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第38話 ミイラ男は濡れたくない

「暑い、暑すぎる……」


 カルロスさんは、今にも死にそうな顔をして手で仰いで風を起こしている。


 どれくらいの効果があるかは分からない。焼け石に水だろう。ただ暑いだけではない。今は雨季だからじめっとしている。暑さに湿気。最悪の季節だ。


「シモン、配置してるモンスターの調子はどうだ?」


「雨が多くてカッパは生き生きとしてますよ。僕たちとは違って」


 彼のはしゃぎようを見て、エミリーさんはにっこりとしていたな。エミリーさんはモンスターが元気なら、それで十分らしい。


「それならいい。俺らの仕事は――」


 バタンとドアが開いてカルロスさんの言葉が途切れる。


「モンスターの配置と管理だから、ですか?」


 入口に立っていたのは、ジャスミンさんだった。


 珍しくお金の入った麻袋を持っていない。ということは、ギルドで何か問題があったに違いない。


「どうした、ジャスミン」


 カルロスさんは「面倒はごめんだ」という調子だ。


「問題発生です。冒険者からこんな報告がありました。『ミイラ男に戦意がなくて、楽勝だ』と」


 そういえば、この間はガーゴイルやリビングアーマーがサボって居眠りしていたな。もしかして、ミイラ男もサボっているのか?


 僕の表情から察したのか「サボっているわけではないですよ」とジャスミンさん。


「報告によると、ミイラ男は泣いているそうです。何が原因かは分かりませんが」


「泣いている、か。こりゃ、エミリーが聞いたらぶっ倒れそうだな。ひとまず、ミイラ男を配置から外して様子を見てみるか」


 カルロスさんは、けだるそうに言った。





 ミイラ男がダンジョンから戻ってくると、すぐに異常が分かった。体を覆う包帯は湿気でびしょびしょで、濡れ雑巾のようだ。


「エミリー、ミイラ男は乾燥地帯のモンスターだよな? これ、まずくないか?」


「ええ、カルロスの言う通りよ。それに、湿気で濡れてると本体にも影響が出るわ」


 どうやら雨季の湿気だけが原因じゃないらしい。ミイラ男はめそめそと泣いている。湿気にやられて包帯が濡れる。そして、それが原因で泣いて、さらに包帯がびしょびしょになる。最悪のループだ。


「なんとかして、ミイラ男の体を乾かすのが先決ね。雨対策はその後よ」


 エミリーさんは、暖炉に薪を入れだす。


「ちょっと待った! くそ暑いのに暖炉を使うのか? 正気じゃない」と、カルロスさん。


「あのー、包帯を取り換えてはどうでしょうか? もちろん、僕たちが見ていないところで」


 ミイラ男の中身を見てはいけない気がした。


「そうだ、それだ! エミリー、お前モンスターのことになると暴走するのはよくないぞ」


 モンスターへの愛が深いのはいいけれど、深すぎると別の問題が出てくる。この前なんか、甘やかされたドラゴンがダンジョンに行きたがらずに苦労した。結局、エミリーさんが定期的に会うことで解決したのは記憶に新しい。





 ミイラ男が戻ってくると、雨対策の話になった。


「なあ、雨季はミイラ男の配置をやめるべきじゃないか? そうすれば問題解決だ」


「カルロス、そうはいかないわ。ミイラ男の代わりに配置するモンスターがいないの。絶賛教育中よ」


 ここ最近、エミリーさんがモンスターたちの教育で忙しいのは周知の事実だ。


 寝る間も惜しむから、倒れないか心配になる。


「マジかよ。シモン、何かアイデアはないか?」


「そう言われても……。動く暖炉があれば、いいんですけど」


 もちろん、そんな都合のいいものは――。


 いや、待てよ。


「火を操れる存在なら、いるじゃないですか」


 僕は自分の発想にちょっと驚きつつも、口に出した。


「サラマンダーです。彼と組ませれば、ミイラ男の包帯を常に乾燥状態に保てるかもしれません」


 言った瞬間、エミリーさんの目がぱっと輝いた。


「なるほど! 熱気をミイラ男の周囲に留めて、湿気を寄せつけない……! いいわ、それ!」


 カルロスさんは、あきれたように天井を仰ぐ。


「おいおい、俺はこの暑さで死にそうなんだぞ? よりによって火属性かよ……」


「でも、ダンジョンの中は湿気がすごいのよ。むしろちょうどいいくらいだわ」


 エミリーさんはすでに、ミイラ男とサラマンダーの相性について真剣に考えているようだった。


「サラマンダーは、手のひらサイズよ。それに、可愛いビジュアル。ミイラ男の肩にのせれば、乾燥できるしコンビとして人気がでるに違いないわ! 早速、二匹をセットで配置よ」





 数日後。またしてもジャスミンさんがやって来た。表情から察するに、またしても問題が発生したらしい。


「実は、ミイラ男たちが戦うことを放棄しているんです」


「おいおい、湿気問題は解決したはずだぞ」


 新たな問題の発生に、カルロスさんは頭を抱えている。


「湿気の問題ではないんです。二匹が言い争いをしていて」


「言い争い? 具体的には、どんな内容なんですか?」


「それが、ミイラ男は『サラマンダーは自分のペットだ』と主張しているんですが、サラマンダー側は『自分が主人だ』と……」


 言い争いと聞いてビクビクしていたが、可愛らしい内容でホッとした。


「それを見て、冒険者たちは面白がっているんです」と、ジャスミンさん。


「エミリーさん、どうしますか?」


 この言い争い、決着が着くとは思えない。


 でも、エミリーさんは微笑みながら言った。


「問題ないわ。サラマンダーの主張が通るはずよ。あの子、感情が高ぶると体温が急上昇して背中から火がでるから」


「つまり、ミイラ男はやけどを恐れて折れると……?」


「そういうこと」


「火力マウントか……」


 カルロスさんが肩を落とすのを横目に、僕は笑ってしまった。


 どっちが主でどっちが従か、議論の余地はある。けれど、ミイラ男の包帯がふわっと乾いているなら、それでいいのだと思う。

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