこそ、よろしく。先に言っておくが、撮影禁止のエリアもある。特に、モンスター教育現場だ。弱点がバレちゃ、冒険者が有利になるからな」


 カルロスさんの声は、いつもより一段低い。ギルドとしての立場と責任を意識しているのだろう。


「もちろん、分かってますよ。自然体を撮りたいので、カメラは気にしないでください」


「よし、分かった。お、来客らしいぞ。シモン、対応頼んだ」


「了解です」


 僕は軽く頷き、ドアに向かった。ノックもせず開けてきたその人物に、僕は一瞬で緊張が走った。


 そこには、有名冒険者が立っていた。


 あ、これはまずい。カメラがこちらに寄ってくるのが視界の端に見えた。


「おい、ドラゴンを用意してほしい」


 その一言に、撮影スタッフがざわめく。マークさんが声を弾ませた。


「S級ですね。さすが、有名冒険者は違いますね。自ら強いドラゴンを要望するとは!」


 だが、次の言葉で、現実が露わになる。


「あん、なんだこいつら。まあ、いい。金はここにあるから、いつものようにF級を手配してくれ」


 あちゃー。僕は心の中で頭を抱えた。これは完全にヤラセだ。


「……かしこまりました。用意できましたら、連絡しますね」


 冒険者が去ると、マークさんが首をかしげながら尋ねてくる。


「今の何ですか?」


「ようは、ヤラセですよ。自分の名声を上げるために、F級ドラゴンを討伐して目立ちたいんです。あ、今のシーンは放送禁止ですよ!」


「も、もちろんです! 業務を続けてください」


 マークさんの顔が少し引きつっていた。理想の絵が次々崩れていくのがわかるのだろう。


「シモン! 『アイテム配置課』から、レアアイテムの門番が欲しいと連絡があった。まったく、この前はミミック百匹用意しろなんて無茶振りしてきたくせに……」


 カルロスさんの声に、僕は慌てて手で制した。


「カルロスさん、それは伏せておくべきでは……?」


 このやりとりさえも、カメラに収められていたらどうしようと冷や汗が滲む。


 部署間の不仲が公になれば、ダンジョン運営部全体の印象が地に落ちてしまう。


「言われなくても分かります。ここもカットします!」


 マークさんは理解を示したものの、明らかに落胆していた。撮れ高ゼロの予感が、彼の顔ににじんでいる。


「じゃあ、ドラゴンの育成現場を撮らせてください! 映えること間違いなしです」





「なるほど、それで教育現場に来たわけね。撮影していいのはドラゴンだけよ」


 エミリーさんは腕を組み、撮影班を睨むように見渡す。その目は厳しいが、同時にどこか母性も感じさせた。


「じゃあ、まずはドラゴンについて簡単に説明するわ。ドラゴンにも強さがあって、三層目になると強いのが配置されるわ」


 撫でられたドラゴンは、少し気持ちよさそうに目を細めた。カメラのレンズが、その動作を逃さず追っている。


「それで、この子は絶賛教育中なの。私の言うことを聞くように。そうじゃないと、配置後に移動をするのに苦労するからね」


「なるほど、それは素晴らしい!」


 その時だった。ドラゴンが急に鼻息を荒くし、次の瞬間、炎を吐いた。


 ドカンッという音とともに、マークさんの姿が黒煙の中に消えた。


「なるほど、威力は強いわけですね。コホン」


 ススまみれのスーツをはたきながら、マークさんが無理やり笑う。僕はいたたまれず、提案した。


「あのー、他のシーンを撮ってはどうでしょうか?」





 結局、丸一日カメラを回したわけだけど、すべてカットしなくてはいけないシーンになってしまった。ヤラセ冒険者に部署間抗争。そして、言うことを聞かない凶暴なドラゴン。


「今日に限って散々だったわね」


 エミリーさんは肩を落としながらも、どこか吹っ切れたような表情だ。


「エミリー、それはいつものことだろ?」


 カルロスさんが苦笑しながら、椅子に深く座り込んだ。


 僕たちの仕事は派手ではある。しかし、かっこいいかは別だ。コツコツとした積み重ねでモンスター管理をしているのだから。


「やっぱり、間違いなんだよ。『ダンジョン運営を盛り上げよう』なんていう考え自体がな」


 その言葉に、誰も反論はしなかった。静かな空気が室内に広がり、窓の外では、夕暮れに染まる空がどこまでも赤かった。

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