結局、夕食の後も重い空気が消えることはなく、そのまま夜を迎えた。
ステマは眠ることができずに、布団の中で寝返りを打つ。
「シゲ、起きてる?」
布団が擦れる微かな音と共に、シゲがステマの方を向く。
「さっきのこと、気になってるんでしょ」
シゲは小声で言う。
「だって、あの反応おかしいじゃない。シゲもそう思うでしょう?」
「確かにね。あの家族にとって、『静寂の森』はタブーになってるみたい。それに――」
「『無限の魔力』って、何なんだろう」
ステマは暗がりの中で考え込む。
――どうして、そんなに魔力がほしいの? どうして、力のために危険を冒すの? 小さな幸せを大切にできないの?
アキの母の言葉が、妙に引っかかる。この言葉をかけられている時、ステマはなぜか、これは自分たちに向けられた言葉ではないと感じていた。
――あの子もそうだった……。ねぇ、どうして?
(あの言葉は、きっと〝あの子〟に向けたものだ)
あの家族には、深い傷がある。ステマは、そう直感していた。
――チリン。
「ん……?」
鈴の音が聞こえた気がして、ステマは瞼を開けた。あれこれ考えていたはずなのに、気が付いたら眠ってしまっていた。やっぱり、一日中歩いた疲れだろう。シゲも隣で規則正しい寝息を立てている。
「リン、重い」
ステマは、胸の上に座っているリンをどけようと、小声で言う。どうやら、リンが飛び乗ってきたせいで目が覚めたらしかった。窓から差し込む淡い光の具合を見ると、今は未明といったところだ。随分と変な時間に起こされてしまった。
リンは胸の上に居座ったまま、ステマを見つめていた。円い二つの瞳は、ガラス細工のように青く繊細な輝きを放っている。眠気のせいで不機嫌になっていたステマだったが、思わずうっとりと眺めてしまった。
「ステマ。今から起きて準備しろ。この家の人間には気付かれるな」
ステマは息をのんだ。リンが喋ったのだ。子供のような甲高い声で、はっきりと言葉を発している。自分はきっと、幻を見ているのだ――。そう思わないと、頭がおかしくなりそうだった。
「静寂の森に行くなら今しかない。あの家族に見つかったら、邪魔される」
リンはステマの胸から飛び降りる。早くしろと催促しているようだった。
「シゲ、起きて」
気が付くとステマはシゲを起こしていた。シゲは目を擦っている。
「どうした?」
リンが喋った。
ステマはそう言いたいのに、口から出てきたのは「今から静寂の森に行こう」という言葉だった。
「今から?」
「アキさんたちが起きてきたら、止められるに決まってるよ。今なら、邪魔されずに行ける」
思ってもいない言葉が、するすると出てくる。
「でも、まだ暗いし。それに黙って出ていくのはどうかと思う」
シゲは納得いかない様子だ。それはそうだろう。アキたちは、とても親切にしてくれた。それなのに、お礼も言わずに出ていくのはさすがに抵抗がある。
なのに。
「私の直感が、今って言ってるの」
どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。
ニャーン。
リンが一声鳴いた。その途端、シゲの目付きが変わる。
「わかった。出発する準備をするよ」
信じられないくらいにあっさりと、シゲは身なりを整え始める。ステマは、背筋に冷たいものが這いずっているような錯覚を起こした。
「あんたのせいなの?」
ステマが呟くと、リンがにやりと笑った――ような気がした。