「エミリー、シモン。大事な話がある」
カルロスさんの声からは、いつもの軽口とは異なる張り詰めたものが滲んでいた。空気が少しだけ重くなる。何か重大発表があるに違いない――まさか、モンスター管理課を辞めるなんて話じゃないよな。頼むからそれだけは勘弁してほしい。ただでさえ、人手不足なんだから。
「さっき、ボスから『明日からインターンシップが始まる』と話があった」
思わず肩の力が抜けた。ああ、そういう話か。てっきりもっと深刻なことかと思った。
「えーと、生徒が将来の職業について考えるための、アレですか?」
確認するように言うと、カルロスさんがうなずく。
「その通りだ。さて、問題なんだが、うちの課にインターンシップ生が来るのは、実に五年ぶりだ」
そう言いながら、手のひらをパーにしてこちらに突き出してくる。変に誇らしげなのが逆に不安になる。
「あれ、そんなに経ったかしら。シモンがインターンシップで来てから」
エミリーさんが首を傾げる。彼女の記憶力にしては珍しくあやふやだ。
「エミリー、それは違うな。シモンは、インターンシップなしで来た。いやー、勇敢だなぁ」
肩をすくめて笑うカルロスさんの言葉には、どこか皮肉が混じっている。「インターンシップさえしていれば、ここが地獄だと気づいたかもしれないのに」と暗に言っているようだ。
確かに、ここの仕事は楽じゃない。毎日が想定外の連続だ。でも、なんだかんだでやっていけるのは、この二人の存在があるからこそだ。そう思える自分が、ちょっとだけ誇らしかった。
「二人とも知っての通り、ダンジョン運営部はどこも人手不足だ。あの手この手でインターンシップ生を引き込もうとするだろう。もちろん、うちの課もだ。だから、何があっても失敗はするなよ」
カルロスさんの鋭い目が、僕の顔を真っすぐに射抜くように向けられる。その視線に思わず背筋が伸びる。
そんなに信用されていないのか――いや、むしろ逆かもしれない。だからこそ任せようとしているのかも。
ならば、当日の働きぶりで見返すまでだ。
「こ、こんにちは。今日からお世話になります。ラルクです」
インターンシップでやって来たのは、茶髪の男子一名。制服はきちんと着ているが、ネクタイが少し曲がっているのが妙に印象に残った。
五年ぶりのインターン生だと聞いていたけど、一人だけとは予想通り。少数精鋭……というより、完全に手探り感が強い。
「さて、今日は『モンスター改良』の研修だ」
カルロスさんが高らかに宣言する。声には妙な自信が満ちていて、どこかで「どうだ、面白いだろう」と言わんばかりだ。
だが、ちょっと待ってほしい。いきなりモンスター改良は、研修にしてはハードルが高すぎないか?
ラルクくんの顔に、「え?」という文字が浮かんでいる。まあ、無理もない。
「ま、気楽にいこうぜ。ここに、必要な材料がある。好きなモンスターを改良だ」
テーブルには、素材の入ったビンや魔導プレートがずらりと並べられている。どう見ても「気楽」な空気ではない。
ラルクくんが戸惑いながら材料を眺めている間に、僕はそっとカルロスさんの元に近づいた。
「あの、難易度高すぎませんか? これ、研修ですよ?」
声を潜めて問いかけると、カルロスさんは軽く肩をすくめる。
「そうか? エミリー、どう思う?」
軽く振られたエミリーさんは、ほんの少し考えてから口を開く。
「ものは試しよ。才能があるかもしれないし。その時は、私の居場所がなくなるかもしれないけれど」
口元には笑みがあるが、目は真剣だった。意外とこの仕事にプライドを持っているのかもしれない。
「さて、モンスター改良はできたか?」
作業を終えたラルクくんが、自信たっぷりに「はい!」と答える。声の張り方からして、手応えはあるらしい。
期待と不安が入り混じる中、彼が小さなゴーレムを手にしてこちらに見せる。粘土細工のような見た目だが、確かに動いている。
「それで、このゴーレムはどこが改良されてるんだ?」
「ゴーレムは土の配合が多いと、脆くてすぐに倒されてしまいます」
エミリーさんが、ぽつりと「事前勉強はバッチリみたいね」と呟いた。軽く感心している様子だ。
「だから、土の配合を減らしました」
え、それだけ……?
一瞬そう思ったが、ラルクくんは間を置かずに続けた。
「そして、スライムに使われる成分を加えました!」
「なるほど。つまり、倒されにくくなったわけだ。いいぞ!」
カルロスさんの目が少しだけ輝いた。褒め言葉もいつもより素直に出てきている。
「それだけではありません。もし、倒されたとしても分裂します」
今度はエミリーさんが目を細めた。スライムの分裂性質を応用したのか。
「そして、ゴーレムは自然に大きくなる性質があります。つまり、倒されるたびにモンスターが増えて、強くなるということです!」
その瞬間、カルロスさんの顔がぴくりと引きつった。モンスターが増えるということは、すなわち――。
食費が跳ね上がるということだ。
「それは名案だ。素晴らしいゴーレムだから、研究のためにしばらくダンジョン投入は先だな」
顔を引きつらせたまま、さらりと流すカルロスさん。たぶん、心の中では「経費! 経費がぁ!」と叫んでいる。
おそらくこのゴーレムが実戦投入される日は、当分来ないだろう。うん、間違いなく。