「なあ、最近ガーゴイルの討伐数が少なくないか?」
カルロスさんは、分厚い報告書とにらめっこしながら眉をひそめた。手元のグラフには、赤い線が見事なまでの右肩下がりを描いている。
「あとは、リビングアーマーも同じですね。ガクッと減っています」
僕も別の表を確認しながら、同様の傾向を指摘する。討伐数の減少は、つまり戦闘機会の減少だ。配置ミスか、何かのトラブルか──
「いつだったか、ゴーレムの討伐数がゼロになった時もあったな……」
カルロスさんが思い出すように独りごちる。たしかあの時は、エミリーさんが構成素材を調整したせいで、ゴーレムの見た目が地面と完全に同化してしまったんだった。
でも今回は、そんな仕様変更は聞いていない。
「悪いが、エミリーと現地を見に行ってくれ」
カルロスさんは報告書を机に放り出し、溜息をひとつ。いつものことながら、地味で厄介な調査任務だ。
「でも、変な話ね。冒険者が石像や甲冑と見分けがつかなくても、あの子たちから襲うはずなのに」
エミリーさんは、ダンジョンの通路を歩きながら首を傾げる。足音が石造りの床に軽く反響していた。
本来、ガーゴイルもリビングアーマーも、奇襲専門の配置だ。静止した状態から突然動いて冒険者を驚かせ、隙を突いて攻撃する。
「たとえば、サボってるとか……? ほら、動かないとバレないですから」
僕が冗談半分に言うと、エミリーさんは即座に否定した。
「まさか! ダンジョンに行きたいって志願したのよ?」
その言葉に、僕は余計に首をひねった。やる気のある者ばかりだったはず。だからこそ、今の状況が理解できない。
その時だった。
「ほら、あそこにガーゴイルが……」
指さした先には、動かずに壁に張り付いている──ように見えた石像が一体。
……と思ったら、軽くいびきをかいている。
「これ、サボってないですか?」
「信じられない! ちょっと、起きて!」
エミリーさんの怒声が、通路にビシッと響いた。すると、ガーゴイルは文字通り飛び上がり、石片がカラカラと足元に落ちる。
その顔がエミリーさんだと気づくと、表情が強張り、体がわずかに震えた。どう見ても怒られるのを覚悟している顔だ。
「あなた、バトルがしたいって熱心だったじゃない。どういうこと?」
ガーゴイルは口をパクパクと動かすだけで、言葉にはならない。エミリーさんの静かな怒りは、時として雄弁な説教よりも恐ろしいのだ。
しばらくの沈黙のあと、僕は静かに口を開いた。
「エミリーさん、もしかしてですけど。育成場でビシバシ鍛えられるより、こっちの方が楽だって思ってるんじゃ……?」
ガーゴイルの目が一瞬で泳ぎ、石肌に赤みが差した気すらする。図星らしい。
「信じてたのに!」
エミリーさんの叫びが、いつもよりも心なしか寂しげだった。
ガーゴイルだけじゃない。おそらくリビングアーマーたちも同様に、静かに“楽な方”に流れているのだろう。
モンスターも意思を持つ存在だ。最初は志が高くても、慣れてくれば手を抜くようになる。それは、どこか人間と同じだった。
「でも、責めるだけじゃダメですよね。誰だって、楽をしたくなる時はある」
僕の言葉に、エミリーさんは静かに頷いた。
「なら、環境を変えるしかないわね」
「ポルターガイストと組ませてはどうでしょうか? 冒険者が来たら彼が騒ぐ。それで居眠り防止になります」
提案すると、エミリーさんは少し眉をひそめた。
「……本当はしたくないけれど、それが現実的ね。あの子たちを信じたいけれど、今は甘やかすわけにはいかないわ」
ガーゴイルはしょんぼりと肩を落としていた。石の体でも、落ち込む時は分かるものだ。
楽をしたい気持ち。サボる誘惑。どれも分かるけれど、ダンジョンは遊び場じゃない。
僕たちも、彼らも、冒険者たちの命を預かっている。
──それでも。
頑張りすぎた先に待っているのは、きっと“壊れる”ことだ。追い詰めるばかりじゃ、長続きしない。
だからこそ、今回のような緩さも、必要なのかもしれない。
それにしても。
「……次は、リビングアーマーが寝袋持ち込んでないか確認しないとダメですね」
僕がつぶやくと、エミリーさんは少しだけ笑った。
石像も、鎧も、眠たくなる日がある。
――それがダンジョンという場所の、ちょっと人間くさいところなのかもしれない。