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第27話 ヴァンパイア、愚痴る

「おい、シモン。モンスターのローテーション表作っとけ。今日の宿題な」


 いつものように、肩の力が抜けた調子で言いながら、カルロスさんは机にどっかりと座り込む。片手には、飲みかけのマグカップ。どうやらコーヒーはもう冷めているらしい。


「え、いきなりですか!? というより、この前ローテーション作ったじゃないですか。ほら、満月の日は狼男。それ以外は、トロールだって」


 僕は手元の書類を指差しながら抗議する。さすがの僕だって、先週提出したばかりのローテ表くらい覚えている。むしろ、あのときの苦労は今でも夢に出るレベルだ。


 しかし、カルロスさんは眉ひとつ動かさず、つぶやくように言葉を続けた。


「それは、夜のローテーションだろ? それも、一ヶ月単位の。今度は一年単位で組んでもらう」


 目の奥に宿る光が、さっきまでのけだるげな空気とは一変していた。完全に本気モードだ。


「一年単位ですか。でも、なんで急に?」


 机に手をつきながら、僕は慎重に問い返す。予感はしていたが、また何か面倒事の気配がする。


「それがな、ヴァンパイアから文句があったんだ。『冬は夜が長いから、いつも長く働かされてる』ってな」


 ああ、なるほど。思わず納得してしまう。確かに彼らにとって日照時間は勤務時間そのものだ。


「でも、逆に言えば夏は夜が短いから、彼らも楽なのでは?」


「まあ、そうなる。問題は、ここからだ。夏はマンドラゴラを配置する。奴らは植物だから、日が長いほど成長しやすい」


 僕はうんうんと頷く。ヴァンパイアもマンドラゴラも、それぞれの性質を踏まえて配置されている。バランスは取れているように思える。


「じゃあ、雨季はどうするか。これが問題だ。マンドラゴラを配置しても、太陽光がなくちゃ成長しないからな」


「確かに。でも、雨季もマンドラゴラを配置すればいいのでは? 成長しなくても問題はないように思うんですが……」


 その瞬間、カルロスさんは「お前は勉強不足だな」と言わんばかりの表情で、棚の奥からモンスター図鑑を取り出した。そして、パラパラとページをめくりながら、該当の記述を指差す。


 そこには、「マンドラゴラは植物系モンスターのため、水を与えすぎると腐る恐れあり」と、太字で記されていた。


「腐る……って、それ、最悪じゃないですか」


 僕はページを凝視しながら呟く。腐ったマンドラゴラなんて、臭い以前に風評被害がひどそうだ。


「つまり、雨季に適切なモンスターがいないと」


「そういうことだ。この問題を解決するのが、宿題だ」


 さらりと言うけれど、これはもはや業務命令の域を超えている。カルロスさんがローテを組むのを放棄した瞬間でもあった。


 僕は椅子に深く腰掛け直し、天井を仰ぎながら思考を巡らせる。水に強くて、むしろ喜ぶモンスター……。


 そこで、ふと浮かんだ顔があった。青くて、皿を持っていて――


「そうだ、カッパ! 彼らは、皿が乾くと致命傷です。普段は毎朝、水を与えています。でも、雨季なら?」


 パチン、とカルロスさんの手が鳴った。


「ほう、なるほど。カッパにやる水代が浮くわけか! さすが、俺の部下だ!」


 僕の頭に手を乗せて、カルロスさんはぐしゃぐしゃと撫でてくる。まるで犬を褒めるみたいに。


「よし、じゃあ。次の宿題を出すか」


「え、まだあるんですか!?」


 思わず椅子からずり落ちそうになる。しまった、すぐに答えるんじゃなかった。もう少し困った顔でもしておけば、次の課題は回避できたかもしれない。


 ――やはり、時には手を抜くことも、大事な処世術なのだ。今日のカルロスさんみたいに。


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