「さっき、『トラップ設置課』から苦情が入った」
今度は別の部署か。もしかして、「ダンジョン運営部」の内部抗争って、モンスター同士の争いよりも恐ろしいのでは……?
「カルロスさん、どんな苦情ですか?」
「それがだな……。どうやら最近ゴブリンがトラップにひっかかる事故が多発しているらしい」
ゴブリンがひっかかる? 彼らは初心者向けに一層目に配置されている。だからといって、知能が低いわけではない。エミリーさんが教育ミスをするのは考えにくい。では、何故そんなことが起きるのか。
「『百聞は一見に如かず』と言いますから、現地に行きましょう」
僕はリュックに一層目の地図を詰め込む。あとは食料と飲み物と――。
「シモン、お前ダンジョンに行く気か? エミリーが一緒じゃなきゃ、襲われるのが目に見えている。彼女が戻るまで待機だ」
言われてみれば、その通りだ。
「エミリーが帰ってくるのは夕方だ。暗い中ダンジョンを歩くわけにいかないから、調査は明日だな」
「へえ、なるほどね。それ、当り前よ」
エミリーさんは、サラッと言う。
「え……? どういうことですか?」
「なんて言えばいいのかしら。この前、モンスターたちがどんな風にダンジョンで過ごしてるか、調査に行ったのよ。そしたら、このあり様よ」
エミリーさんがズボンをたくし上げると、そこにはド派手な青あざがあった。
うわ、見ただけでこっちまで痛くなる。
「もしかして、ゴブリンたちが……?」
「ちょっと、そんなわけないでしょ! これは、トラップにひっかかっでできた傷よ。あの罠、巧妙すぎて見破るの無理よ」
カルロスさんはため息をつく。
「ってことは、ゴブリンが賢くても引っかかるのは当たり前だな。こりゃ、向こうの難易度調整ミスだ」
「ええ、そうよ。だから、あえてゴブリンがトラップに引っかかるように指導したの」
え、あえてゴブリンが引っかかる? どういうことだ?
「つまり、こういうことよ。トラップの難易度が高いと、初心者が引っかかって当たり前。冒険者になってルンルン気分の彼らがトラップでストレス溜まったらかわいそうでしょ? 『ここに罠ありますよ、注意してね』ってアピールするために、ゴブリンを指導したわけ」
「なるほど。さすがエミリーさんです」
僕の言葉に「持ち上げても何も出ないわよ」とエミリーさん。
「で、どうするよ。向こうの作ったトラップが難しすぎるんだろ? 難易度調整してもらうしかないな」
文句を言ってくると言うなり、カルロスさんは扉の向こうへと消えた。
「それで、トラップを変えてから数日経ったけど、冒険者の反応はどう? ジャスミン」とエミリーさん。
「えーと、初心者が見破れる難易度なので問題なさそうです。でも……」
「でも?」
「トラップがわざとらしくでかいんです。これくらい!」
ジャスミンさんは小さな体で、その大きさを表現する。
それ、人間の背の高さとほぼ一緒じゃないか。そりゃ、引っかかる冒険者がいなくて当たり前だ。
「それでですね、今度は別の問題が出てきまして。大きいがゆえに、この前はドラゴンがトラップに引っかかりました」
そうか、今まではドラゴンが引っかかることがないくらい小さいトラップだった。こりゃ、困ったことになったぞ。
「『トラップ設置課』の奴ら、難易度調整が下手すぎる。これじゃ、いたちごっこだぞ」
「あのー、カルロスさん。一回、彼らをダンジョンに送り出しては? もちろん、エミリーさんが先導して。実際に現地に行けば、どう調整すれば分かると思います」
さすがに、そうであって欲しい。
「名案だ! だが、今度は別の問題が発生しそうだな」
「と、言いますと?」
「自分たち含め、人間が引っかからないトラップにするだろうさ。そう、『トラップがあるという思い込みを利用して、トラップをしかけない』という心理的トラップに」
「それ、ナイスアイデアじゃないですか!」
「ああ、素晴らしい考えだよ。自分たちが何もしなくても給料がもらえるんだからな」