「暑い、暑すぎる……」
カルロスさんは、今にも死にそうな顔をして手で仰いで風を起こしている。
どれくらいの効果があるかは分からない。焼け石に水だろう。ただ暑いだけではない。今は雨季だからじめっとしている。暑さに湿気。最悪の季節だ。
「シモン、配置してるモンスターの調子はどうだ?」
「雨が多くてカッパは生き生きとしてますよ。僕たちとは違って」
彼のはしゃぎようを見て、エミリーさんはにっこりとしていたな。エミリーさんはモンスターが元気なら、それで十分らしい。
「それならいい。俺らの仕事は――」
バタンとドアが開いてカルロスさんの言葉が途切れる。
「モンスターの配置と管理だから、ですか?」
入口に立っていたのは、ジャスミンさんだった。
珍しくお金の入った麻袋を持っていない。ということは、ギルドで何か問題があったに違いない。
「どうした、ジャスミン」
カルロスさんは「面倒はごめんだ」という調子だ。
「問題発生です。冒険者からこんな報告がありました。『ミイラ男に戦意がなくて、楽勝だ』と」
そういえば、この間はガーゴイルやリビングアーマーがサボって居眠りしていたな。もしかして、ミイラ男もサボっているのか?
僕の表情から察したのか「サボっているわけではないですよ」とジャスミンさん。
「報告によると、ミイラ男は泣いているそうです。何が原因かは分かりませんが」
「泣いている、か。こりゃ、エミリーが聞いたらぶっ倒れそうだな。ひとまず、ミイラ男を配置から外して様子を見てみるか」
カルロスさんは、けだるそうに言った。
ミイラ男がダンジョンから戻ってくると、すぐに異常が分かった。体を覆う包帯は湿気でびしょびしょで、濡れ雑巾のようだ。
「エミリー、ミイラ男は乾燥地帯のモンスターだよな? これ、まずくないか?」
「ええ、カルロスの言う通りよ。それに、湿気で濡れてると本体にも影響が出るわ」
どうやら雨季の湿気だけが原因じゃないらしい。ミイラ男はめそめそと泣いている。湿気にやられて包帯が濡れる。そして、それが原因で泣いて、さらに包帯がびしょびしょになる。最悪のループだ。
「なんとかして、ミイラ男の体を乾かすのが先決ね。雨対策はその後よ」
エミリーさんは、暖炉に薪を入れだす。
「ちょっと待った! くそ暑いのに暖炉を使うのか? 正気じゃない」と、カルロスさん。
「あのー、包帯を取り換えてはどうでしょうか? もちろん、僕たちが見ていないところで」
ミイラ男の中身を見てはいけない気がした。
「そうだ、それだ! エミリー、お前モンスターのことになると暴走するのはよくないぞ」
モンスターへの愛が深いのはいいけれど、深すぎると別の問題が出てくる。この前なんか、甘やかされたドラゴンがダンジョンに行きたがらずに苦労した。結局、エミリーさんが定期的に会うことで解決したのは記憶に新しい。
ミイラ男が戻ってくると、雨対策の話になった。
「なあ、雨季はミイラ男の配置をやめるべきじゃないか? そうすれば問題解決だ」
「カルロス、そうはいかないわ。ミイラ男の代わりに配置するモンスターがいないの。絶賛教育中よ」
ここ最近、エミリーさんがモンスターたちの教育で忙しいのは周知の事実だ。
寝る間も惜しむから、倒れないか心配になる。
「マジかよ。シモン、何かアイデアはないか?」
「そう言われても……。動く暖炉があれば、いいんですけど」
もちろん、そんな都合のいいものは――。
いや、待てよ。
「火を操れる存在なら、いるじゃないですか」
僕は自分の発想にちょっと驚きつつも、口に出した。
「サラマンダーです。彼と組ませれば、ミイラ男の包帯を常に乾燥状態に保てるかもしれません」
言った瞬間、エミリーさんの目がぱっと輝いた。
「なるほど! 熱気をミイラ男の周囲に留めて、湿気を寄せつけない……! いいわ、それ!」
カルロスさんは、あきれたように天井を仰ぐ。
「おいおい、俺はこの暑さで死にそうなんだぞ? よりによって火属性かよ……」
「でも、ダンジョンの中は湿気がすごいのよ。むしろちょうどいいくらいだわ」
エミリーさんはすでに、ミイラ男とサラマンダーの相性について真剣に考えているようだった。
「サラマンダーは、手のひらサイズよ。それに、可愛いビジュアル。ミイラ男の肩にのせれば、乾燥できるしコンビとして人気がでるに違いないわ! 早速、二匹をセットで配置よ」
数日後。またしてもジャスミンさんがやって来た。表情から察するに、またしても問題が発生したらしい。
「実は、ミイラ男たちが戦うことを放棄しているんです」
「おいおい、湿気問題は解決したはずだぞ」
新たな問題の発生に、カルロスさんは頭を抱えている。
「湿気の問題ではないんです。二匹が言い争いをしていて」
「言い争い? 具体的には、どんな内容なんですか?」
「それが、ミイラ男は『サラマンダーは自分のペットだ』と主張しているんですが、サラマンダー側は『自分が主人だ』と……」
言い争いと聞いてビクビクしていたが、可愛らしい内容でホッとした。
「それを見て、冒険者たちは面白がっているんです」と、ジャスミンさん。
「エミリーさん、どうしますか?」
この言い争い、決着が着くとは思えない。
でも、エミリーさんは微笑みながら言った。
「問題ないわ。サラマンダーの主張が通るはずよ。あの子、感情が高ぶると体温が急上昇して背中から火がでるから」
「つまり、ミイラ男はやけどを恐れて折れると……?」
「そういうこと」
「火力マウントか……」
カルロスさんが肩を落とすのを横目に、僕は笑ってしまった。
どっちが主でどっちが従か、議論の余地はある。けれど、ミイラ男の包帯がふわっと乾いているなら、それでいいのだと思う。