「おい、二人ともまただ。無茶振りの時間だぞ……」
カルロスさんは、すっかり疲れ切っていて、目の下にクマができている。いつもよりコーヒーの減りが早いのも頷ける。上層部からの無茶振りが続いていれば無理もない。カルロスさん、夢の中でもうなされているのではないだろうか。
「また? で、今度はどんな無茶振りなのかしら」
エミリーさんも、無茶振りに対して悪い意味で慣れてしまって、もう怒る力もないらしい。机の上の書類を整理する手も、どこか惰性のようだ。
「それがな、モンスターのアイテムドロップの仕方だ」
「アイテムドロップの仕方?」
僕は思わず聞き返す。あまりに唐突すぎる話題だった。
「ああ、そうだ。モンスターたちは討伐された時にアイテムをドロップするように指導しているだろ。たとえば、ゴブリンを倒したら、爪を落とすとか。で、問題は落とす仕草だ」
仕草に問題がある? 何を言っているのか、すぐには理解できなかった。いつも通り落としているはずなのに。
「上層部の奴ら、抜き打ちで冒険者側としてモンスターの様子を観察したんだ」
カルロスさんは、書類の山をぐしゃっと押しのけながら、「めんどくさいことしやがって」という顔つきで続けた。
「ゴブリンのドロップの仕方が杜撰だといいだした。わざとらしいってな」
「ちょっと、私たちの指導じゃ不満ってわけ?」
エミリーさんは、眉を吊り上げて怒っている。モンスター育成係なら当然の反応だろう。せっかく訓練した成果を、見た目だけで否定された気分だ。
「その怒りは上層部にぶつけてくれ。さて、問題はどうやって自然にドロップさせるかだ。こりゃ、難題だぞ……」
「えーと、いつまでに改善が必要なんですか?」
「一週間後が締め切りだ」
一週間!? 思わず目を見開いてしまう。今の指導でダメならどうすればいいんだ……。
「上層部は、ゴブリンだけドロップの仕方がわざとらしいって言ってるのよね?」とエミリーさん。
カルロスさんは首を縦に振る。
「ゴブリンは一層目に多く配置されてるから、より目立つのでは?」
僕は慎重に言葉を選びながら口にする。最前線に立たされる彼らの動きが、冒険者の印象を大きく左右するのだ。
「シモンの言うことも一理ある。だが、減らせばいいというわけでもないぞ」
カルロスさんが釘を刺してくる。その通りだ。出現数で調整すれば、今度は難易度のバランスが崩れる。
そういわれてしまうと、どうすればいいのか困ってしまう。
「自然に、って言われてもなぁ」
僕はゴブリンの動きを思い出しながら、こめかみを押さえる。たしかに、今のドロップは「倒れたあと、ポケットからゴロンと爪が出る」だけ。言われてみれば、演技が機械的すぎるかもしれない。まるで脚本通りの棒読み芝居のようだ。
そのとき、ふと思い出した。先週、宿の近くでやっていた大道芸。観客の目の前で、帽子から花を出したり、手のひらからコインを出したり──。
「あれだ。マジックですよ!」
「は?」
カルロスさんが眉をひそめる。
「マジックって、観客に“自然に見せる技術”の塊じゃないですか。だったら、ドロップも“見せ方”として演出すれば、自然に見えるかもしれません!」
「おお、そういう発想か。意外とありかもな」
カルロスさんは腕を組んで頷く。彼の顔に、久しぶりに少しだけ期待の色が宿る。
「でも、ゴブリンにマジックの訓練ができるの?」
エミリーさんも、少しだけ興味を示したようだ。彼女にしては珍しいことだ。
「いえ、厳密にはマジックじゃなくて、“それっぽい動き”です。たとえば、ポケットに手を入れてちょっと驚いた顔をして、『なんだこれ?』って首をかしげながらアイテムを落とすんです。演出として成立すればいいですから」
僕は身振り手振りでゴブリンの動きを真似てみせた。
するとカルロスさんは笑いながら、「お前、それただの茶番じゃねーか」と突っ込みつつも、「でも、面白れぇな」と、まんざらでもなさそうだ。
数日後。訓練場では、ゴブリンたちが集められ、僕が考案した“ドロップ演技”の練習をしていた。
「ほら、手のひらから“なにか出てきた”ように見せて、それから落とす! そう、それっぽく!」
最初はぎこちなかった彼らも、だんだんとノリノリになっていく。ドロップ練習というより、ちょっとした演劇サークルのようだ。目がキラキラしている個体もいる。まさか才能に目覚めたのか?
さらに数日後。
「おい、シモン。報告書見たか? 『一層目で戦闘にならず、何やら芸を見せられた』ってクレーム来てるぞ」
カルロスさんが机をドンと叩く。その顔には、かすかな怒りと大きな呆れが入り混じっていた。
「す、すみません。調子に乗って、演出を教えすぎました……」
自分でも分かっていた。昨日の訓練では、マントを翻して登場するゴブリンまでいた。方向性を間違えたのは明らかだった。
「まったく、お前のせいで今、うちのダンジョンが“見せ物小屋”扱いだぞ」
「でも、ドロップは自然だったんですよ……!」
それは本当のことだった。もはや、自然すぎて戦闘より印象に残るレベルで。
「方向性が違ぇんだよ、シモン」
久しぶりにやらかしたかもしれない。ゴブリンは頑張って練習したのだから、どうにかして活かしたい。
「じゃあ、こんなのはどうでしょうか。マジックで武器を持ってないフリをする。油断した冒険者を突然取り出した武器で返り討ちにする、とか」
「なるほど、それはありだな。ゴブリンの行動パターンにバリュエーションが増える」
カルロスさんは、上層部への報告書に書き込んでいく。手元のペンが、次の一手を探るようにカリカリと走った。
「今度はワンパターンにならないように頼むぞ」
「ええ、もちろんです」
今度こそ、演技と戦闘のバランスを取ってみせる。僕は、改めて気を引き締めた。