「さて、今日はインターンシップ二日目だ。そして、最終日でもある」
カルロスさんの表情は、どこか落ち着かない。肩の力が抜けたような安堵と、何か起こるのではないかという不安が、同居しているようだった。
最終日であるという安堵。これ以上、予想外の出来事に振り回されなくて済むという意味では、気持ちはよく分かる。
一方で、ラルクくんが昨日のように変なモンスターを生み出さないかという不安もあるのだろう。
正直、僕自身も気が抜けない。ここで何かやらかしてしまえば、「やっぱりシモンは頼りにならない」と思われかねないのだから。
「まあ、昨日のゴーレム改良から考えるに、彼は優秀よ。今日もグッドアイデアを出してくれるに違いないわ」
エミリーさんは、ラルクくんにかなり好印象を持っているらしい。視線が柔らかく、まるで弟を見るようだ。
「それで、今回の課題はどんなものかしら?」
「簡単に言えば、イベントの立案だな。最近、ダンジョンに向かう冒険者が減少傾向だ。ギルドにお金が落ちなければ、こちらに回ってくる資金も減る」
カルロスさんの声に、自然と緊張が走る。
これは、ただの研修ではなく、課としても無視できない課題なのだ。
確かに、モンスターの餌代も馬鹿にならないし、装備の維持費もある。人件費なんて言うまでもない。
冒険者が減れば、全てがじわじわと苦しくなる。
そんな中でのイベント立案。ラルクくんの手腕が、試される瞬間だ。
「というわけだ。さて、ラルクはどんなイベントで冒険者をダンジョンに向かわせる?」
カルロスさんが腕を組んで問いかけると、ラルクくんは「うーん」と唸りながら、顎に手を当てた。
すぐに出てこないのは当然だ。たった二日間のインターンで、現場の課題に即した案を出せと言われているのだから。
だが、その沈黙は長くは続かなかった。ラルクくんの顔が引き締まり、目が輝く。明らかに、何か思いついたと分かる。
「もうすぐ、ハロウィンです。これを活かさない手はありません」
彼の声は自信に満ちていて、こちらまで期待してしまう。
カルロスさんも腕を組んだまま、興味深そうにうなずいた。「なるほど。それで?」と先を促す。
「『おかしをくれないと、イタズラするぞ』というのが定番です。そこで、冒険者にモンスターの餌を持たせるんです。餌を与えてダンジョン攻略をするもよし、討伐して攻略するもよし。これなら、いつもと違った雰囲気を楽しめるはずです」
思わず感心してしまった。発想が柔軟で、イベントとしての訴求力も高い。
僕たち三人だけでは到底思いつかないような、外から来たからこそ見える視点だった。
「お、ナイスアイデアだ! よし、詳細を詰めるぞ。まず、サキュバスの配置を増やす」
カルロスさんの口調はいつも通り軽いが、どこかワクワクしているようにも感じる。
ただ、僕はすぐに疑問を口にした。
「えーと、なんでサキュバスを増やすのでしょうか?」
イベントとどう繋がるのか、話の流れがさっぱり読めなかった。
するとエミリーさんが、僕にそっと耳打ちしてきた。
「カルロスは、サキュバスの習性を利用するつもりよ。餌をあげないと、攻撃してくる。サキュバスの攻撃って、どんな方法かしら?」
その問いかけに少し考えてから、僕は答えた。
「キスによるエナジードレイン……でしたよね?」
すると、エミリーさんが小さくうなずく。目が鋭くなっているのは気のせいじゃない。
「もしかして、誰も餌を与えずにサキュバスからキスを貰おうとすると……?」
「そう。カルロスの考えそうなことだわ。問題は、どうやってサキュバスを救うかね」
アイデア自体は斬新だが、このままではモンスターたちの尊厳が危うい。
ラルクくんの案を活かしつつ、カルロスさんの悪ノリを止めるには――。
一瞬の沈黙のあと、僕は思いついた。
「あのー、当日は男性ダンジョンと女性ダンジョンを分けてはどうでしょうか?」
カルロスさんが不思議そうに眉をひそめる。「シモン、どういうことだ?」
「つまり、こうです。キマイラやバイコーンは『不純』なイメージがあって、女性冒険者から避けられています。彼らを男性ダンジョンに投入。そして、サキュバスを女性ダンジョンに投入する。これなら、バランスが取れるのでは?」
提案を終えると、カルロスさんは「余計な提案をしやがって」といった表情になった。
分かりやすい人だ。けれど、こっちにはエミリーさんがいる。
「なるほど、さすがシモン先輩です! どのモンスターにも配慮するのは思いつきませんでした!」
ラルクくんは目を輝かせていて、こちらが少し照れてしまうほどだ。
たまにはこういう目で見られるのも悪くない。部下ができたら、毎日このテンションで過ごしたい。
「よし、それでいくぞ。さて、インターンシップも今日で終わりだ。感想を聞かせてくれ」
カルロスさんの声に、ラルクくんは少し考え込みながら口を開く。
「楽しかったですが……」
一瞬の間の後に続いた言葉は、率直だった。
「皆さん、経費を気にされているようなので、大変そうだなと思いました」
その通りすぎて、ぐうの音も出ない。
僕も、エミリーさんも、カルロスさんも、思わず同じタイミングで苦笑いしてしまった。
「経費を気にせず活動したいので、ここは合わない気がします」
ああ、やっぱりそうなるか。予想はしていたけれど、残念だ。
「たぶん、別の課に行くと思います。その時は連携をよろしくお願いします」
別の課――たぶん、あの実験大好きな研究班か、火薬の匂いが漂う戦闘特化の課だろう。
ラルクくんのような優秀な人材を獲得できないのは痛手だ。でも、今まで三人でやってきた。
これからも、なんとかやっていけるはずだ。
そしていつか、ラルクくんにこう思わせてやろう。
「モンスター管理課に入るべきだった」と。