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第43話 ぴょんぴょんモンスターの反撃

「よし、みんな揃ったな。朝のミーティングの時間だ」


 カルロスさんが威勢よく言い放つが、少なくとも僕の記憶の中で“朝のミーティング”が行われたことは一度もない。これは……そうか、アーノルドくんが配属されたからか。先輩らしく振る舞いたい、という気持ちが透けて見えて、少し微笑ましい。


「ギルドからの資料を渡すぞ」


 カルロスさんが配った報告書の表紙には、見慣れぬタイトルが大きく記されていた。


《キョンシー問題について》


「キョンシーって、遠い地方のモンスターですよね。確か、腕を前に突き出して、ぴょんぴょん跳ねるんでしたっけ」


 昔、モンスター図鑑で見た記憶が甦る。紙面のイラストが頭に浮かぶようだった。


「ええ、シモンの認識通りよ」と、エミリーさんが頷く。


「でも、何が問題なわけ?」


 カルロスさんは大げさに咳払いをひとつしてから、資料の一部を指さした。


「奴らの動きを封じるための『お札』が売れてないらしい」


「え、つまりキョンシーが問題ってより、お札の売上が問題ってことですか?」


 アーノルドくんは、きょとんとしている。


「それもまた我らの業務の一環ってわけだな」


 まったく、モンスター管理課というのは不思議な仕事だ。戦うでも、討伐するでもなく、モンスターと人間のバランスを調整するのが仕事。その中には、アイテムの経済状況すら含まれている。


「アーノルドくん、キョンシーについて詳しいかい?」


「シモンさんほどじゃないですけど……。額にお札を貼ると、動けなくなるはずです」


「うん、上出来だ」


 そう言いながら、僕は内心で舌を巻いていた。新米だった頃の僕より、よほどしっかりしている。これは先が楽しみだ。


 カルロスさんが話を再開する。


「今、あいつらを森に配置してるんだ。木の陰から不意打ちできるようにな。で、ある冒険者が思いついたらしい。『跳ねるモンスターなんだから、森の中にロープを張れば転ばせられるんじゃ?』ってな」


 冒険者としては見事な発想だが、僕たちにとっては悩みの種だ。彼らの工夫のせいで、お札がまったく売れない。


「えーと……。それなら、ロープの値段を上げてはどうでしょうか?」


 アーノルドくんが慎重に提案する。まっすぐで素直な考えだ。


「それじゃ、ダメなんだ」


 僕はやんわりと否定する。


「ロープを値上げしたら、負けを認めたことになる」


「なるほど、沽券に関わるというわけですか……。よく考えたら、日常生活にも影響しますね」


「その通り。僕たちの仕事は、繊細なバランスの上に成り立っているんだ」


 今回の一件、どうにかして冒険者の鼻をへし折りたい。そして、できれば笑える形でやりたい。これは意地でもあり、誇りでもある。


「ちょっと時間をください。対策を立てますから」


 僕は教育場に足を運ぶことにした。何かヒントがあるかもしれない――そんな直感があった。





「キョンシーの配置を変えますか?」


 教育場でしばらく眺めたのち、アーノルドくんがぽつりと提案する。的確な視点だが……。


「ナイスアイデア――と言いたいところだけど、それもまた負けを認めたことになる」


「シモンさん、この仕事に誇りを持っているんですね」


「え?」


「だって、相手に有利な条件で戦おうとしてるじゃないですか」


 彼の言葉に、少しドキリとした。そうか……僕も、成長してるのかもしれない。


 でも、だからといって妙案がすぐ出てくるわけではない。


 ぼんやりと跳ね回るキョンシーを見つめていると、ふいにその動きが、ある運動に重なって見えた。


「反復横跳びだ」


「へ? 反復横跳び?」


「そう。体育の授業とかでやったよね。地面に引かれた線をぴょんぴょん越えるやつ。それを応用するんだ。低く張ったロープを跨ぐよう、キョンシーに跳ばせるんだよ」


「でも、それって……冒険者の思い通りの展開じゃないですか?」


「うん。そこがミソ。あえて、そう見せかける。でも、仕掛けはその先にある」


 僕は口元に笑みを浮かべた。


「冒険者たちは、『跳んでるキョンシー』に苛立って、近づいてくる。そして、キョンシーの足元には……」


「落とし穴!」


「正解。こうすれば、お札を使った方がコスパがいいと気づかせられる」


「さすがです、シモン先輩!」


 アーノルドくんが目を輝かせる。


「褒めても何も出ないよ。さあ、カルロスさんたちに報告に行こう」


 照れ隠しに口をつぐみながら、僕は歩き出す。


 ふと、後ろから声がかかった。


「僕も、シモンさんのようになれるのかなぁ」


 その言葉に、思わず立ち止まり、振り返った。


「大丈夫、心配ないよ。君なら、きっとなれる。焦らず、ひとつずつでいいんだ」


 そのとき、彼の笑顔が少しだけ大人びて見えた。きっと、彼は成長していくのだろう。そして、僕も――


 上司として、先輩として、彼に負けないように進まなくてはならない。


 モンスターと共に歩むこの奇妙な職場で、今日もまた、確かに一歩が刻まれたのだった。


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