モンスターのローテーション案を前に、カルロスさんと僕は、頭を抱えていた。どうしても、うまく組みあがらないのだ。あっちを立てればこっちが倒れる。バランス調整は、まるで不安定な積み木遊びのようだった。
「だーっ、ダメだ。どう組み替えても、満月の夜の狼男だけは討伐数が減らない」
カルロスさんが紙をくしゃくしゃに丸めて放り投げる。いくつ目の紙団子だろうか。ゴミ箱の周りには、まるでミミックの巣のように、失敗の山が積み上がっていた。
「銀の弾丸、やっぱり強すぎるんですよ。冒険者も満月の日は気合い入れてきますから」
僕がそう言うと、カルロスさんは手のひらをひらひらと振ってうなだれた。
「武器屋に弾丸を売るなとは言えないし、ニンニクの時みたいに買い占めても、俺たちが持てあます。うまくいかないもんだな……」
満月は月に一度。そのたびに討伐数が跳ね上がる狼男の扱いは、ローテーションの中でも最大の課題だった。僕たちはまた、そろってため息をつく。
そのときだった。ドアが軽く開いて、エミリーさんが入ってきた。柔らかく立ちのぼるコーヒーの香りとともに、いつものように静かで的確な空気を連れてくる。
「また、頭抱えてるわね。何の話?」
カルロスさんが苦笑いを浮かべ、背もたれに体を預けながら答える。
「満月の夜の狼男、どうにか討伐数減らせないかってな。あいつら、出すたびに狩られてしまうんだ」
「ふむ……」
エミリーさんは、持っていた書類の束をテーブルに置き、ふと目を細めた。
「そういえば、北の地方にいたトロールの亜種、覚えてる? 銀を好んで盗む子たち」
僕は、はっとして顔を上げた。記憶の底から、霧のように名前のない種族が浮かび上がる。
「あ、あの……冒険者の装備から銀細工だけ持ち去るっていう……爪の先まで泥棒スキル持ってるようなやつら……?」
「そう。そのトロールを、満月以外の日に配置するの。で、満月の夜には狼男だけを出す。わかる?」
エミリーさんの声は落ち着いていて、それでいて確信に満ちていた。
カルロスさんの眉がぴくりと動いた。まるで計算式の最後のピースがはまった瞬間のように、顔がぱっと明るくなる。
「……ってことは、冒険者の銀の装備が事前にトロールに盗まれてるから、満月の夜になっても銀の弾丸を持ってない可能性が高くなるってことか!」
「そう。満月の夜は、実質的に銀不足。狼男の生存率は上がる。トロールには後日、ちゃんと休暇を与えればいい。どうかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、カルロスさんは立ち上がりかけて、思いとどまり、拳を小さく握りしめた。
「……エミリー、天才か?」
感動したのか、それとも肩の荷が下りたのか、彼の目はうっすら潤んで見えた。僕もつられて頷く。これは確かに、画期的な案だ。
「これ、しっかりローテーションに組み込めば、休暇制度と戦力バランス、両方成立しますね!」
エミリーさんは肩をすくめ、口の端をわずかに上げた。
「そのくらい、最初から気づきなさいよね」
たしかに彼女の言うとおりだ。でも、それを言われてしまうと返す言葉がない。僕たちにとっては、モンスターの生態や特性をここまで組み合わせて考えるのは、まだまだ勉強中なのだ。
「よし、シモン。満月の夜の番は俺に任せろ」
カルロスさんが力強く宣言する。やけに張り切っている。理由はわかっていた。
「カルロスさん、それ月一だからじゃありませんか……?」
加えて、さっきの案を採用すれば、狼男に関するトラブルが減るからに違いない。要するに、楽できるという目論見だ。
「じゃあ、カルロスには別の手伝いをしてもらうわ。非番の狼男の世話係を頼もうかしら」
エミリーさんがさらりと言った瞬間、カルロスさんの顔がこわばった。心なしか、首元のシャツが汗ばんでいるように見える。
「狼男の世話……? それって、満月の日以外、全部か?」
「そう。どちらを選ぶ? トロールか狼男か」
エミリーさんの微笑みは、完全に策士のそれだった。
「じゃあ、僕が狼男を担当しますよ!」
カルロスさんの返事より早く、僕は声を上げた。これなら、きっとエミリーさんにも好印象に違いない。
「さすが、俺の部下だ!」
カルロスさんは感激したのか、僕の手を握って大きく振る。その勢いに、椅子が一瞬浮いたように見えた。
この状態では、とても言えない。「狼男は普段は人間と変わらないから、世話が楽だ」なんて。