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夜に生きるモンスター編

第25話 一石二鳥のニンニク料理

「シモン、俺の代わりにギルドの近くにある食堂に行ってこい。ゲホッ」


 カルロスさんは、咳き込みながら僕に指示を出してきた。


 ここ数日、ずっと風邪をこじらせていて、なんとかモンスター管理課に顔を出すのが精一杯といった状態だ。正直、帰って休んでいてほしいけど、それでも出勤するあたり、ある意味で真面目なのかもしれない。


「ちょっと、私たちにうつさないでよね」


 エミリーさんは、カルロスさんからさりげなく一歩下がりながら、眉をひそめている。


 その反応は正しい。モンスター管理課は人手不足なのだ。誰か一人でもダウンすれば、その負担がどっとこちらにのしかかってくる。


「わかりました。でも、なぜ食堂に……?」


 ジャスミンさんと連携するためにギルドへ行けというならまだしも、ただの食堂。しかもカルロスさんの頼みだ。何か裏がある気がしてならない。


「ああ、説明不足だったな。最近、食堂ではニンニク料理が爆売れしているんだ。『ヴァンパイア対策をしつつ、腹を満たせる』ってな」


 確かに、それは冒険者たちにとって魅力的だろう。モンスターと戦うには体力が必要で、そのうえヴァンパイアまで現れるなら、自然と需要は高まる。


「食堂も商売で作っているんだ、ニンニク料理の禁止はできない。だが、もしニンニクがなくなれば……?」


「ヴァンパイア対策ができなくなる、ということですか」


 カルロスさんは、喉を押さえながら、うんうんと頷く。


 つまり、ニンニクを買い占めて、ヴァンパイア対策を封じようという作戦らしい。風邪のせいで頭が回ってないのか、割と強引な発想だけど、理屈としては通っている。


「了解です」


 こういう仕事に無駄なツッコミを入れても仕方がない。とりあえず実行してみるのが、この職場で生き残るコツだ。


 ニンニクの大量購入には経費がかかるが、しばらくの間、食費を抑えられるなら、給料の減少も許容範囲……たぶん。





「カルロスさん、ニンニク買い取ってきましたよ!」


 僕が持ち帰った大袋からは、強烈な匂いが漂っていた。職場に入るなり、部屋の空気が一変するのがわかる。


「よし、これでヴァンパイア対策は出来なくなるな。あとは、ニンニクの消費が問題か……」


 カルロスさんは腕を組んで思案するが、袋の中身を見て、すでに満足げな表情だ。


 どうやら、仕事の半分は終わったとでも思っているらしい。


「私は食べないからね。ヴァンパイアに近づけなくなるから」


 エミリーさんは鼻を押さえながら、明確に拒絶の意思を示す。


 その気持ちはよく分かる。僕だって、正直あまり食べたくない。


「まあ、カルロスにはいいんじゃない? ニンニクは風邪に効くって言うし」


 エミリーさんが軽く笑いながら言うと、カルロスさんは「そりゃ、初耳だ」と少し嬉しそうだ。


 これで免疫も上がるなら、まさに一石二鳥だろう。





 数日後。カルロスさんの風邪はすっかり治った。


 これでやっと通常運転に戻れる――と、思ったのも束の間。


「俺は、もっとニンニク料理を食べるぞ」


 そう言い放ったカルロスさんは、今やすっかりニンニク信者になっていた。

 いや、もはや中毒といってもいいかもしれない。しかもその理由が――。


 ヴァンパイアに近づけなくなる 、世話をしなくていい 、楽できる、という非常に単純で、そして不誠実な発想だった。


「ちょっと。楽をしようなんて考えるのはいただけないわね」


 エミリーさんは、にこやかに言いながらも、目が全然笑っていない。


 静かな怒りほど、恐ろしいものはない。職場の空気が一気にピリつくのを感じる。


 これはまずい。早く何とかしないと、管理課の空気が完全に凍りついてしまう。


 そんな時だった。空気を察してか、絶妙なタイミングで、うちのボス――ライルさんが姿を現した。


「ほう、ニンニクを巡って喧嘩か」


「そんなところです」


 上司の前では、さすがのカルロスさんも神妙な顔つきになる。


 まるで学生が先生の前で取り繕うようなその態度に、ちょっと笑ってしまいそうになる。


「一つ解決策がある。すべてのニンニクを私が食べる。そうすれば、カルロスもヴァンパイアの世話ができる。違うか?」


 その言葉に、カルロスさんの顔が一瞬で青ざめた。まるで、「終わった……」と言っているかのような絶望の表情だ。


「一人だけ楽はできないってことよ。観念しなさい」


 エミリーさんは、ライルさんの登場に満足げだ。


 見事な連携プレー。まるで用意されていたかのような展開に、カルロスさんもなすすべがない。


「そういうことだ。ニンニクはすべてもらうぞ」


 ライルさんは淡々と告げ、手際よく袋の中身を回収していく。


 まさか本当に食べるのか、と思ったけれど、僕はあることを思い出した。


――「私はニンニクが大好きでね」


 そう言っていた彼の笑顔が、今も頭から離れない。


 あれは、単なる上司の采配ではなかったのかもしれない。ニンニクを食べる権利を手に入れる、したたかな一手。さすが、ライルさんだ。


 僕にはとても真似できない。


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