目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

リン

 結局、夕食の後も重い空気が消えることはなく、そのまま夜を迎えた。


 ステマは眠ることができずに、布団の中で寝返りを打つ。


「シゲ、起きてる?」


 布団が擦れる微かな音と共に、シゲがステマの方を向く。


「さっきのこと、気になってるんでしょ」


 シゲは小声で言う。


「だって、あの反応おかしいじゃない。シゲもそう思うでしょう?」

「確かにね。あの家族にとって、『静寂の森』はタブーになってるみたい。それに――」

「『無限の魔力』って、何なんだろう」


 ステマは暗がりの中で考え込む。


 ――どうして、そんなに魔力がほしいの? どうして、力のために危険を冒すの? 小さな幸せを大切にできないの?


 アキの母の言葉が、妙に引っかかる。この言葉をかけられている時、ステマはなぜか、これは自分たちに向けられた言葉ではないと感じていた。


 ――あの子もそうだった……。ねぇ、どうして?


(あの言葉は、きっと〝あの子〟に向けたものだ)


 あの家族には、深い傷がある。ステマは、そう直感していた。


 ――チリン。


「ん……?」


 鈴の音が聞こえた気がして、ステマは瞼を開けた。あれこれ考えていたはずなのに、気が付いたら眠ってしまっていた。やっぱり、一日中歩いた疲れだろう。シゲも隣で規則正しい寝息を立てている。


「リン、重い」


 ステマは、胸の上に座っているリンをどけようと、小声で言う。どうやら、リンが飛び乗ってきたせいで目が覚めたらしかった。窓から差し込む淡い光の具合を見ると、今は未明といったところだ。随分と変な時間に起こされてしまった。


 リンは胸の上に居座ったまま、ステマを見つめていた。円い二つの瞳は、ガラス細工のように青く繊細な輝きを放っている。眠気のせいで不機嫌になっていたステマだったが、思わずうっとりと眺めてしまった。


「ステマ。今から起きて準備しろ。この家の人間には気付かれるな」


 ステマは息をのんだ。リンが喋ったのだ。子供のような甲高い声で、はっきりと言葉を発している。自分はきっと、幻を見ているのだ――。そう思わないと、頭がおかしくなりそうだった。


「静寂の森に行くなら今しかない。あの家族に見つかったら、邪魔される」


 リンはステマの胸から飛び降りる。早くしろと催促しているようだった。


「シゲ、起きて」


 気が付くとステマはシゲを起こしていた。シゲは目を擦っている。


「どうした?」


 リンが喋った。


 ステマはそう言いたいのに、口から出てきたのは「今から静寂の森に行こう」という言葉だった。


「今から?」

「アキさんたちが起きてきたら、止められるに決まってるよ。今なら、邪魔されずに行ける」


 思ってもいない言葉が、するすると出てくる。


「でも、まだ暗いし。それに黙って出ていくのはどうかと思う」


 シゲは納得いかない様子だ。それはそうだろう。アキたちは、とても親切にしてくれた。それなのに、お礼も言わずに出ていくのはさすがに抵抗がある。


 なのに。


「私の直感が、今って言ってるの」


 どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。


 ニャーン。


 リンが一声鳴いた。その途端、シゲの目付きが変わる。


「わかった。出発する準備をするよ」


 信じられないくらいにあっさりと、シゲは身なりを整え始める。ステマは、背筋に冷たいものが這いずっているような錯覚を起こした。


「あんたのせいなの?」


 ステマが呟くと、リンがにやりと笑った――ような気がした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?