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第35話 昼下がりのガーゴイルたち

「なあ、最近ガーゴイルの討伐数が少なくないか?」


 カルロスさんは、分厚い報告書とにらめっこしながら眉をひそめた。手元のグラフには、赤い線が見事なまでの右肩下がりを描いている。


「あとは、リビングアーマーも同じですね。ガクッと減っています」


 僕も別の表を確認しながら、同様の傾向を指摘する。討伐数の減少は、つまり戦闘機会の減少だ。配置ミスか、何かのトラブルか──


「いつだったか、ゴーレムの討伐数がゼロになった時もあったな……」


 カルロスさんが思い出すように独りごちる。たしかあの時は、エミリーさんが構成素材を調整したせいで、ゴーレムの見た目が地面と完全に同化してしまったんだった。


 でも今回は、そんな仕様変更は聞いていない。


「悪いが、エミリーと現地を見に行ってくれ」


 カルロスさんは報告書を机に放り出し、溜息をひとつ。いつものことながら、地味で厄介な調査任務だ。




「でも、変な話ね。冒険者が石像や甲冑と見分けがつかなくても、あの子たちから襲うはずなのに」


 エミリーさんは、ダンジョンの通路を歩きながら首を傾げる。足音が石造りの床に軽く反響していた。


 本来、ガーゴイルもリビングアーマーも、奇襲専門の配置だ。静止した状態から突然動いて冒険者を驚かせ、隙を突いて攻撃する。


「たとえば、サボってるとか……? ほら、動かないとバレないですから」


 僕が冗談半分に言うと、エミリーさんは即座に否定した。


「まさか! ダンジョンに行きたいって志願したのよ?」


 その言葉に、僕は余計に首をひねった。やる気のある者ばかりだったはず。だからこそ、今の状況が理解できない。


 その時だった。


「ほら、あそこにガーゴイルが……」


 指さした先には、動かずに壁に張り付いている──ように見えた石像が一体。


 ……と思ったら、軽くいびきをかいている。


「これ、サボってないですか?」


「信じられない! ちょっと、起きて!」


 エミリーさんの怒声が、通路にビシッと響いた。すると、ガーゴイルは文字通り飛び上がり、石片がカラカラと足元に落ちる。


 その顔がエミリーさんだと気づくと、表情が強張り、体がわずかに震えた。どう見ても怒られるのを覚悟している顔だ。


「あなた、バトルがしたいって熱心だったじゃない。どういうこと?」


 ガーゴイルは口をパクパクと動かすだけで、言葉にはならない。エミリーさんの静かな怒りは、時として雄弁な説教よりも恐ろしいのだ。


 しばらくの沈黙のあと、僕は静かに口を開いた。


「エミリーさん、もしかしてですけど。育成場でビシバシ鍛えられるより、こっちの方が楽だって思ってるんじゃ……?」


 ガーゴイルの目が一瞬で泳ぎ、石肌に赤みが差した気すらする。図星らしい。


「信じてたのに!」


 エミリーさんの叫びが、いつもよりも心なしか寂しげだった。


 ガーゴイルだけじゃない。おそらくリビングアーマーたちも同様に、静かに“楽な方”に流れているのだろう。


 モンスターも意思を持つ存在だ。最初は志が高くても、慣れてくれば手を抜くようになる。それは、どこか人間と同じだった。


「でも、責めるだけじゃダメですよね。誰だって、楽をしたくなる時はある」


 僕の言葉に、エミリーさんは静かに頷いた。


「なら、環境を変えるしかないわね」


「ポルターガイストと組ませてはどうでしょうか? 冒険者が来たら彼が騒ぐ。それで居眠り防止になります」


 提案すると、エミリーさんは少し眉をひそめた。


「……本当はしたくないけれど、それが現実的ね。あの子たちを信じたいけれど、今は甘やかすわけにはいかないわ」


 ガーゴイルはしょんぼりと肩を落としていた。石の体でも、落ち込む時は分かるものだ。


 楽をしたい気持ち。サボる誘惑。どれも分かるけれど、ダンジョンは遊び場じゃない。


 僕たちも、彼らも、冒険者たちの命を預かっている。


 ──それでも。


 頑張りすぎた先に待っているのは、きっと“壊れる”ことだ。追い詰めるばかりじゃ、長続きしない。


 だからこそ、今回のような緩さも、必要なのかもしれない。


 それにしても。


「……次は、リビングアーマーが寝袋持ち込んでないか確認しないとダメですね」


 僕がつぶやくと、エミリーさんは少しだけ笑った。


 石像も、鎧も、眠たくなる日がある。


 ――それがダンジョンという場所の、ちょっと人間くさいところなのかもしれない。


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