「おい、シモン。モンスターのローテーション表作っとけ。今日の宿題な」
いつものように、肩の力が抜けた調子で言いながら、カルロスさんは机にどっかりと座り込む。片手には、飲みかけのマグカップ。どうやらコーヒーはもう冷めているらしい。
「え、いきなりですか!? というより、この前ローテーション作ったじゃないですか。ほら、満月の日は狼男。それ以外は、トロールだって」
僕は手元の書類を指差しながら抗議する。さすがの僕だって、先週提出したばかりのローテ表くらい覚えている。むしろ、あのときの苦労は今でも夢に出るレベルだ。
しかし、カルロスさんは眉ひとつ動かさず、つぶやくように言葉を続けた。
「それは、夜のローテーションだろ? それも、一ヶ月単位の。今度は一年単位で組んでもらう」
目の奥に宿る光が、さっきまでのけだるげな空気とは一変していた。完全に本気モードだ。
「一年単位ですか。でも、なんで急に?」
机に手をつきながら、僕は慎重に問い返す。予感はしていたが、また何か面倒事の気配がする。
「それがな、ヴァンパイアから文句があったんだ。『冬は夜が長いから、いつも長く働かされてる』ってな」
ああ、なるほど。思わず納得してしまう。確かに彼らにとって日照時間は勤務時間そのものだ。
「でも、逆に言えば夏は夜が短いから、彼らも楽なのでは?」
「まあ、そうなる。問題は、ここからだ。夏はマンドラゴラを配置する。奴らは植物だから、日が長いほど成長しやすい」
僕はうんうんと頷く。ヴァンパイアもマンドラゴラも、それぞれの性質を踏まえて配置されている。バランスは取れているように思える。
「じゃあ、雨季はどうするか。これが問題だ。マンドラゴラを配置しても、太陽光がなくちゃ成長しないからな」
「確かに。でも、雨季もマンドラゴラを配置すればいいのでは? 成長しなくても問題はないように思うんですが……」
その瞬間、カルロスさんは「お前は勉強不足だな」と言わんばかりの表情で、棚の奥からモンスター図鑑を取り出した。そして、パラパラとページをめくりながら、該当の記述を指差す。
そこには、「マンドラゴラは植物系モンスターのため、水を与えすぎると腐る恐れあり」と、太字で記されていた。
「腐る……って、それ、最悪じゃないですか」
僕はページを凝視しながら呟く。腐ったマンドラゴラなんて、臭い以前に風評被害がひどそうだ。
「つまり、雨季に適切なモンスターがいないと」
「そういうことだ。この問題を解決するのが、宿題だ」
さらりと言うけれど、これはもはや業務命令の域を超えている。カルロスさんがローテを組むのを放棄した瞬間でもあった。
僕は椅子に深く腰掛け直し、天井を仰ぎながら思考を巡らせる。水に強くて、むしろ喜ぶモンスター……。
そこで、ふと浮かんだ顔があった。青くて、皿を持っていて――
「そうだ、カッパ! 彼らは、皿が乾くと致命傷です。普段は毎朝、水を与えています。でも、雨季なら?」
パチン、とカルロスさんの手が鳴った。
「ほう、なるほど。カッパにやる水代が浮くわけか! さすが、俺の部下だ!」
僕の頭に手を乗せて、カルロスさんはぐしゃぐしゃと撫でてくる。まるで犬を褒めるみたいに。
「よし、じゃあ。次の宿題を出すか」
「え、まだあるんですか!?」
思わず椅子からずり落ちそうになる。しまった、すぐに答えるんじゃなかった。もう少し困った顔でもしておけば、次の課題は回避できたかもしれない。
――やはり、時には手を抜くことも、大事な処世術なのだ。今日のカルロスさんみたいに。