「おーい、ボスから指令があった」
昼下がりの空気を切り裂くように、カルロスさんのだみ声が響く。彼が指す“ボス”とは、モンスター管理課のトップ――ライルさんのことだ。普段は現場に任せきりで、自分から指示を出すことはほとんどない。それだけに、突然の「指令」は不穏な響きを孕んでいた。
「あら、珍しいじゃない。いつもは、私たちの判断を信じて指示なんてしないのに」
エミリーさんが不審そうに眉を寄せる。わかる、その気持ち。僕だって胸騒ぎがしていた。でも、聞いてみるとどうやら「罰則」でも「是正勧告」でもないらしい。ひとまず悪い話ではなさそうだ。
「それで、どんな指令なんですか?」
僕の質問に、なぜかカルロスさんは顔をしかめた。まるで、「それを俺に言わせるのか」とでも言いたげだ。
「それがな、『モンスターに休暇日を与えろ』とのことだ」
「……え、それって普通にやってることじゃないですか?」
思わず僕は突っ込む。モンスターの管理は毎日のことだが、きちんとローテーションを組んで、過労やストレスが溜まらないよう配慮している。とくにエミリーさんは、そういう面に敏感だ。
「そうよ。ちゃんとスケジュール管理してるわ。今さら何を言い出すのかしら」
エミリーさんは、明らかに自分の仕事ぶりを否定された気になっている。
「まあまあ。俺にあたっても仕方ないだろ。でな、その言葉には続きがある。『三人とも、同じ日に休むように』ってな」
「……は?」
今度は全員が固まった。冗談にしても無理がある。交代制だからこそ、何か起きたときに対応できるのに。
「なんでも、さらに上――ダンジョン運営部として、一斉休暇日を設けるとのことだ」
唐突すぎる話に、僕の頭の中も整理が追いつかない。何があったんだ?
「変な話ね。もしかして、この間の一件が影響しているのかしら」
エミリーさんの視線が遠くなる。たぶん、彼女の言う「あの件」とは、トラップ設置課の事故だろう。寝不足の状態で作業していた職員が自分の仕掛けた罠に引っかかって、右足を危うく失いかけたという話があったばかりだ。
「まあ、そうだろうな。さて、問題は『どうやって、全員が休むか』だ」
カルロスさんの視線がこちらをさまよい、アイディアを求めているのがわかる。けれど、こんな状況でパッと妙案が浮かぶわけもない。僕は苦笑しつつ、そっと首を横に振った。
「その話、これでどうにかならないかしら。つまり、バンシーだけの日。ブラックドッグだけの日。こんな感じで、不吉なモンスターだけの日を作るの。これなら、冒険者も積極的にダンジョンに行かないはずよ。もちろん、彼らには後日、《代休》を与えるわ」
理路整然とした案に、さすがエミリーさんと感心する。普段から事務と現場の両方をこなすだけある。
「お、それいいな。実は一年で五日休めという話なんだ」
カルロスさんは嬉しそうに拳を握る。
「……え? 一年で五回?」
聞き間違いかと思った。でも、彼の表情は真剣そのものだった。冗談じゃない。一年に五回だけの休みって、それで「一斉休暇」だなんて、むしろブラックの極みだ。
「ちょっと、カルロスも何か案を出しなさいよ」
エミリーさんもついにギブアップらしい。自分だけに責任が押し付けられるのは納得いかないのだろう。
「えーと、『黒猫デー』を設けるのはどうでしょうか? つまり、ダンジョン内を黒猫でいっぱいにするんです。ほら、黒猫が前を通ると不吉だっていうじゃないですか」
我ながら苦し紛れだ。でも、カルロスさんは嬉しそうに手を叩いた。
「よし、採用だ。残り二日!」
その時、扉がゆっくりときしんだ音を立てて開き、ジャスミンさんが現れた。手にした麻袋をカウンターに置くと、いつもの無表情な顔のまま口を開いた。
「十三日の金曜日。不吉とされている日です。少なくとも年に一回はあります。私が、『今日は冒険者のために、ギルドは開けません』と言えば、一日とカウントできるのでは?」
静かな提案に、一同が一瞬沈黙した後、頷き合った。
「いいぞ! あと一日だ!」
カルロスさんの声が弾むが、エミリーさんとジャスミンさんの視線が鋭く突き刺さる。
「俺も案を出せ、と?」
「当たり前じゃない!」「当然です」
プレッシャーに押され、カルロスさんは僕に視線を投げてくる。けれど、今回は味方できない。そう思って視線を逸らすと、彼は観念したようにため息をついた。
「不吉な日にすればいいんだろ? なら……悪魔の数字! 六が三つの日を作ればいいんだ。この前、ギルドは設立から六百日経ったはずだ。ギルドから、不吉な日なので開けないと言えばいいんだ」
アイディアとしては奇抜だが、それなりに筋が通っている。ただし――
「ねえ、カルロス。そのお達しだけど、毎年じゃないのかしら? 今年だけだと効果は一時的だから」
エミリーさんが冷静に指摘すると、カルロスさんは「毎年同じ方法でいいじゃないか」と返すが――
「あのー、ギルドの設立が悪魔の数字の日は、今年限りでは? つまり、一年後は別の理由が必要です」
僕のささやかな指摘に、場が凍りついた。
「じゃ、カルロスが考えなさい。ギルドに頼るのはなしよ」
エミリーさんの一言がトドメだった。カルロスさんの顔が見る間に絶望色に染まっていく。
「まあ、考える時間は一年ありますから……」
僕の慰めも虚しく、カルロスさんは「たった一年だぞ……」とボソリとつぶやく。
不吉な日なんて、そう簡単に捻り出せるものじゃない。カルロスさんが一年悩むのは確実。そして、そのツケがどこに回ってくるかも、だいたい予想がつく。
――僕だ。
だから、今のうちから案を考えておこう。そう思ってふとひらめいた。
「クリスマス休暇」。世間では当たり前の習慣だ。ギルドが「クリスマスなので閉鎖します」と宣言すれば、それだけで冒険者は来なくなるだろう。
不吉な日という縛りにこだわる必要なんて、本当はないんだ。だけど、僕はこの案をすぐに口に出すことはしなかった。
一年後、絶体絶命のカルロスさんを助ける形で言えば――きっと、僕の評価は上がる。
策士、とまではいかなくとも、ちょっとした下心ぐらいは、誰にでもあるものだ。