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第24話 ヤマタノオロチ、まさかのホームシック

 最近、モンスター管理課は、あることに頭を悩ませていた。ヤマタノオロチがホームシックになっていたのだ。それも、一つの首だけ。なんとも変な話だ。


「ホームシックか。そんなもん、時間が経てば治るさ」


 カルロスさんは、相変わらず投げやりな調子で言い放ち、手元の分厚い小説から目を離そうとしない。どうやら今は、魔王が恋に落ちるラブストーリーに夢中らしい。まあ、いつものことだけども。


「ちょっと、対策を真剣に考えてよ! これは、由々しき事態よ!」


 向かいのデスクでは、エミリーさんが書類をバンと叩いて主張する。真剣そのものだ。


 この二人の感覚を足して二で割れば、ちょうどいいと思うんだけどな。僕は、たぶん、そんな中間タイプのはず。……たぶんね。


 ホームシック――それは母国が懐かしくなる現象。ならば、母国の仲間がそばにいれば、少しはましになるかもしれない。


 僕は、机の端に置いた資料を見ながら、ふと思いついた。


「一つ提案ですけど。同じ国出身の鬼と一緒にしてはいかがでしょうか。一人だから、ホームシックが悪化するはずです」


 もちろん、ヤマタノオロチは首がたくさんあるのだから、すでに仲間が多いと言えなくもないけど……それとこれとは話が別、だと思う。


「なるほどね、試す価値はありそうね。早速、二匹の配置を変えてみるわ」


 エミリーさんは資料を手早くまとめながら、久々に柔らかな笑みを浮かべた。


 どうか、うまくいってほしい。





 ──数日後。

 結果は、予想外だった。ホームシック問題は、さらに悪化していた。


 ヤマタノオロチのホームシックが、同室の鬼にもうつってしまったのだ。


 どうやら、首一本が毎晩「会いたいなあ、故郷の川辺……」と語り続けたらしい。鬼もさすがに耐えられなかったようだった。


「いやぁ、こんな結果になるなんてな。これは、シモンの責任じゃない。最善を尽くしたんだからな」


 数日前の読書人はどこへやら。カルロスさんは、眉間にしわを寄せて資料とにらめっこしている。


 いや、最初からそうであってほしいんだけど。


「ねえ、一つ考えがあるんだけど」


 エミリーさんがそっと手を挙げた。その声は、いつになく自信なさげだった。彼女がこういう調子なのは珍しい。


「もう一匹、同じ地方のカッパを連れてくるのは、どうかしら? その子には、祖国の味を――つまり、キュウリの漬物という食べ物を持ってきてもらうのは?」


 カッパというモンスターは初めて聞いた。僕の勉強不足なのか、それとも専門家ならではの知識なのか。とにかく、「キュウリの漬物」という単語に、なぜか少しだけ期待感が生まれた。


「試す価値はあるな。よし、上に掛け合ってみるぞ」


 カルロスさんも、珍しく即決だ。少なくとも彼も、今の状況を深刻に捉えているようだった。





 ──そしてまた数日後。


 カッパがやって来たことで、状況は一変した。


 カッパは、見るからにおだやかで優しそうな個体だった。持参したキュウリの漬物を、ヤマタノオロチと鬼に分け与えると、あっという間に場の空気が和んでいく。

 それどころか、例の首は「ああ……祖国の味だ……」と泣きそうになっていた。


「いやぁ、何とかなるもんだな。さすが、専門家だ」


「カルロス、持ち上げても何も出ないわよ」


 二人は冗談を交わしながら笑いあっていた。


 けれど、僕はどうしても気になっていた。このままでは、また別の火種が生まれるかもしれない。


「あのー、その件なんですけど。他のモンスターが、『特定の地方だけ優遇するな』って文句を言っていて……」


 案の定だった。カルロスさんの顔から、あっという間に笑みが消える。


「こうなれば、他の地方のモンスターも平等に連れてくるしかないな。エミリー、頼んだぞ」


「……はいはい。やるしかないわね」


 エミリーさんは肩をすくめながら、分厚い「モンスター入国申請書」を机に広げた。


 その指先は、もうすでに慣れた動きでペンを走らせている。


 これで、不満が収まればいいのだけれど。





 ──さらに数日後。


 無事に他の地方のモンスターも増え、不平等問題は解決した。


 ……が、当然のように、まったく別の問題が発生した。


「モンスターの食費か。盲点だったな」


 カルロスさんが頭を抱えるのも無理はない。


 増えたモンスターの数に比例して、食材の消費量も爆発的に増えていたのだ。


「カルロスさん、食費が多くなっても問題ないのでは? 上に申請すれば……」


 僕がそう言いかけた時、エミリーさんが何かの書類をスッと差し出してきた。


「これが問題なのよ。使用した経費が少ないほど、モンスター管理課の給料は増えるのよ」


 思い出した。以前、ヤマタノオロチの「飲み合わせ問題」の時に聞いた話だ。


 つまり、今の状況は――。


「シモンも察したみたいね。そう、私たちの給料が減るってこと」


 エミリーさんはそう言って、肩をすくめて笑った。だが、その顔には、どこか満足げな光が浮かんでいる。


「まあ、モンスターが楽しいんなら、いい気がするけどね」


 さすが、モンスター専門家。この人はいつだって、モンスターの心を最優先に考えている。ここはモンスター管理課。主役はあくまで、あの不思議で愛すべき彼らだ。


 ……とはいえ、毎月これが続くのは、さすがに勘弁してほしい。

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