目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

多頭モンスター編

第21話 ケルベロスの受難

「なあ、エミリー。多頭モンスターって、ケルベロス以外に何がいる?」


 カルロスさんの問いかけは、相変わらず唐突だった。ついさっきまで、ソファに寝転んだままモンスター図鑑をパラパラとめくっていたのに、どうやら途中で面倒になったらしい。


 とはいえ、最初からエミリーさんに聞いた方が早かった気がする。それを言えば、下手すればゲンコツが飛んでくる。僕としては静観が正解だ。


「ケルベロス以外で? そうね……」


 エミリーさんは小さくうなずくと、資料の山の中から手を止め、指を折りながら数え始めた。


「リヴァイアサン、ナーガ、ヒュドラ、ヤマタノオロチ……このあたりが代表格ね。ほかにも地域限定の多頭モンスターもいるけど、知名度で言えばその四種かしら」


「へえ……意外といるもんですね」


 思わず口に出る。正直、ケルベロスくらいしか思い浮かばなかった。頭が多いってことは、それだけ攻撃のバリエーションもあるし、連携も取れてそうだ。冒険者からすれば、かなりの強敵だろう。


 でもその分、報酬金も多いんだよな。命を懸けるには、それなりの見返りがないと割に合わない。


「でも、急にどうしたのよ。カルロスが熱心に知りたがるなんて珍しいわね。てっきり図鑑で居眠りするかと思ってたのに」


 エミリーさんの言葉に、僕も内心うなずく。いつものカルロスさんなら途中で飽きてるはずだ。


「いや、ジャスミンから相談があってな。今度、ギルドで『多頭モンスター討伐キャンペーン』をやるらしいんだ」


 なるほど。それなら納得だ。冒険者が多頭モンスターを避けがちだから、ギルドもテコ入れに動いたのだろう。あのジャスミンさんが苦悩している様子が、目に浮かぶ。


「そういうことね。じゃあ、ちゃんと報告リストは作っておかないと」


 エミリーさんの反応はさすがの冷静さだった。


「サンキュー」


 カルロスさんは、肩の荷が下りたように表情を緩めた。眉間のしわもすっかり消えて、機嫌が戻っている。





 数日後。モンスター管理課は、頭を悩ませていた。キャンペーンの影響で、ケルベロスの討伐が急増していたのだ。


「ねえ、ギルドは『多頭モンスター討伐キャンペーン』をやってるのよね? まさか、ケルベロス以外の報告を忘れたわけじゃないわよね?」


 書類を抱えたエミリーさんが、切れ味鋭い声で切り込む。視線はまるで鷹のように鋭く、鋲のようにカルロスさんに突き刺さる。


「おいおい、そんなミスをするわけないだろ。俺を誰だと思ってんだ?」


 カルロスさんは余裕の笑みを浮かべながら言い返す。だが、その口調にはどこか頼りなさが混じっていた。


「ジャスミンが、こう言っていたぞ。『多頭モンスターを討伐して、頭の数が合計で十個になったら、豪華賞品プレゼントよ』ってな」


「……え?」


 その瞬間、エミリーさんの顔から血の気が引いた。資料の束を抱いた手がぴたりと止まり、目だけがこちらを向いている。


「この間教えたモンスターの頭の数、覚えてる?」


 彼女の声はいつになく低かった。


「ケルベロスが三つ。ヒュドラが九つ。ヤマタノオロチが八つ。リヴァイアサンとナーガがそれぞれ七つ。……ねえ、シモン。ここで質問よ。合計十個にするなら、あなたならどうする?」


 いきなりの質問に戸惑いながらも、必死に頭を働かせる。


「えっと……リヴァイアサン(七)とケルベロス(三)で、十個……ですかね?」


 自信なく答えると、エミリーさんが静かにうなずいた。


「そう、それが問題よ。みんな計算しやすい組み合わせを選んで、ケルベロスを倒すのよ。頭が三つって、調整しやすいから」


「それじゃあ、ケルベロスばっかり狙われるってことですか?」


「そういうこと。下手すれば、ケルベロスが過労死するわ。あの子、そんなにタフじゃないのよ」


 エミリーさんの一言に、僕は思わず吹き出しそうになった。けど、笑えば即ゲンコツだ。必死に口を引き結ぶ。


「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


 カルロスさんが、明らかに面倒くさそうな顔で呟く。


 うーん……と考え込んだその時、ふと妙案が浮かんだ。


「あのー、頭の合計が十個って、今は足し算だけですよね? でも、もし“差し引きして十個になる”って条件だったら、他の組み合わせも使えるんじゃないでしょうか?」


 カルロスさんとエミリーさんが同時にこちらを向く。


「たとえば、ヒュドラ(九)とヤマタノオロチ(八)を倒して十七個。そこからナーガ(七)を引いたら、十個。って感じで……」


「シモン、それだ!」


 カルロスさんは立ち上がって手を打った。まるで自分が考えたかのようなテンションである。


「なるほどね。発想の転換ってわけね。たしかにそれなら、ケルベロスへの偏りも解消できるわ」


 エミリーさんも、頷きながら手帳に何やら書き込んでいる。


「じゃあ、ジャスミンさんに伝えてきます。キャンペーン内容の微修正ですね?」


「頼んだわ、シモン」

「よろしくな、シモン」


 二人から同時に声がかかるのが、ちょっとだけ誇らしかった。





 さらに数日後。ギルドの報告によると、多頭モンスターの討伐数は見事に分散したらしい。しかも、冒険者のやる気も上々とのこと。


「これで、一件落着ね」


 エミリーさんが満足げに息を吐き、机の上の書類を整理している。モンスターたちのバランスも整って、育成の計画にも余裕ができたそうだ。


「よし、シモン。上に言っておいてやるよ。『給料を増やすように』ってな!」


 カルロスさんの軽口にも、今回は妙に力がこもっている。


 もちろん、その言葉は嬉しかった。でも、それ以上に――みんなの役に立てた。それが何よりの報酬だった。


 これで、新米からの卒業に、また一歩近づいたかもしれない。


 ふとそんなことを考えながら、僕はそっと椅子にもたれた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?